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羽田 正 教授

羽田 正 副学長・国際本部長・教授  羽田 正 副学長・国際本部長・教授

     専門分野:世界史、比較歴史学


異文化交流の苦労の中で

-先生は元々イスラーム史がご専門ですが、きっかけと研究者としての歩みをお聞かせください。

 歴史をやろうと大学に入学しましたが、どの歴史をやろうといった具体的な考えまではありませんでした。それが、大学2年生の時に東洋史の講義を受けて、情報も限られていた当時、中東についての知識もあまりなかった私は、「こんな世界があるのか!」と素朴に感動しました。そして、そのままこの道に進みました。
 40年くらい前になりますから、当時の日本には指導者や資料が限られており、なんとか修士論文まで書きましたが、日本の中ではこれ以上の研究はできないと海外留学を目指しました。知り合いのテヘラン大学の研究者を頼ってイランへ留学することを考えていたのですが、1979年にイラン革命が起こり、その先生は解雇されてしまうし、とても留学できる状況ではないと断念。代わりに、世界的に有名な研究者がいて、どんな分野にも(イラン史を研究する私にも)政府が奨学金を出してくれるフランスのパリ第三大学へ留学をしました。

 フランスには3年近くいて博士論文を書き終えて帰国しましたが、戻ってきてからが大変でした。大学を飛び出しフランスかぶれした私は生意気に映ったのでしょう(笑)、大学には席がありませんでした。それから予備校講師をして食いつなぎ、やっと職を得たのが京都の女子大でした。それまで研究一辺倒できた私にとって、ここでの経験は実に貴重でしたね。歴史が人生のすべてではない学生達をどうしたらひきつけられるか、真剣に考えましたよ。自分がやってきたことを研究者以外の人たちへどうしたら理解してもらえるか、試行錯誤の日々でした。他にも就職斡旋で企業回りや、学校行事で女装を迫られたり(笑)・・・本当にいろんな経験をしましたね。

 その後1989年、東大の東洋文化研究所(東文研)から声がかかって、東大での生活が始まりました。それからあっという間に25年近くが経ちました。
 東文研は、研究対象をエジプトから朝鮮半島・日本まで扱い、そしてその地域を対象にした政治、経済、宗教、歴史、考古、文学、美術など様々な分野を専門とする研究者が在籍しているユニークな組織です。最初は異分野の研究者との交流に苦労しました。着任一年目の就任記念セミナーで、所内の先生からのコメントは「うまくまとまっているように聞こえるけれど、研究の意義がよく分からない」と手痛いものでした。いかに自分が狭い範囲で研究をしていたか痛感しましたね。「研究対象や関心の異なる人達とどうつきあうか」を真剣に考えるきっかけとなりました。
 また、駒場で地域文化研究専攻の講義を持つようになりましたが、ここには西洋文化を研究する先生方もいらっしゃいますから、ここでも異分野の人達とどうやってつきあっていけばいいのか、という壁にぶつかりました。本当につらかったですよ。退職された先生を引き継いで最初の年から指導学生を持ちましたが、ほとんどの人は現代研究を行っているわけですから、私のような歴史学者が何をできるのか、と。

 そういった感じで、研究者の道を歩んで以来、国内外で異文化体験をさんざんやってきましたが、気づいたら、そっちの方が楽しくなっていました。いろんな人とつきあう方法が分かってきたということもあるし、ものの見方も、広いところから見た方がよく分かるというのが経験的に理解できましたから。

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イマームのモスク(イラン・イスファハーン)

イスラーム史から世界史へ、Global Humanitiesへ

-その後、世界史へと研究が広がりましたが、どのような背景があったのでしょうか?

 研究者としての転機は2001.9.11の同時多発テロでした。それまでイスラームを研究する者として、私は一種の伝道師となって、本当のイスラーム教やイスラーム教徒の姿を理解してもらおうと熱心に説明をしてきました。共同研究で現地へ何度も足を運んでいる中で、イスラーム教徒の多くは私たちと少しも違わず同じ価値観を持った親切な人々だということが実感として分かっていましたから。ところが、例えばイスラームの美しい建築物や美術品については、皆さん「すばらしい!」と声を上げて関心を持って下さるのですが、次にはすぐ「イスラーム教徒とはどうつきあえばいいのでしょうか?イスラーム世界はよく分からないです」となってしまうのです。特に、9.11の後はひどいものでした。無力感を感じましたね。

 「イスラーム教は特殊で危険な宗教」「イスラーム教徒はつきあいにくい変わった人々」「彼らには問題がある」といった大きな偏見があるのです。「イスラーム世界」という危険でよくわからない空間があるという思い込みがなぜ起こるのか-それは、「イスラーム世界」という一つの枠組みを作ることに原因があるからなのです。では、いつどうしてこのような枠組みができたのかを調べてみると、この辺りのことは『イスラーム世界の創造』(東京大学出版会、2005)にまとめましたが、自分と他者を区別するために、19世紀に自分達が進歩しすぐれた「ヨーロッパ」に属していると思う人達が作り出した対概念だということが分かりました。自分達を見つめ直すための鏡として作られた一つの概念、その作られた概念が一人歩きをし、その歴史が語られるようになり、歴史があるならばイスラーム世界は本当に存在するということになってしまったわけです。そもそも“西洋とは違う”空間として創造された概念ですから、今の日本人の多くが西洋に親しみを感じている以上、日本人にとっても“イスラームは私たちとは違うものだ”ということになります。この二項対立的な世界のとらえ方は何も欧米とイスラーム世界の関係だけに当てはまるわけではありません。日本と中国や韓国といった国家間の関係も結局は「自」と「他」の区別が問題になっています。このようにして区分された国や地域それぞれに歴史を組立て、それを1つにまとめるのがこれまでの世界史でした。しかし、こういう歴史の理解のしかたはおかしいのではないかと思ったところから、世界史を考え直し始めました。国や地域の歴史の違いを強調する世界史ではなく、人間の共通性を前提とした「地球社会」の世界史が必要ではないかという観点から新しい世界史を構想し、『新しい世界史へ-地球市民のための構想-』)岩波新書、2011)にまとめました。

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 そこから「新しい世界史」に向けて本格的に取組み始めたわけですが、今はさらに進んで、こうした「自」と「他」の峻別の問題は歴史に限らないと考えるようになっています。各国語で「自分達は何か」を語る文学なども同じです。自己と他者を分けることは、国民国家を形成し国民意識を醸成していく時には有効でしたが、環境、経済、政治、情報などあらゆるものが地球規模でつながっている現代は、国益ではなく「地球益」を考えるべき時代となりました。残念ながら、今の人文学からは、地球への帰属意識が生まれにくいしくみになっています。では、地球全体のアイデンティティをどう作っていくか-それには、歴史、文学、思想、芸術などを含む人文学全体を対象にトランスナショナルな枠組みを作ることが必要です。私はこれを「Global Humanities(グローバル人文学)」と呼んでいますが、世界文学や世界思想、それに世界美術といった新たな人文学の研究枠組みを構想すべきだと思います。

 そうした思いから、これまで「日本」で培われてきた人文学全般の成果を十分に活かして、Global Humanitiesという新たな研究視角と方法を世界に問いたいと考えています。研究費がつけば、の話ですが。
また、欧米の大学とグローバルヒストリーの理解と叙述の方法を研究し議論するコンソーシアムを作る計画もあります。発信力のある欧米の知識人が変わらないと世界の知的状況は変わりません。グローバル人文学を実現するためには、彼らに対する非欧米の知識人による外からの働きかけが重要です。このコンソーシアムはそのための手段だと考えています。いずれは中国や韓国の大学にも入ってもらう予定です。

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プリンストン大学正門前で米中の研究者と         今年の還暦記念パーティーの際に学生たちと

大学の国際化を根底から見直す

-今は、国際本部長としてもお忙しいですが、東大の国際化をどうお考えですか?

 よい方向へ向かっていると思いますし、着実に成果を挙げてきています。しかし、その一方でまだいくつかしっかりと検討し、議論すべき点が残っているとも考えています。
 一つは学部の授業の英語化についてです。「講義の何パーセントを英語にしよう」という数値目標が先にあるような国際化は、東大が目指すべき方向ではありません。特に文系の授業、具体的には、人間・地球・宇宙を言葉によって理解し体系化しようとする人文学とその理解と体系を土台にして現実に生じる問題を把握し対処法を考える社会科学の授業の場合はそうです。私たちは普通あまり強く意識しませんが、人間観や世界観は言語によって微妙に異なっており、どの言葉で人間や世界・宇宙を理解するかは、きわめて重要で悩ましい問題です。仮に単純に英語を用いて文系の学部講義を体系的に行うとするなら、それは学生がアメリカ人やイギリス人の人間や世界についての見方を無条件で受け入れてしまうことにつながりかねません。誰もそれでよいとは思わないでしょう。では、英語を使った授業はまったく必要ないのか。そうでもないでしょう。現在、学部教育改革の議論が行われていますが、そこで英語を使った授業のあり方についてよく話し合い新しいカリキュラムを考えねばなりません。
 といいながら、逆説的ですが、世界の人々が協力して取り組まねばならない課題が山積している現在、トランスナショナルな意識でものを考え海外の人々と議論するために、国際語である英語での発信は絶対に必要です。日本語で考え理解していることをいかに英語にして世界に伝えるかという課題に文系の研究者はもっと真剣に取り組むべきです。
これらは、国立大学としてナショナルな存在である東京大学が、どこまでトランスナショナルな方向へ進むべきなのかという根本的な問いにつながります。学内外でもっと議論を深めたいですね。

 今の東大の教育改革のコンセプトである「よりタフに、よりグローバルに」、これは主に日本人学生に向けたものですね。日本人も外国人も東大の学生であることに変わりはありません。外国から東大に学びに来る学生をどのように位置づけるのかももっと真剣に考えねばなりません。昨年からスタートした学部英語コースPEAKで受け入れている学生達は、センター試験で入ってくる日本人学生とは全くちがう教育体系で学んできており、これまでの東大の教養教育をそのまま当てはめることができない面もあると聞きます。グローバル教養とは何か、大学として考える時期にきていると思います。

私が研究者としてGlobal Humanitiesという研究領域が重要だと考えるに至った背景には、大学の国際本部長という仕事をすることになったことも影響していると思っています。

トランスナショナルな時代を生きるために

-学生達へのメッセージをお願いいたします。

実は、Global Humanitiesの考え方は若い人の方が共感してくれます。私の大学院の授業には、留学生がたくさん参加していますが、そこではしばしばGlobal Humanitiesについて活発な議論が展開されます。いずれにせよ、この世界で起こっている様々な争いや問題を、「よその国や他人の問題」としてではなく「私たちの問題」として考えなければ、真の解決はないと私は確信しています。他者を区別し排除する方向に向かうのではなく、どうすれば自と他の区分を乗り越え、地球人として仲間として、現在生じている様々な問題に取り組むことができるのかを常に考えてほしいです。

 私が若い時代に海外で経験した異文化体験は、自身の研究者としての方向性にも大きな影響を与えました。情報があふれている時代ですが、実際に外に出ないと分からないこと、感じられないことがたくさんあります。各分野のリーダーとなっていく学生達には、どんどん外に出て経験して、インターナショナルから一歩先に進んだトランスナショナルな時代を生きる素質を磨いてほしいと願っています。そのために大学も環境整備を進めていきます。

※肩書きはインタビュー当時のものです。

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