2011年04月05日(火)
世界にギャングタックル
殿村 真一様(とのむら しんいち)
株式会社 ヘッドストロング・ジャパン 代表取締役
1987年 東京大学経済学部 経済学科卒 アメリカンフットボール同好会バイキングスOB
スタンフォード大学MBAの入学者募集を手伝っている。例えば最終候補にベトナム人と日本人の2名が残ったらベトナム人が受かる。ベトナム人の方がアグレッシブという評価。厳しいようだが半分は個人、半分は国家に対する評価だ。当社でも「東京へのアサインメントは勘弁してくれ」という傾向が強い。必要があって東京に連れて来ようとすると絶対に一人目では決まらない。東京なんかに行ってもキャリアの墓場だ。ニューヨーク、ロンドン、そうでないとしても北京、上海なら行く。
日本企業も大学も含めた社会全体も、日本に軸足を置いた方が得としか思えない動機付け構造になっている。大学生はみなの輪の中に入っていたいという傾向が強い。会社に入れば「出世したいならこういうノーム(規範)の中で暮らさなければならない」と強要される。とにかく学生も社会人もよほど異端児でない限り海外に飛び出さない。昔、米国留学が決まった時に同期入社のエリートに「殿村、2年もブランクを空けてどうするんだ。」と言われたが、それは今もどんな日本企業でも変わっていないらしい。
大学ではアメフト同好会のバイキングスに所属、バイスキャプテンを務めた。ポジションはワイドレシーバー。週4日、駒場でだいたい夕方5時から9時まで練習した。自分たちの代で弱くしてしまったが伝統的に結構強かった。
アメフトは一見派手だが基本は足をどれだけかき続ける(※1)か、というところにある。それは自分の仕事の原点になった。シャープな分析や仕事ぶりも結局どれだけ足をかくかによる。もう1つは“ギャングタックル”(※2)。ボールを持つ相手をディフェンス1枚ではなく、3人、4人、5人と次々にタックルして止める。これも会社の仕事、コンサルの仕事に共通する。個人でなくチームプレーで踏ん張る。
※1:組んだ状態で相手に圧力を掛けるために足を動かし続けること。
※2:アメフトでボールキャリアに複数の守備選手が同時にタックルする理想的プレー。
スタンフォードへの留学は94年、31歳の時だった。シリコンバレーは前年まで低調だったがこの年から復活してきた。その中でスタンフォード大学はいろいろなプロジェクトのハブとなっており、キャンパスはシリコンバレーの縮図だった。CATVで大成功した起業家の教授の自宅はHP社のヒューレット邸の隣に位置する同じくらい大きな豪邸で学生20数名を同時に食事に招いてくれた。サンマイクロシステムズのスコット・マクネリも汚いジーンズとTシャツで戦略クラスに出入りしていた。スティーブ・ジョブスもキャンパスによく来たが、やはりスーパーヒーローだ。1984年の伝説的なプレゼン・ビデオを今でも覚えている。IBMという悪の帝国を倒すという刺激的なストーリーだった。
留学時代にアップルとIBMの歴史的JVでインターンをやった。日本人は一人でアジアに拠点をつくるプロジェクトを任された。東京に出張して総合商社や電機メーカーと交渉して本当にアジア拠点を作った。非常に面白かった。正味半年くらい。夢のようなこの世界がずっと続けばいいと思ったが、さすがに当時は会社に戻らなければならなかった。
アメリカにはオポチュニティがある。アメリカ人の気質は極めてローカルな気がするが、あの場というのがやっぱりなかなか秀逸にできていて、ビジネスにおいても教育を受けるにもアドバンテージがある。インド人はアメリカを基点にいろいろ活動した上で本国へ戻って大活躍する。韓国が完全に教育のパターンとしてアメリカの大学を出て仕事の経験を積んで帰ると何階級か特進ですばらしくキャリアを積めるというところがあるみたいだ。日本は加速化された経験を積む場というのがない。逆に何倍か時間を掛けないと同じことも経験できない。だからみなさんオポチュニティを要求しないのかもしれない。日本人の技術者も10年頑張ってから考えろと言う。
欧米のビジネススクールはエグゼクティブプログラムが充実している。夏休みに執行役員クラスを百人くらい集めてサマースクールを開く。グローバル投資銀行の役員クラスが集まる。ニューヨーク、ロンドン、シドニーから集まり、1週間くらいみなさん海千山千の方々がビジネスについてディスカッションし、かなりクタクタになりながらグループスタディもやって勉強する。残念ながら日本人はあまり参加していない。
エグゼクティブの方々まで巻き込んで動かないといけない。学校が何をやるか?よくあるのは経営会議の場をハーバードやウォートンでやる。半分は自分たちだけで会議し、半分は大学の先生を入れたセッションでやる。日本でも一橋大学の先生が活動されているようだが、そういうのを東大でやれば、企業が何を欲しているか分からないということはなくなるのではないか。
イギリスはいろいろ揶揄されているが、外から人を連れて来るのがうまい。ウィンブルドン化といわれている。結局ウィンブルドンでテニスをしているイギリスの選手はいない。しかしイギリス人はしぶとい。この会社の元上司がブリティッシュテレコムのアジア責任者をしているがアジア地域でビジネスを伸ばしている。彼らイギリス人独特のネットワークを至る所に張り巡らしている。香港、シンガポール、オーストラリアに非常に強固なものがあり、さらにタイなど。インドにも入り込んでいる。ロンドンへの「知の集積」にプラスして、もともと保守的なようで冒険家が多い。いろんなところに根を張っている。華僑も大きなネットワークがあるが、イギリス人も強い。それは日本人にはない。それを作れるかどうかが勝負だ。大学がそういうところで戦えるタフな人材を提供できるかが重要なポイントになる。
スタンフォード大学もオックスフォード大学もグローバルな卒業生ネットワークが着実に機能している。インド工科大学でもOB会は広く活動している。米英印の各大学は「コア」及び「場」としてネットワークを常に拡大再生産している。卒業生がグローバルに仕事をする上でもネットワークが機能する。日本は企業ごとのネットワークが働いているが企業には限界がある。
めちゃくちゃなこじつけだが、東大卒業生が世界に向かって次々にギャングタックルできるようにしないといけない。グローバルな社会で日本人が主体的に仕事をしたいならば、そのよりどころとして大学があるべきだ。個人戦で頑張れという状況ではない。卒業生が結び付くのを潔しとしない風土があるかもしれないが、最悪なのは経済敗戦になって第二次大戦前じゃないが「複雑怪奇」だと言ってさじを投げることだ。物事を少しでも計算づくで考えなければならない時に日本人は気合いだ、最後は玉砕だとなりやすい。
ビジネススクールで学んだスタンフォード大学からは継続的に寄付依頼が来る。どうして日本はそうしないのかと考えている時に東大の渉外本部の方がみえたので、その時以来毎年同じ時期に少額ながら寄付をしている。当社の創設者ジェームス・マーチンはオックスフォード大学出身で母校に数億円の寄付とともにマネージメント研究所を設立した。現会長アージュン・マルホトラはインド工科大学のOB会会長(かつ首席卒業者クラブ会員)。母校のテレコム研究所設立のために何十億円か寄付した。そういう人には及びもつかないが本気で頑張る大学への寄付は重要だと思う。将来的に2人のようになりたいものだ。
聞き手:廣瀬 聡(渉外本部シニアディレクター)
※肩書きはインタビュー当時のものです。