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鈴木 真二 教授

鈴木 真二 教授 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻
                        航空イノベーション総括寄付講座代表(兼担)
専門分野:航空工学



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-航空工学の分野へ進まれたきっかけ、これまでの歩みを教えてください。
 私が幼少期過ごした名古屋は当時から航空機業界の集積地でしたので、子供の頃から飛行機は身近な存在でした。地元で製造されたYS-11※の初飛行のニュースに触れたりする中で、漠然と航空に憧れを持ち大学へ進みました。航空学科(現在の航空宇宙工学科)に進学が決まった頃、連続航空機事故を扱った柳田邦男さんの『マッハの恐怖』を読んで、航空機が「空を飛ぶ」という人の夢を実現する手段だけではなく、人の命を預かる輸送機械であるという認識を深めました。
 そして、柳田さんの本から山名正夫先生(東大名誉教授)の存在を知り、山名先生の『最後の30秒』という本を読みました。この本は学術的に書かれたものでしたので当時の私が全部理解できたわけではないのですが、安全の追究に対する先生の真摯な姿勢に感銘を受けたことを覚えています。でも、こうした思いを実際に研究に活かせるようになったのは少し先になります。私が就職した1979年頃は、日本の航空機産業の求人が限られていましたので、私は地元の自動車関連の研究所に就職し自動車のシミュレーションなどを研究していました。それが研究所で学位論文の準備をしていた1985年8月、あの日航機の墜落事故が起きたのです。大きな衝撃を受けました。単独機としては世界で最悪の事故として大きく報道され、研究者として「航空の安全をいかに確保するのか」という気持ちを強く持ちました。そして翌年1986年、母校東大で博士号を取得し、助教授として教壇に立つようになり、私の航空研究が本格的に開始したのです。

 これまでベテランパイロットの操縦技能を分析し、人工知能を搭載した自動操縦装置を開発することで、飛行中に事故や故障が発生した際に、自動的に安定飛行を維持できる制御システムについて研究してきました。また、小型の無人航空機や、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の実験用航空機による実証試験にも成功しています。

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飛行ロボットでの空撮実験(2008年)

※:日本航空機製造が製造した双発ターボプロップエンジン方式の旅客機。第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機。


 -航空イノベーション総括寄付講座設置(平成21年度)に至る背景を教えてください。
  戦前の日本は航空大国だったのですが、終戦ですべてを失い、航空に関するすべての活動を禁止されてしまいました。航空学科も閉鎖され教育もできなくなりました。1952年にサンフランシスコ講和条約が発効され禁止が解除されるのですが、この間はジェット機が実用化する時代で、世界の航空業界は大きく成長しました。この期間に日本の航空分野の活動が空白だったということは後々大きな痛手となりました。再開の象徴として戦後初の国産民間旅客機YS-11が開発されましたが、これは非常に頑丈な機体で初飛行から50年経った今でもずっと使えるほどなのですが、作れば作るほど赤字になるような状況に陥りビジネスとしての成功には至りませんでした。しかし、今でも自衛隊では使われています。YS-11の生産中止を機に、日本は単独で民間旅客機を作ることはやめてしまい、海外メーカーとの共同開発の道を選択し、部品の開発製造を中心に成長してきました。

 そうした時期がしばらく続いた後、2008年、YS-11以来の民間旅客機MRJの事業化が決定されました。部品だけでなく飛行機全部を一から作るのですから、新たなチャレンジです。ちょうどエアライン業界の経営悪化が表面化した頃で、エアライン側も従来のビジネスモデルから脱却しなければいけない時期に来ていました。日本の航空産業の大きな転換期でした。新しいスタートを切るにあたって、制度面、技術面などの様々な課題を関係者で知恵を出し合って新たな航空のビジョンを描こうと、関連する先生方の協力を得、分野連携、産学官連携のもとで、2008年にまず「航空イノベーション研究会」を発足させました。私たちの呼びかけに多くが賛同して下さり、現在東大以外では9社、6機関がメンバーとなり、月に一度会合を持つことから始めました。現在、開催回数はすでに60回を超えています。そして研究会発足を機に、新たな産業を興すには航空イノベーションを推進できる人材育成が大事だという議論が高まり、三菱重工業株式会社とともに航空イノベーション総括寄付講座を2009年に設置することになりました。

-寄付講座でのこれまでの実績・成果を教えてください。
 これは総長室直轄の寄付講座ですので、工学系研究科だけでなく、公共政策や経済など学内の分野横断型のネットワークで成り立っています。さらに研究会をベースに、国の研究機関や国交省、経産省などの行政も入ってもらったことで、活動が本格化しました。それまではそうした組織自体がなかったのです。産学間の連携もできていないし、産業界でも重工業とエアラインでは情報が行き来していない、行政もモノと作るのは経産省、安全管理は国交省と分かれているという状況で、包括的な議論をすることができていませんでした。航空に関するステークホルダーが一堂に集まる場が東大に初めてできたのです。

 人材育成での成果としては、製造メーカー、エアライン、商社、ファイナンス、官界、研究機関といった各分野の専門家に講師として登壇頂く形で、1年間の大学院講義「航空技術・政策・産業特論」を開講しました。航空をこれだけ幅広く扱う講義ということ自体新しいのですが、国際的な視点も意識しました。航空機は日本だけでできるものではないし、エアラインは世界中を飛ぶのですから、まさにグローバルな産業、グローバルな人材を育成しなければいけません。ボーイング社、エアバス社の二大航空機製造会社の協力を得て、少人数制ゼミやサマースクールも実現できました。

 さらに特徴的なものとして、複雑でリスクの高いビジネスに欠くことのできない交渉力の涵養に向け「交渉学演習」を組み込みました。日本人は交渉が苦手と言われますが、実際に企業で海外折衝されてきた方とお話すると、「欧米の担当者は交渉のやり方を習得しているように見える。何かバックボーンがあるのではないか」とおっしゃいます。これは私たちにはなかった課題でした。航空ではセールスマンにエンジニアがいつもついていきます。航空工学の深い知識が必要ですから当然と言えば当然ですが、交渉の場にはエンジニアがいるのが普通で、時に直接交渉することもあります。ビジネス学の分野では組み込まれている交渉学ですが、日本がグローバルにビジネス展開をするのであれば学生のうちに身につけるべきだと演習として取り入れることにしました。学生達の反応が心配でしたが、交渉学は論理的なフレームワークも持ちますので、工学系の学生にとっては理解しやすかったようです。熱心に取組んでくれ、「これはすぐに使える!」と反応も上々です。こういった能力を身につけた人材を輩出することによっても、将来的に日本の航空業界のプレゼンスが高まると思っています。2012年には、それまでの講義の集大成として教科書『現代航空論』(東大出版会)にまとめることができました。これは世界でも類のない航空全般を俯瞰できる俯瞰できる教科書だと自負しています。
 こうした教育活動が評価され、平成24年度工学教育賞(日本工学教育協会)を受賞することができました。

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東大ボーイング・サマーセミナー2013参加者   第9回全日本学生室内飛行ロボットコンテストに参加

 また、これまで開催した研究会、シンポジウム、セミナーなどの成果を集約し、日本の航空産業のあり方と、その課題・解決策を政策提言としてまとめる準備をしています。日本産の国際旅客機も飛ばしたい、もっと気楽に快適に飛行機を使って頂けるエアラインにしたい-、そういったことを実現するための近未来の航空業界のあるべき姿を描いて発信していきたいと思っています。

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航空安全セミナー2010の様子


 -「落ちない飛行機」は実現できるのでしょうか?
 「落ちない飛行機」は研究者としての私の究極の目標です。ベテランパイロットと新人パイロットの操縦を比較したことがあります。まず、脳の神経細胞をコンピュータでモデル化するプログラム(ニューラルネットワーク)に機長と同じことができるように学習させます。それから、機長はどこでどういう判断をしてどういう操縦をしたのか-脳の働きをニューラルネットワークを分析することで調べたのですが、その結果、機長と新人にはものすごく大きな違いがあることがわかりました。ところが、その結果を見てベテラン機長は「それは宮本武蔵の『五輪書』に書いてある」とおっしゃるのです。「剣を持って相手に向かう時、一点を見ていてはいけない。一点に集中してしまうと他方向からの動きに対応ができないので、全体をぼんやり見て周囲の動きをキャッチできるようにしなければいけない」といったことが確かに書いてあります。ベテラン機長は着陸の際に自然とそれができているのです。スキルが身についた結果としてできるのでしょうが、人間の能力とはすごいものがあるのだとそのとき実感しました。この能力を飛行機制御に生かさない手はない、と。飛行機は普通に飛んでいる時は安全なのですが、御巣鷹山事故の時のような非常時の直面した時でも、パイロットが慌てず安全に飛び続けられる安全制御システムがあるといいのではないか、それが完成できれば最悪な墜落事故は防げるのではないかと思っています。そういうところを目指して日々研究を進めています。

 もちろん人間のパフォーマンスを上げることが一番ですが、私たちの研究は、その面でも貢献できると思っています。プログラム分析で違いを明らかにすることで、新人パイロットは自分の弱点を理解して、それを克服するトレーニングができるのです。
 こういった実験分析を行うにあたっては、ベテラン機長からは自分の蓄積したものを出すことを嫌がられ、新人パイロットからは余計なことだと拒否されるのではないかと少し不安だったのですが、実際にはそんなことはありませんでした。彼らはスキルを上げることに貪欲で、「分析してどうしたらうまくなるか教えてください。喜んで実験に協力します」とおっしゃるのです。これには驚いたし、感銘を受けました。こういった人たちに空の安全を託しているんだと知って、安心が高まり心強く思った次第です。また、こうした姿勢は教育者としても見習うべきだと思っています。大学の教育の現場は聖域とされがちで、教員は自分の授業をオープンにしたがらない傾向があるように思います。でも、いい人材をいかに育てるかということを真剣に考えるなら、こうしたパイロットの姿勢を見習わないといけませんね。

-未来の航空業界をどのように描いていらっしゃいますか?そこでの東京大学の役割は何でしょうか?
 日本の航空は世界的にも高いポテンシャルを持っています。最近では、中型、小型ジェット旅客機規模の輸送機、対潜哨戒機を自衛隊向けに国内で同時開発しました。日本のエアラインや空港は、世界一の定時到着率、発着陸を記録するほどの高いレベルを保持しています。大学での研究も世界のトップレベルです。その証拠に、航空技術関係の国際会議である国際航空科学連盟(ICAS)大会で、1990年以来、優秀論文賞を受賞した26名の世界の学生中、6名が日本の大学の学生でしかも全員東大の私の研究室の学生です。燃費改善の要である機体軽量化に貢献できる炭素繊維の生産量は日本の会社が世界の70%を占め、航空リースは最近世界第3位の事業体が発足しました。他にも例を上げれば暇がありません。
 こうしたポテンシャルにもかかわらず、航空機産業の売り上げの規模は小さく、GDPに占める割合は欧州各国の5分の1から8分の1にすぎません。それは、個々のポテンシャルはあっても、民間航空機の独自開発につながっていないからと言えます。個々の要素では最適化が進んでも、全体として最適化に向かえないのは日本の弱点と考えます。具体的な例で言うと、日本の飛行機を作ったけれど、エアライン側では他国の飛行機を買ってきた方が実績もあり安上がりだという考えもあります。しかし日本全体で考えたら違う解が導かれるのではないでしょうか。
 航空輸送はアジアの成長に支えられ、年5%近い成長が予想され、航空機の新たな需要が生まれています。高度な航空技術は他産業への広範な技術波及効果の可能性が大きく、我が国の航空機産業をさらに拡大するためにも、MRJに続く民間航空機の継続的な開発が求められるでしょう。そのためには、各分野でのポテンシャルを集結することが必要であり、そこに私たち東大の役割があるはずです。

 もう一つ重要な視点は、航空機は高度な安全性が要求されるということです。現在、航空機は統計的には非常に安全な輸送手段ですが、15年で2倍の規模に成長するとなると、さらなる安全性が要求されます。日本の“緻密なものづくり”と“きめ細かなサービス”は、これまで高い信頼性のある多くの製品づくりに活かされてきました。今後、航空の世界でも高い品質と行き届いたサービで日本製を世界に提供することが、日本の使命なのではと思います。20年、30年かかると思いますが、世界の各地で日本製の航空機が人々に快適で安全な空の旅を提供する、その時まで見届けたいと思います。

 先日、研究会メンバーで合宿をしました。大学では合宿というのは普通のことですが、企業の方には新鮮だったようです。「ここまで腹を割って議論することはなかなかできない」と参加した企業の方がおっしゃっていました。各分野のポテンシャルを結集するには、異なる分野、異なる組織同士で議論をする「場」が大事です。そしてその「場」を作ることこそが、大学の重要な役割の1つだと思っています。と言っても大学だけでは難しいので、寄付講座のような形で社会の皆さんに支えて頂くことは本当にありがたいと思っています。私たちの寄付講座にとっても、「場」を作れるネットワークを得たことが一番の意義だと思っています。

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シミュレーション装置の前で、総括寄付講座の飯塚秋成特任准教授、中村裕子特任研究員と一緒に。

※肩書きはインタビュー当時のものです。

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