第二回 : 大塚 陸毅様

2007年04月20日 (金)

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大塚 陸毅(おおつか・むつたけ)

東日本旅客鉄道株式会社 取締役会長

福井県出身。埼玉県立熊谷高校卒業後、東京大学法学部へ進学。1965年(昭和40年)に卒業し、日本国有鉄道(現・東日本旅客鉄道)に入社。82年、国鉄経理局調査役。85年、国鉄総裁室秘書役。87年、東日本旅客鉄道発足時は、財務部長。90年、取締役人事部長。92年、常務人事部長。97年、副社長。2000年、社長。06年、取締役会長に就任。趣味はゴルフとスポーツ観戦。プロ野球では、ジャイアンツの熱狂的なファン。

寄付者紹介

現在、東日本旅客鉄道、取締役会長を務める大塚陸毅氏。東大法学部での学生生活は、映画鑑賞や読書などで教養を深めたり、学内外の友人との交友を楽しんだり……、専門の勉学に励んだというよりも、専ら人間としての幅を広げるための4年間だったようだ。今回はそんな大塚氏に、学生時代の思い出や、寄付者としての東大への期待をうかがった。

人生における大切な友人をつくった4年間

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第76回都市対抗野球大会にて

今は東日本旅客鉄道の会長という立場ですからスケジュールに沿って活動していますが、大学の頃の私を探すなら、教室よりも学外で探すほうが早かった(笑)。受験勉強が終わって、自由になりましたから、大学では高校でできなかったことを思う存分やりたかったのです。

映画が好きでよく観に行きましたし、時間がないとなかなか読めない古典文学書なども読み漁りました。あとは、麻雀ですね。「手っ取り早く大塚を見つけるなら雀荘だ」といわれていたくらい(笑)。集中力と決断力には自信がありましたから、けっこう強かったですよ。国鉄に入社してからも、芸は身を助くの諺どおり、ずいぶん役立ちました。社内の方と親しくなるきっかけにはもってこいでしたし。偉そうな先輩から無理やり誘われても、まず負けることはなかったですよ。麻雀の腕前ではかなり有名だったと思います。

大学時代の下宿先は、全部で30人くらいのこぢんまりとした学外の寮でした。そこには、東工大、早稲田、慶応などの学生も多くいましたので、東大のクラスメートと寮生と両方の交友を楽しむことができましたね。

六大学野球の応援にもよく出かけました。同じクラスに新治伸治(小石川高校)という主戦投手がいましてね。私が在学していた4年間の東大の勝ち星は、ほとんど彼が稼いだはずです。そのくらいの頼れるエースで、彼は後に大洋ホエールズ(現・横浜ベイスターズ)に入団しています。

自分の大学時代を振り返りますと、クラスに大投手がいて、後に大秀才となる人がいてと、本当にさまざまな得意分野を持つ人たちとの出会いがありました。その結びつきは今でも強くて、クラス会文科一類4Bはとても活発に行われていますし、参加者も多いです。そういった意味では、たくさん勉強をしたというよりも、以降の人生における大切な友人をつくることができた4年間だったと思います。

感謝の念をかたちにしてお返ししたい

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東大卒業生はさまざまな分野で活躍していますが、大学と卒業生、また卒業生同士の絆が希薄だと一般的に言われていますね。私も事実そうだと思います。東大卒同士で徒党を組むのは世人の反感を買うという意識や美学が働いているのかもしれません。

ただ、若い人はまだピンとこないかもしれませんが、時間がたつにつれ、この大学で学んだという感謝の念を持つようになる方は、私を含めて多いと思います。いろんな場で仕事をしていくと、同窓という理由で仕事をサポートしていただける機会が増えますから。私も会社員としてさまざまな場面で、何度も東大卒の方々と接する機会がありました。そうすると、やはり話が通りやすかったりします。もちろん仕事の結果に関しては、お互いのメリットが最優先されることはいうまでもありませんが。

個人の力で生きていく小説家や芸術家とは違って、会社でも官公庁でも、組織で働く道を選択する以上、自分一人の力でどんどん仕事ができることなんてないんですよ。多くの方々のサポートがあって、チームワークの結果として大きな仕事になっていくと。そういったサポートに対する感謝の念やありがたみを感じないといけないですよ。

もちろん、寄付という行為は人それぞれの気持ちですから、強制できるものではありません。しかし、感謝の念が生まれて、自分が学んだ母校や、働いている職場に対する思いをいろいろなかたちで表していく……。そういう雰囲気やムーブメントが広がっていくことはとても良いことだと思っています。

私は非常に楽しい高校生活を送らせていただきましたから、高校の同窓会の会長と、埼玉県人会の会長もお引き受けしています。これまでの自分を支えてくれた感謝の念を、かたちにしてお返ししたいという思いからです。きっとそのような気持ちをお持ちの方は多いと思うのですが、何をすればいいかがわからない。東大の場合は、学友会の活動を本格化したり、寄付を募ることで国や世界に貢献でき、さらに立派な大学にしていこうという高い志を持ってがんばっている。そんな活動が関係する多くの方々に見えて初めて、ならば自分も一肌脱ごうか、お手伝いしようかという行動につながっていくのではないでしょうか。

大学時代に深い教養を身につけてほしい

これからの東大生に望むことは、高い教養を身につけてほしいということ。詰め込みの勉強で覚えた知識ではなく、体に染み付いた知識とでもいいましょうか。ですから、「学術俯瞰講義」など、教養重視の方針には賛成です。今の若い人は本をあまり読まないでしょう。日本文化や伝統を理解するために、学部の専門書以外の哲学、古典などの読書に没頭できる時間をつくるといいと思います。

私は法学部でしたが、大学時代はどの法律書の何条に何が書かれているというテクニックを覚えるより、正しいリーガルマインドを身につけることが一番大切だと思っていました。自分ならこの事象を法的にどう捉え、考えるかという。やはりそこには深い教養が必要とされます。だから、もしも若い頃に戻れるというのならば、文学か哲学か歴史をやってみたい。法学部に戻れといわれても、まっぴらごめんです(笑)。

大学の経営協議会で、教養教育の重要性を述べました。大学発のパンフレットを拝見したり、会議に参加した際に、少しずつ良い方向に変わってきたなとは感じています。ちなみに、当社のような大組織では、新人に即戦力であることを求めません。教育しながら鍛えていきます。だからこそ、大学生には、社会人になってからスピードをもって成長できる素地を徹底的に準備しておいてほしい。その素地をつくるのが教養です。また、クラブ活動でもボランティアでもいい、勉強以外に熱中できるものに打ち込むこともいいですね。あとは、いろいろな人とどんどん付き合って人生経験を増やし、人間としての幅を広げていってほしいと思います。

最近の東大生は変わってきたか? いいえ、そんなことはないと思いますよ。私の時代は苦学生が多かったですから、昔よりスマートになったとは感じますが。今の若いやつはホネがないとか、やわいとか言われますけど、私たちが新人の頃も同じように言われていました。そう言わないと、先輩だって10年先に社会人になった意味がないですからね。いつの時代も若い世代はそう言われるのですよ(笑)

中高の教育レベル低下があちこちから言われていますが、今の東大生を見ると、大学時代にしっかり取り戻していると思います。私は人事の仕事も長く経験してきましたが、自分たちのときよりよく勉強しているんじゃないかと感じますから。ただ、技術系でいいますと、昔は学部卒ばかりでしたが、今は修士課程修了がほとんどですね。科学技術のレベルアップスピードも速いですから、学部卒の新人はもうちょっと会社で鍛えていく必要があると、技術畑のスタッフは漏らしているようです。もちろん技術系の学生にも、実験や研究で忙しくなる前の1、2年の間に、深い教養を身につけてほしいと思っています。そうすれば、企業の中で十分育てていくことができますから。

世界に名だたる名実ともにトップの大学へ

まず、これからは大学と企業がもっと連携を深めていくべきですね。大学も企業も、社会的な存在です。そういった意味では、そこで培ったものを社会に還元していくための装置であると思うのです。お互い妙なプライドは捨てて、世の中に役立つことを一緒にやっていこうということです。

そのうえで、どのような大学を目指してほしいかといいますと、やはり教育・人材育成のレベルという観点で、世界各国から優秀な留学生がどんどん集まる大学にしていただきたい。残念ながらまだまだ少ないですよね。しかし、学問・研究レベル、論文数などでは十分世界に伍していけるといわれています。今後は、大学が目指している姿をより明確化すること、そして、大学からの情報発信を強化していくことが必要だと思います。

しかし、国立大学法人化されて、国に頼るのではなく、自らの力で自立していける立場になれたことは良いことですね。私たちの時代の学生自治会活動は学生側のご都合主義でしたが、今の姿こそが本当の意味での大学自治ですよ。私も卒業生として、寄付だけでなく、できる限り精神的なサポートもしていきたいと考えています。この活動を学友会ニュースやホームページなどでどんどん外に発信していけば、協力したいという卒業生も増えていくのではないでしょうか。

最後に、高い志を実現するためには、「ノーブレスオブリージュ」の精神が必要です。そんな矜持を卒業生だけでなく、教授の方々に持ってもらう必要があると思います。厳しいこともしっかり受け止めながら、一生懸命に高い志の実現を目指す。もちろん時間はかかるでしょうが、ひとつずつ着実にこなしていくことが大切です。(談)

取材・文:菊池 徳行
※寄付者の肩書きはインタビュー当時のものです。