山内 祐平 准教授

2014年07月30日(水)

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山内 祐平 准教授 大学院情報学環

専門分野:教育工学

 

※この教員に関連する東京大学基金プロジェクトはありません。

―先生は研究テーマの「学習環境のデザイン」に取組まれていますが、この研究分野に進まれたきっかけと、これまでの歩みをお聞かせください。

 私はもともと大阪大学大学院人間科学研究科の出身で、そちらではメディアを利用した教育方法に関した研究を行っており、たとえばNHK教育テレビの映像コンテンツとウェブサイトを使って授業をどう構成するかといった研究や、コンピュータを使った教材の開発などに取組んできました。このような研究の延長線上で、「デジタル教材」や「オンライン教材」などの教材研究も行ってきましたが、情報通信技術を使った教材の研究をしていると、教材だけで学習を保証するのは大変難しいことに気がつきます。教材を与えたから学習が生まれるかといったらそう単純な話ではなく、教室という学習空間があり、学習コミュニティがあり、学習の活動プログラムがあって、すべての要素が有機的に機能して学習が成功するのです。教材だけでなく、学習を支える環境に関して、少しずつ研究の枠を広げながら研究を進めてきたという経緯があります。

―教育環境が現在大きな転換期を迎えています。

 近代型の工場労働者を送り出す仕組みとして教育制度は構築されてきたのですが、現代における教育の転換期の背景には、工場労働者のようなマニュアルに従って働くタイプの人よりも、問題を発見したり解決したりするタイプの人、つまり高度知識労働者に対する社会的ニーズが強くなってきたことがあります。もちろん知識を習得することは依然教育の重要な要素ですが、その知識を使って問題を解決したり、むしろ新しい問題を発見したりできる人を育てることに教育が力を入れるようになってきたため、それに伴い教育の仕組みや学習環境なども大きく変わる必要があります。 
 情報化や国際化といった社会の変化が背景にありますが、道具としてのコンピュータが出てきたから教育を変えるのではなく、それ以前に土台として教育の目標とされていることが大きく変わりつつあるということです。

―知識習得型から問題発見解決型への人材育成への移行を社会が求めている中で、先生のやられている学習環境のデザインやICT(Information and Communication Technology)はどのように貢献できるとお考えですか?

 私もデザインに関わった、駒場キャンパスのKALS(駒場アクティブラーニングスタジオ)の事例が挙げられます。 
 今までの授業というのは、先生が知識を説明して、学生が一生懸命ノートをとり、それを覚えてテストをするという形式でした。それは悪いことではなく、知識を習得するときには合理的な方法でした。しかし今、教育に求められているものが高度化していて、知識を習得しているだけではなく応用できることが重視されてきていて、それに関する実習的な授業を行う必要が生じています。これが一般的にアクティブラーニングといわれるものです。実際に自分が学んだ知識を使ってグループディスカッションしながら、問題に対する答えを導き発表する、このような授業のことです。しかしアクティブラーニングを今までの学習環境で行おうとしても、そもそも机や椅子が固定されていてグループの形にできない教室がほとんどでした。したがって、アクティブラーニングを実践するには、グループワークができる教室環境であること、必要な知識や情報や教材を適切なタイミングで学習に提供できる情報環境があることが必要で、これを実現するかたちでKALSが2007年に完成しました。 
 このとき、合わせてマイクロソフト株式会社からの支援でマイクロソフト先進教育環境寄附研究部門(MEET)を設置し、実際にグループワークができる教室の中で情報機器をどう統合すれば教育を高度化することができるかといった研究開発を一緒に行ってきました。

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KALSの全景
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―実際に学生たちに変化はありましたか?

 アクティブラーニングができる教室ができてICTが入ったからといって学生がそれだけで変化するわけではなく、教材、教授法などを含めた授業によって初めて変化が起きるのだと思います。重要なことは、東京大学の授業の一定の割合がこのような形式に変わってきているということです。KALSはモデルルームとして構成されましたが、これが基盤になり2011年に理想の教育棟(21 Komaba Center for Educational Excellence(21KOMCEE))につながっていきました。現在アクティブラーニング型の教室は9つになり、その後の教育改革につながっています。空間を構成するということは、教育改革全体のうねりにつながっていく、非常に大事なことなのです。

―大学の大革命とも言われる「MOOC」にも取組んでいらっしゃいますね。

 MOOCというのはMassive Open Online Course(大規模公開オンライン講座)のことで、2011年にスタンフォード大学の複数の教員が自分の授業がオンライン上に公開されたらどうなるかという実験を始めたことを契機に、爆発的に広がりました。このときの「人工知能入門」というコースは、世界中から16万人以上の受講者が集まり、かつ成績トップ400人にスタンフォードの学生が入ることができませんでした。これはつまり、大学生だけではなく、世界中に大学レベルの知識を求めている人がたくさんいるということが可視化されたということです。これまで大学生のことだけを考えて構成されてきた大学の授業ですが、この実験によって大学生以外にもこの知識を求めている人がいるということが分かり、彼らはMOOCのプラットフォームであるCourseraを立ち上げました。2012年にはマサチューセッツ工科大学とハーバード大学によるedXが立ち上がるなどMOOCに多くのトップ大学が参入し、今では1,000万人を超える人々が世界中で大学の授業をオンラインで、無料で公開のかたちで受けられるという仕組みができています。日本でも2013年にJMOOC(日本オープンオンライン教育推進協議会)が創設されました。これは大学の知識を求めている人たちに対してそれ広く公開していく、オープンエデュケーションの流れに位置づけることができます。 
東京大学も2013年からCourseraを皮切りにMOOCに参入しました。Coursera初年度は、村山斉先生の「From Big Bang to Dark Energy」という宇宙物理のコースと、藤原帰一先生の「The Condition of War and Peace」という2つのコースを提供したところ、世界150カ国以上から8万人を超える登録者と5,000人を超える修了者を出しました。登録者の年齢は9歳から92歳まででした。これがインターネットのもつ破壊力なのです。東京大学の留学生数は約3千人ですが、たった2ヶ月でその何倍もの学生を世界中から集めたのです。MOOCは、一気に国境を超えて世界中のあらゆる年齢層の人の学びの場になるということが起きる、起こせるということです。各国で学びたいという人に対して、学習機会がより提供されるようになったのです。

―MOOCによって大学教育はどう変わりますか?

 MOOCによって大学がなくなるという議論もありますが、私はそう思っていません。MOOCで実現可能なことは今の大学で提供している教育サービスのごく一部で、知識習得型の授業の一部をオンラインで提供しているだけなのです。アクティブラーニングのようなことはMOOCではできません。対面授業でしかできないことはたくさんあるのですが、逆を言うと知識習得のかなりの部分をオンラインでできるようになります。ですので、知識を単純に説明しているだけの授業というのは今後徐々に淘汰されてきて、必然的にその先をめざす授業にシフトしていかないと、大学のアイデンティティは維持できないでしょう。今後、東京大学もアクティブラーニングをさらに全学的に広げていかなければいけないと思っています。その過程では、KALSの時と同様、社会からの力も必要になると思っています。 
 また、これからの大学は、MOOCを窓口にしながら、受けたいと思う人に対して教育サービスを与えられる機関に生まれ変われるかどうかで、評価されるようになると思います。MOOCをきっかけに、大学生以外に対する有料サービスというのも出てくると思いますが、このときにはっきりと大学へのベネフィットがわかるでしょう。たとえばジョージア工科大学では、対面授業とMOOCの有料のオンラインコースを組み合わせて、今までもはるかに安価で、受講者が大学生に限られず国境も超えるというMOOCの特質を生かした新しい教育プログラムを作っています。 
 これからはこのような動きが広がってくると思います。大学のリアルキャンパスは核として残りますが、加えてオンラインのサービスとの複合体になる、対面の授業とオンラインの学習環境が統合されて総合的教育サービスに生まれ変わっていく、今はその第一歩を踏み出したところだと思います。 

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「MOOCによって大学と社会の間の壁も崩れるので、そこの橋を再構築しなければいけません」と山内先生。

―先生ご自身は今後どのようなことを行いたいとお考えですか?

 今行っているものの一つに、株式会社NTTドコモとの反転学習社会連携講座があります。オンラインは基本的な知識を学ぶのに向いていて、アクティブラーニングは対面授業に向いているので、この2つをどう組み合わせるかが大事になってきます。その一つの例が反転学習です。今までの授業というのは、基本的な知識の部分を教室で先生が説明をして応用の部分は宿題とされてきたのですが、実は応用のほうが難しく、一人で取り組むところには支援が得られないので、実は合理的な配置になっていませんでした。これを、オンラインで基本的な知識の講義や説明をあらかじめ学習させ、より応用的な内容をアクティブラーニングで行うことで、学習者の成績をあげたり、より高度な内容を保障したりしようというのが、反転学習の狙いです。実際、JMOOCが提供しているgaccoでの講義に反転学習コースを提供したところ、全体の修了は18%だったのに比べ、反転学習コースをとった受講生では80%が修了したという結果も出ています。今まではこの反転学習は大学や高校の授業で取り入れられる場合が多かったのですが、MOOCのもっている本質的な破壊力はむしろその学習の枠を壊すところにあるので、学びたい人みんなが学べるように、反転学習とMOOCを組み合わせて対面学習の利点とオンライン学習の利点をどう組み合わせていくのかが今後の研究課題だろうと思っています。 
 私の研究では、これまでも企業や社会と連携してきましたが、今後もより一層、社会と一緒に新しい学習環境のデザインについて取組んでいきたいと思います。 

<反転学習とは> 

 
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※肩書きはインタビュー当時のものです。