第十七回 : 東大生海外体験プロジェクト

2014年06月06日 (金)

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藤森 義明 様(ふじもり・よしあき)※写真右

1975年(昭和50年3月)東京大学工学部卒業
株式会社LIXILグループ 取締役 代表執行役

森 浩生 様(もり・ひろお)※写真左

1986年(昭和61年3月)東京大学経済学部卒業
森ビル株式会社 取締役副社長執行役員

東大生海外体験プロジェクト紹介

東大生海外体験プロジェクトは、卒業生有志が「一握りの上位層の学生だけではなく、より多くの学生にも積極的に海外体験をして欲しい」との思いから、寄附募集活動を始めたプロジェクトです。2013年10月より寄附の募集を開始し、多くの卒業生の皆様にご賛同いただき、当面の目標額である1億円を超えるご寄附を年内に達成することができました。頂いたご寄附は、主に、卒業生の皆様から提供される海外企業体験プログラムや海外短期サマープログラムに活用させていただきます。
東大生海外体験プロジェクト発起人を代表して、藤森義明様と森浩生様に本プロジェクトにかける思いやグローバル人材像についてうかがいました。

東大生海外体験プロジェクトを立ち上げられたのはどのような思いからでしょうか?

藤森氏:私は学生支援の様々な活動をしていますが、最初に支援したのはMBAを取得したアメリカのカーネギーメロン大学でした。アメリカの大学を見ていると卒業生の母校への愛着を感じますし、卒業生からの支援が非常に大きいことを実感します。私自身、母校を良くしたいという気持ちを常に持っており、大学の評議委員会の委員も務めています。

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 翻って東京大学はと言いますと、国内の早稲田大学や慶応大学と比べても卒業生の母校に対する支援が足りていないのではないかと常々感じていました。そんな現状に対して「このままでいいのか?」と思っていたところに、東大生の海外体験をサポートしてもらえないかという話がありました。「これだ!」と直感的に思い、ビジネスでもつながりのある他の卒業生達に声をかけて「東大生海外体験プロジェクト」を立ち上げました。卒業生の一人として愛校心を持って、母校である東京大学、自分を育ててくれた環境へ恩返しをしたいという思いと、私の場合、社会への還元ということも強く意識しました。


森氏:私は大学ランキングなどを見て東京大学の地位が世界的に落ちてきていることに、日本人として強い危機感を持っていました。そうした現状を打破するために「卒業生としてどんなことができるのだろう?」と考えていたところ、私が参加している浅尾慶一郎さん(衆議院議員)の勉強会の卒業生メンバーも同じような気持ちを持っていることがわかり、一緒に東京大学のために何かやろうと、「東大生海外体験プロジェクト」の発起人の一人として加わりました。

 実際に支援を募り始めると、想像以上に賛同してくださる方が多数いらっしゃいました。これは、卒業生の多くが母校のために何かしたいと思いながらも、これまではきっかけがなかったということではないでしょうか。東大生は卒業したら自分の力で社会を渡りあっていくと思っている人が多いかもしれませんが、社会に出てからも「東京大学」という共通項を持つ仲間は大事だと思います。

学生時代に海外体験をする意義とは何でしょうか?

藤森氏:私はMBAを取得するため27歳でアメリカに渡りましたが、その時にものすごいカルチャーショックを受けました。そして、その時に受けたカルチャーショックが自分を大きく成長させたと思っています。
 MBA取得後に日本で5年間働き、その後再度アメリカに渡りました。「アメリカ人に勝つんだ」という気概で働いていましたが、海外経験が27歳では遅かったということを痛感しました。会議で0.01秒発言が遅れるといいますか、ネイティブに比べると発想して発言として出るまでにどうしても差が出てしまうのです。もし、短期間でも海外で生活し、カルチャーショックを受けるのが18歳や19歳など十代の若いうちであったら、その後の海外での勤務やその結果ももっと良いものになっていたかもしれません。

 このような実体験があるからこそ、若い学生のうちに海外を体験することは重要だと思っています。実際に海外を体験して「ショック」を受けることが、自分の殻であるコンフォートゾーンから一歩出るきっかけになると私は思います。人は、自分のコンフォートゾーンから抜け出さない限り絶対に成長しません。
 

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森氏:私は「とにかく一度海外を見てこい」という思いを持っています。日本にいると、どうしても同じ価値観の中に浸ってしまいます。同じ価値観の中にいては、藤森さんがおっしゃるコンフォートゾーンから抜け出すことは難しいと思います。語学力に関していえば、いきなりネイティブのレベルまで上達させることは難しいでしょうが、大事なのは、若いうちに海外を体験することによって多様な価値観を知ることです。時期は早いほど良く、大学生のうちに行くことでその先の20年、30年にものすごくプラスになると思います。


藤森氏:「東大生海外体験プロジェクト」に参加する学生には、「世の中にはこんな違った世界があるのか」というショックや感動を体験してきてもらいたいです。海外に行ったら自分たちが住む世界とは全く違った土俵があり、文化や考え方が全然違う人間がいる。そういった異質なものに触れること、そして、それによるショックと感動が重要だと思いますし、そういった体験は、単なる海外旅行ではできません。ある一定期間、生活をしてみなければ得られない経験です。

 

お二人が描くグローバル人材像について教えてください。

森氏:グローバル人材としてまず必要なのは、許容力ですね。異なる考え方に耳を傾けるという許容力。その上で、自分の頭で考え、その考えに基づいて行動し、うまくいかなくても修正しながらやっていくという実行力も必要です。異なるものを受け入れることがまず第一歩で、次にそれを自分の中で消化し、仮説をたて行動に移す、そういうことができるのが真のグローバル人材だと私は思います。

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藤森氏:グローバル人材とは、将来的にリーダーに結びつく人材のことだと思います。ではリーダーの定義は何かというと、それは「変革を起こせる人」ではないでしょうか。変革は自分の中でも起こすことができるし、それによって周りや組織の変革につなげることもできます。リーダーは20歳でもなれるのです。
 変革を起こせる人は、自分のコンフォートゾーンの中に浸りきっているのではなく、痛いという気持ちを乗り越えて、そこから出て行ける人です。そうすれば、人は成長しますし、そうやってコンフォートゾーンから出て行くということを常に続けている人は常に成長し、最終的にすばらしいリーダーになると思います。ですから、グローバルに働ける人材になるには、自分の殻を破るものを見つければいいのです。常に現状に満足しないで、自分よりすばらしいもの、世界で一番すごいものを見つけて、それを追い越してやろうとする気持ちが大事でしょう。
それがコンフォートゾーンから抜け出る力になり、そういう力を持った人がグローバルに活躍できるのだと思っています。


 東大生に限らず、近年、日本全体でコンフォートゾーンに浸りきっている人が多いと感じます。私の危機感は、世界がグローバル化されているにもかかわらず、そのような現状に満足してしまっている日本人が多いことです。私自身も海外に行く度に、日本はなんて快適なんだろうと思います。人にしろ、住むところにしろ、食事にしろ、こんな快適なところはない。私もコンフォートゾーンに浸っているのかな(笑)。

 しかし、ひとたび海外に出たら、そこは肩書きではなく、自分の力で勝負する世界だということを私は身をもって知っています。例えば、アメリカのビジネスマンはもう一度会おうと思えた人だけに名刺を最後に渡します。最初に肩書きありき、ではないのです。大学名も同じです。日本の中では東京大学卒業と言えば、皆一目置くかもしれませんが、アメリカではThe University of Tokyoを出たということだけでは通用しません。肩書きだけでは通用しないということを早く知っておいた方がいいと思います。

東京大学に期待することや今後の活動について教えてください

藤森氏:「日本の教育はこれでいいのか」という議論の象徴が東京大学だと思います。東京大学から世界で、グローバルに戦っている人がどれだけいるか。言い換えれば、東京大学はグローバルに戦っている人をちゃんと育てているのか、いつまでも記憶の競争の筆記試験だけでいいのか、解が一つという教育システムでいいのか、考える力を試さない教育でいいのか、ということです。やはり東大から日本の教育を変えていかなければいけないと思います。私は自分の会社の社員教育で「必ず発言をしろ」と求めますが、初めはどの社員もあまり発言しません。しかし、発言をすることが必要だとわかると最終的には積極的に発言をするようになります。教育がやはり大事なのです。社会に出てから教育できるだから大学での教育もできるはずです。

 日本では、目標は「日本人の誰それ」という目線の人が多くて、視野が狭いと感じます。海外にはものすごい人達がたくさんいます。海外まで視野に入れて一段上のすごいものを目指すという目線の人が増えてきたらすばらしいと思います。
 今回のプロジェクトを通じた学生との交流は貴重な機会だと思っています。学生にとっては、海外で体験してくるという他に、国際社会で活躍する卒業生と交流を持つこと自体も貴重な経験になるだろうし、われわれも若い彼ら彼女らのことを知ることができます。現役学生と卒業生の交流という点が東大生海外体験プロジェクトの大きな特長だと思います。

森氏:今回のような、卒業生が在校生を支援するというプログラムは間違いなく今後も続けていくべきだと思います。東大生の中間層の底上げを図るには、もっと多くの東大生がこうしたプロジェクトに参加できるように、もっと多くの卒業生が支援していくことが必要でしょう。そうすれば東大生の中間層のレベルが上がり、ひいては東大生全体に波及するという成長サイクルにつながると思います。

藤森氏:私たちはこの活動を通して今の学生や東大の現状を知ることができました。学生も大学も変わろうとしている中で卒業生が一向に変わらないようではいけません。代表発起人として、今後も卒業生皆さんに「卒業生よ、立ち上がれ」とよびかけていきたいと思います。


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※寄付者の肩書きはインタビュー当時のものです。