第十回 : 福武 總一郎様

2009年06月19日(金)

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福武總一郎(ふくたけ・そういちろう)

株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役会長 兼 CEO
ベネッセアートサイト直島代表/財団法人直島福武美術館財団理事長

1945年岡山県出身。1969年早稲田大学理工学部卒業。1973年株式会社福武書店(現株式会社ベネッセコーポレーション)入社。1986年同社代表取締役社長などを経て、2007年より現職。1987年より直島プロジェクトを開始。香川県の直島を、自然とアートで活性化する取り組みを実行。1998年「メセナ国際賞」受賞、2000年「第13回岩切章太郎賞」受賞、2004年ベネッセアートサイト直島に地中美術館オープン、2006年直島での継続的なアート活動に対して「メセナ大賞」受賞、同年香川県文化功労者表彰、2008年芸術選奨受賞など受賞。
これらの取り組みの結果、直島でのベネッセハウス、家プロジェクト、地中美術館を訪れる来島者は年々増加。2008年の直島への来訪者は30万人を超える。地域を巻き込み、交流を深め、直島の人々と一緒に元気になっている。なお、2008年には日本政府観光局(JNTO)による日仏交流150周年を記念した日本の地方観光地PRキャンペーンにおいて、世界遺産の厳島神社と並び「最重点地域」に選出されている。

寄付者紹介

通信教育、出版事業などを展開するベネッセコーポレーションのトップであり、瀬戸内海に浮かぶ直島(なおしま)で自然と現代アートを生かした独自の地域づくりに取り組み、越後妻有アートトリエンナーレの総合プロデューサーも務める福武總一郎氏。今回は、東京大学基金へご寄付をいただいた福武氏に、寄付にいたるまでの思い、これからの東大への期待をうかがった。

人間が豊かに生きるために必要なもの。
それは、自然、歴史、そして文化。

大学卒業後、商社に勤め、福武書店に入社してからも長く東京で生活し、本社がある岡山に40歳で戻った時に、「人間の本当の幸せとは何か」を真剣に考えるようになりました。都会にはたくさんの娯楽、刺激、興奮があった。素晴らしい音楽、演劇もある。確かに楽しい時間を過ごせる場所といえるでしょう。でも、壊すことで新しいものをつくり続けてきた東京には、残念ながら自然や歴史、文化というものがほとんど残っていないわけです。東京大学名誉教授 故・木村尚三郎先生も、江戸以降の東京文化は舶来文化とおっしゃっていました。私も、文化のない都会で必死に頑張って、たとえお金持ちになったとしても、心豊かな生き方はできないなと思ったのです。

父の跡を継ぎ、社長となりましたが、1995年には福武書店という旧社名をベネッセコーポレーションに変更しています。“Benesse”とは、ラテン語の「bene=よく」と「esse=生きる」を組み合わせた造語です。人々が“よく生きる”ためには何が必要か。自然、歴史をともなった文化がある場所で、しっかり手足を動かして働いて、うまいものを食べて、恋愛をすること。そして、そこには必ず人生の達人であるお年寄りたちの笑顔があること。そんな素晴らしい地域に住み暮らすことこそが、人間にとって本当の幸せじゃないかと。

私自身が“よく生きる”ために必要としているもの。それはやはり自然なのです。今、私は瀬戸内海に浮かぶ直島と新潟の越後妻有で地域づくりの活動をしています。見捨てられた日本の原風景が色濃く残り、そこには昔からの民家、元気をなくしたお年寄りたちの姿があり、そして普通の庶民の方々がつくってきた歴史が今も受け継がれている。この自然豊かな地域を、現代アートで元気にできないだろうか。そう考えたのです。

今、都市文化から地方文化への
パラダイムシフトが起きつつある。

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直島にて。アーティストの
ジェームズ・タレル氏と

20世紀は都市文化の時代でした。それを担ってきたのは、男であり若者が中心の世界です。しかし、昨年の金融システム崩壊によってそれが変化しつつある。私自身は、これまでのようなお金目的の、大量生産、大量消費、大量廃棄の構造がなくなればよいと思っています。地方の時代が到来することを待ち望んでいますから、タイミングよくパラダイムシフトが起こってくれたとも(笑)。これからは、子ども、女性、お年寄りが元気になる時代、長くものを大切にする時代が到来するのだと思います。

現代アートでは、スペインのビルバオ、フランスのナントなど都市の中にある美術館が有名ですが、お年寄りたちばかりの過疎地域に美術館をつくった事例は「ベネッセハウス」が世界でも初めてではないかと思います。都会の中で現代アートは装飾品としてマッチしますが、作品が本来持っているメッセージを発しきれないと思うのです。お金儲けをいっさい約束されない現代アートの道を選ぶアーティストはたった1点の作品に世の中に対する問題、課題、矛盾といったメッセージを込めている。そのメッセージは都会ではなく、直島や越後妻有など、自然、歴史、文化が残る田舎に置かれるほうが光を放ち、我々に社会との対話をさせてくれるのだと思います。

直島には昨年、国内外から33万人もの観光客が訪れ、国際観光振興機構(現・日本政府観光局 / JNTO)が、日本の地方観光地12カ所をフランスでPRするキャンペーンを始めました。その中で直島は、厳島神社、熊野古道など4カ所ある最重要地域の1つに選ばれています。今後もますます来島者は増加していくでしょう。そして、直島で行っているような活動を周辺諸島にも拡大し、自給自足できる地域をどんどんつくっていきたい。休耕田を耕して、うまいものが海からいくらでも獲れる。おいしいものは地元で消費して、まずいものを都会へ(笑)。日本の地域に楽園を、究極をいえば、独立国家をつくりたいと思っているのです。

「経済は文化のしもべである」が持論。
あるものを生かし、ないものをつくる。

私はローカルな立場に身を置きながら、直島や越後妻有のアートプロジェクトを通じて、地域と世界をつなげる活動をしています。ある時、東京大学の方と話をする中で、「世界と交流するテレビ会議ができる場所がない」という話を聞きました。日本の最高学府であり、アジア、世界に向けて有効な研究を発信していく義務がある東京大学がそれではだめだと思いました。素晴らしい人材を輩出しているはずなのに、日本はよくなっていませんしね。直島のケースのように、この国が持つ本来の“らしさ”をしっかり見極め、自然とともに生き、ものを大切にするという21世紀の新しい思想や概念を、ぜひとも東京大学から発信してほしい。そんな思いから、寄付をさせていただくことにしたのです。

寄付行為は、経済活動の中からしか生まれません。ですが、世の中をよき方向へ導くという意味では、経済活動も寄付行為もひとつの手段であり、その先にある目的は同じであるべき。東京大学で生まれた素晴らしき思想や概念を、東京だけに留めることなく、国内の地域、国外を向いてアジア、そして世界へ広くつなげてもらいたい。そのためには何が最適かを考えて、縦割りではなく、より学際的な研究活動を行っている情報学環に施設(福武ホール)をつくってもらったというわけです。

20世紀のお金儲けの最先端研究は、ビジネス・スクールのお家芸でした。でも、私は東京大学の皆さんには、今よりも素晴らしい世界をつくるための研究をしてほしいのです。これからは、あるものを生かしながら、ないものをつくる時代になるはずです。そして「経済は文化のしもべである」、これが私の持論なのですが、人々が“よく生きる”ために、東京大学にかかわる一人ひとりに、今できることは何か。そこをしっかり考えてみてほしいと思っています。

私たちには、後世に価値を残す義務がある。
東京大学は知の創造でそれに貢献すべき。

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安藤忠雄氏設計の「情報学環・福武ホール」

知の創造は、人類が豊かに生きるためにとても大切な仕事であり務めです。それを全うする重要な責任があるという意味もあって、東京大学に寄付をさせていただきました。東大生には、東京大学で学ぶ意義を感じ、優秀なリーダーになってほしいと思います。私の出身大学の早稲田大学からは「なぜ、早稲田ではなく東大に?」といぶかしがられましたが(笑)。

繰り返しになりますが、これからは、あるものを生かし、ないものをつくる時代にしていかなければなりません。壊される前提で新しいものをつくっても、みんな不安になるだけ。そんな中で、いいものなんて生まれるわけがない。人類の役割が後世に価値を残すものであるとすれば、あるものを壊すという考え方は間違っているのです。それをしっかり否定しないと。では、そのうえでどうすればよいのか。100年、200年残る本当に価値のあるものを考え、つくっていけばいい。

東京大学の先生方も学生諸君も素晴らしき知の創造に挑戦すべきは当然として、ぜひ、都会から離れた地域にも足を運んでほしい。都市文化から地方文化へとパラダイムシフトが進む今、自分自身がこの世の中にどんな価値を残せるのか、そこに佇んでじっくり考えてほしいのです。私も、日本が希望のない国になってしまったことを憂いているひとり。地域に住み暮らしながら、これからの日本はどうあるべきかを考え、発信しています。皆さんはどう思われますか?

取材・文:菊池 徳行
※寄付者の肩書きはインタビュー当時のものです。