小柴 昌俊名誉教授

2006年01月14日(土)

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小柴 昌俊名誉教授

研究テーマ
素粒子物理学および宇宙線物理学(宇宙線実験や、世界最高エネルギーの電子・陽電子衝突型加速器を用いた実験を行い、常に世界の最先端を歩み続ける)

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プロフィール

1926年愛知県生まれ。1951年東京大学理学部物理学科卒業、1955年ロチェスター大学大学院修了。1970年東京大学理学部教授、1987年定年退官、東京大学名誉教授就任。その長年の業績により、1985年のドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字章受章をはじめ、仁科記念賞、文化勲章、Wolf賞など数多くの賞を受賞。超新星ニュートリノの検出に関し、2002年ノーベル物理学賞受賞。ちなみに故:朝永振一郎氏(1965年ノーベル物理学賞受賞)とは飲み仲間。朝永氏が「小柴君には、酒は教えたけれど物理は教えなかった」と語ったというぐらい、お酒好きな一面も合わせ持つ。

「負けん気」から始まった
物理学研究者への道

 
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ロチェスター大学の学位授与式
(中央左側)

高校時代、成績も中ぐらいの普通の文学青年でした。たまたま大学受験のとき、「小柴は物理ができない」というウワサを耳にして、一念発起(笑)。猛勉強の末、東大の物理学科へ進学しました。でも当然ながら、成績はあまりよくない。かといって、病気の後遺症のため就職も厳しい。そこで教授に頼みこみ、大学院へ行きました。その研究室の専攻が、たまたま理論物理だったんです。

当時は自信もなく、自分が何をしたいのかは全くわからない状況。そんな私を見かねて、先輩が「宇宙線素粒子の飛跡を検出する実験を一緒にやろう」と誘ってくれました。原子核乾板を宇宙線の強度が高い富士山の山頂にさらし、数ヶ月かけて素粒子を採取。暗室で現像し、定着したら顕微鏡でのぞきこむような毎日が始まりました。

自分で測定し、その結果を利用すると、さまざまなことが見えてくるんです。密度がわかれば粒子のスピードもわかるし、到達距離がわかれば粒子の運動エネルギーもわかる。いろいろな粒子の質量もわかる…。「あぁ、これはおもしろい」と思いましたね。これならオレでもできる。それが、私の素粒子研究の始まりでした。

研究と学生への熱い思いから
「カミオカンデ」が登場

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カミオカンデの内部
光電子増倍管がずらりならんでいる

その後、ロチェスター大学(アメリカ)に留学して学位を取り、シカゴ大学では「宇宙線の元素組成」という論文を書きました。このときの実験結果から、私は宇宙線の起源は超新星爆発にあるのではないかと気づきました。この頃から、超新星と素粒子の関係に注目するようになったのです。その後も100万ドル規模の国際共同研究に参加しリーダーを務めるなど、さまざまな経験を経て、東京大学に教授として戻りました。

学生を育てる立場になって、新たな悩みが出てきました。原子核乾板の研究は基本的に、ひたすら顕微鏡でのぞき解析するだけ。博士課程の学生は国際研究などで修行させればいいが、まだ力がついていない修士課程や学部の学生をどうするか。彼・彼女たちにも本格的な実験をやらせたい。実験の楽しさを伝え、やる気を起こさせたい。そう考えた私は、あるテーマに飛びつきました。

それは「理論的に言われている陽子崩壊を探索する実験」。陽子崩壊現象を確認するためには、素粒子の挙動を探る必要があります。私はそれまでの経験を活かし、新しい実験装置を考えました。それは、地下1000メートル深くに透明度の高い水を大量に溜め込み、陽子崩壊によって発生した高エネルギーの粒子の光を、水中で四方八方から観測するというもの。これが大型地下実験「カミオカンデ」なんです。

 
 

血税を使うからこその研究成果。
夢の「ニュートリノ」発見!

その光を測定する高感度センサー(光電子増倍管)は1個30万円。カミオカンデには最低1000個必要です。研究に血税を使わせてもらっている以上、節約は大前提。私はメーカーと交渉し、半値以下にまけさせました。さらに「カミオカンデ」建設に関する付属文書に、以下のような文面を加えました。「陽子崩壊の探索だけでなく、もし銀河系内で超新星の爆発があった場合、その時放出されるνニュートリノを200~300個補足できる」と。

「超新星νニュートリノ」は、宇宙創生のビッグバンでも大量に生まれた素粒子の1種。電気的に中性で、他の物質にほとんど反応しません。どんな物質でも突き抜けてしまうため観測しにくく、存在そのものも確認できていない状態でした。でもカミオカンデなら、天然のνを捕まえることが可能なんじゃないか。それと同時に、少しでも実験の可能性を広げ、血税を使って得られる成果の確率を高めたいというのが、私の本音でした。

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カミオカンデの建設現場

そして1987年2月。定年まで残り1ヶ月というときに、「超新星爆発」の大ニュースが私のところに飛び込んできました。さっそく確認したところ、13秒間もの長時間にわたり、計11個の「超新星νニュートリノ」が測定されているとのこと。17万年前という途方もない昔に爆発した超新星のかけらが、カミオカンデにたどり着いたのです。これには、世界の研究者が祝福してくれました。

その後、カミオカンデより17倍のスケールを持つ「スーパーカミオカンデ」が完成。νが質量を持つことを再確認することができました。さまざまな国際研究も始まり、それがうまく進めば、世界のどこにウラン鉱が溜まっているか、環境汚染はどんな具合かといった診断も可能です。現在は、宇宙の創成=ビッグバンの解明に挑戦するため、「ハイパーカミオカンデ」の建設計画が持ち上がっているところです。

基礎科学の成果がもたらす、
日本国民の「自信」と「誇り」

現在、国立大学は独立法人に移行し、制度的にも独立採算が強く求められる時代を迎えました。その場合、気になるのは基礎科学や文学などの扱いです。残念ながらこれらの研究分野は、金銭的な豊かさには直結しません。産業的や経済的視点からみれば、非常にメリットが少ないと思われるかもしれません。

 
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ノーベル物理学賞受賞の2人
朝永振一郎>左>と小柴昌俊>右>

しかし基礎科学による成果は、人類共通の貴重な知的財産です。それが他国でなく日本で成功するとすれば、日本人はそのことに誇りを感じ、国際社会の中で少し胸を張ることができるのではないでしょうか。実際日本からは、世界に誇れる成果がどんどん生まれています。後進の研究者の中から、ノーベル賞受賞となる研究成果が出ることも期待できると思っています。

私たちを取り巻く自然の姿は、究めれば究めるほど奥が深く、常に新たな発見と可能性の連続。その素晴らしさと醍醐味を、一人でも多くの日本の若者に体感させたい。今後みなさんにも、ぜひ応援していただきたいと思っています。
 

※肩書きはインタビュー当時のものです。