2008年10月20日 (月)
三輪 學俊氏(みわ・たかとし)
愛媛県出身。松山高校卒業後、東京帝国大学法学部に進学、1939年(昭和14年)に卒業し、日本銀行に入行。62年、札幌支店長。64年、文書局長。67年、国庫局長。69年、監事。70年、川鉄商事(現、JFE商事)専務。77年、副社長。89年、セント・トーマス・アソシエイツ・インク代表取締役会長。趣味は、小唄(菊池満佐学)、洋画。
三輪 玄二郎氏(みわ・げんじろう)
東京都出身。麻布高校卒業後、東京大学理科一類より経済学部に進学、1974年(昭和49年)に卒業し、三菱油化(現、三菱ケミカル)に入社。84年、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)し、ベイン・アンド・カンパニーに入社。86年、セント・トーマス・アソシエイツ・インクを創業、社長。05年、ビスタマックス・ファンド・アドバイザーズを創業し、代表取締役。趣味は、将棋(五段)。
三輪 宏太郎氏(みわ・こうたろう)
東京都出身。麻布高校卒業後、東京大学理科一類より工学部計数工学科に進学、2001年(平成13年)に卒業し、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系に進学、03年修士課程修了、08年博士課程修了。03年に東京海上アセットマネジメント投信に入社し、クオンツ企画運用部ファンドマネージャー。趣味はテニス、旅行。
父・學俊氏、そのご子息・玄二郎氏、そのお孫さん・宏太郎氏と、3世代が東京大学で学び、卒業後は、アプローチの仕方は違えども、金融というワークフィールドで活躍されている三輪さんファミリー。今年3月、宏太郎氏の博士課程修了を記念して、3人から東京大学基金にご寄付をいただいた。安田講堂の寄付者銘板には、3人のお名前がそろって飾られている。今回はそんな三輪さんファミリーのお三方に、学生時代の思い出や、東大への期待をうかがった。
學俊氏:かなり昔の話になりますが、中学2年生頃の夏休み、ふと思い立ち、物理の教科書のこれから半年一年先は一体どんな事が書いてあるのかと読み始めたのですが、これが非常に面白く、読み進めるほどに気持ち良く理解できました。勿論、分子だか粒子だかの不規則運動の部分等は解りませんでしたが。「スッキリと割り切れた世界が存在する」ことを知り、中学生なりに深く感激し肝銘を受け、後年、文科系の者は理数系の事が理解できていなければ弱い、理数系の者は文科系の事が解っていないと危うい、と考えるようになりました。そんな経験もあって、男として生まれた以上、広く各方面の最高水準の権威を存分に集めた最難関の巨大な綜合大学である東大を目指さないでどうするという思いでありました。この文系理系に跨る視野の必要性は息子達にも良く言いました。本人達は全く聴いていなかった様子でしたが(笑)。
玄二郎氏:父は「息子は自分の忠告をまったく聞かなかった」と言いますが、実際のところ影響を受けていたのでしょうね。高校時代、私は理数系だったのですが、大学1年次から専門を細かく絞り込む事には疑問を持っていました。そこでいろいろな大学を調べたのですが、東大には教養課程を経て専門課程を選択できるフレキシブルさがある点が魅力でした。案の定というか、理科一類に入学した私は、教養課程を過ごす中で自分本来の志望に気づくのです。顕微鏡のように一点を深く集中して研究するよりも、双眼鏡のように広い世界を俯瞰的に学んでみたいと。その希望を実現するために、専門課程は経済学部へと進学しました。当時、理科一類から文科系学部へ進んだのは私ひとりだけでした。しかし、この時の選択が私の長所を伸ばしてくれ、現在の仕事へとつながるきっかけとなったと思っています。
宏太郎氏:私の話はおまけみたいなものですから簡単に(笑)。高校時代から、数学を世の中に役立てていく道を模索していました。今流行の言葉で言うと、金融工学や行動ファイナンスの分野に興味を覚えていたのですが、やはりこの分野を極めるためには社会学や心理学、経済学、法律などなど、横断的な学問領域を広く学ぶ必要があります。そのような理由から、結論としては、父と同じく、リベラルアーツを重視している東大が自分には一番適しているだろうと考えたのです。
學俊氏:私は昭和14年の卒業です。31番教室で軍事教練(座学)がありまして、陸軍の大佐がやって来て教壇に立つのです。出席も取っていましたよ(笑)。ある日、その軍事教練で大佐が学生に向かって「軍人勅諭を諳んじて述べよ」と。すると前のほうの席に座っていた学生が手を挙げておもむろに立ち上がり、「ひとつ、軍人は政治に関与すべからず」。これを5回繰り返して言ったんですよ。それでその日の軍事教練は終わりになったと(笑)。このように、東大には自由闊達な空気が流れていたと思います。“本郷も「かねやす」までは江戸のうち”。これは法学部の穂積重遠教授が民法講義の中で引用した有名な江戸時代の川柳ですが、外に出ていったほうが学べることがたくさんある、試験の勉強や小理屈は図書館でやれと。そんな気風もありました。
玄二郎氏:自動車部に所属していましてね。メカ好きが集まって、ラリーをするんです。スピードを競うのではなく、ドライバーとナビゲーターが二人一組となり、ルートの特性を細かく把握し、走行の正確性を競うんです。実は当時のナビゲーターが私の妻なのですが、思えばその頃からずっと操縦されている(笑)。ちなみに、彼女は東京女子大学の学生でした。妻と結婚できたのも東大で学生生活を送ったからこそですね。
宏太郎氏:多種多様な教授陣、刺激的な同期とたくさん出会うことができました。大学院の講義で、ある教授が黒板の前に立ち、いきなり長い数式を書き始めたんです。書き終わった後、開口一番「これが宇宙だ!」。時には「これが輪廻だ!」と。その本質はいまだに理解できないですが(笑)、数学は解を導き出す便利なツールというだけではなく、哲学でもあるんだということは理解することができました。同期の話でいえば、就職せずにベンチャー企業を興したり、ミュージシャンになると言ったり、オリジナリティにあふれた仲間がたくさんいて、彼らからもいろんな影響を受けていると思います。
學俊氏:財閥系の企業に入り利益の追求をするよりも、日本人全体の利益を守る仕事をしたいと考え、日本銀行に就職しました。仕事が楽で、給料もいいという理由もありました(笑)。ここで長く働きましたが、学生時代に培った、全体のバランスを把握しながら、問題の焦点を見つける術が役立ちました。「中央銀行で働くとみんなそうなる」。確か、グリーンスパン氏もそう言っていた様に思います。
玄二郎氏:同期の多くは銀行に就職しましたが、私は理数系がバックボーンということもあり、三菱油化に就職しました。8年間ここでお世話になったことで、企業経営の概要を学ぶことができました。これはあくまでも自論ですが、学生起業する前に一度しっかりした組織での就業体験をしておくことをお勧めしたいですね。その後、ハーバード大学経営大学院に留学し、指導教授と一緒に大学が保有するバイオテクノロジーの特許のビジネス化を手伝いました。当該技術に関する事業計画の立案、マーケティング、資金調達、人材のスカウトなどなど、いわば大学発のベンチャー企業立ち上げですね。その経験から起業支援に興味を持ち、修士論文のテーマはベンチャーキャピタル。そして卒業後にコンサルティング会社勤務を経て、1986年、自身でベンチャーキャピタルを創業することになるのです。創業から現在まで、アメリカや日本で、バイオ、IT関連を中心としてベンチャー企業の育成を幅広く展開しています。
宏太郎氏:先ほどもお話しましたように、私の場合、数学を金融に融合させていくことを主眼に置いていましたから、その研究を続けるため、大学院に進みました。修士課程修了後は、東京海上アセットマネジメント投信に入社し、その一方で、博士課程にも在籍しました。数学を金融の世界にどう役立たせるかを探求すると同時に、研究の成果がどのように現場で使われているかを肌身で感じるために、二足のわらじ生活を5年間続けました。自分にとってはもちろん、大学、会社にとっても有意義な結果を残すことができたのではないでしょうか。今年の3月に博士課程を修了しましたが、引き続き、東京海上アセットマネジメント投信においてファンドマネージャーの仕事に従事すると共に、大学の研究室にも顔を出し、現在執筆中の論文に関して教授の指導を仰いでいます。
學俊氏:東大生に限った話ではないですが、今の人はちょっとスマートすぎる気がしています。強いひとつの武器を持っていても、勝ちたいのなら、そこには防御力も必要です。ひとつの武器を信じてやみくもに戦っても、それは参謀のいない戦争と同じ。だったら戦うなと言いたいわけではなく、防御力を身につけたうえで、思う存分戦ってほしいということ。複眼的な目で本質を見極め、自分に足りないものを正直に把握し、一所懸命学ぶための努力をすることです。リベラルアーツを標榜する東大には、そのために必要な材料がそろっていますから。そして、最後に必要なのは強い実行力だと思います。
玄二郎氏:ハーバード大学の基金募集のメッセージは「寄付は投資」です。この意味は、あなたが取得した学位を守り価値を高めるために寄付しましょう。そして潤沢な財務基盤を整えることができれば、優秀な教授や学生が集まり、世界の大学との競争に勝ち得るのです、というもの。日本の寄付は、まだまだ恩返しという意味合いが強いですよね。でも、これからは、卒業生が学位という自らの財産の価値を堅持するために寄付を行う、という風潮もつくっていったほうがいいのではないでしょうか。そのために、ホームカミングデイをもっと活発に行う、ハーバードのキャンパスのように建物や設備にどんどん寄付者の名前をつけるなどのアプローチを増やして欲しい。やり方はなんでもいい、大学と卒業生のコミュニケーションが密になるようなシステムをつくるべきだと思います。ちなみにハーバードの基金の総資産額は約4兆円。毎年の運用益が10%ほどと聞いていますから、3,000億~4,000億円を1年間の運営費として使える計算です。その点でも、やっと130億円の基金ができ上がった東大とはまだまだ雲泥の差があります。一方、大学発ベンチャーの育成という点では、東大にもTLOエッジキャピタルなどの支援する仕組みが少しずつそろってきたのはいい流れだと感じています。私自身、ベンチャーキャピタリストのひとりとして、できる限りのサポートをしたいと思っています。
宏太郎氏:学生時代、研究活動を続けていく中で指導教官を見ていると、雑務的な仕事に割かれる時間が、研究に費やすべき時間を圧迫していた印象があります。事務職員をひとり配置すればできることなのに、と。父の話によると、ハーバードでは授業終了後の黒板を消すためのスタッフがいるそうです。高給を払っている教授の時間をその様な事に費やすのは勿体無いという考えのようですね。また、教授の部屋が狭かったりと、物理的な研究環境も恵まれているとは言い難く、果たしてこの環境で有意義な研究活動ができるのだろうかと常に疑問に感じていました。日本の最高の知を集め、それを高めるための大学がこれでは、正直、不安を感じます。できることなら私たちの寄付は、教授や学生がストレスなく研究に取り組めるための整備に使っていただけると嬉しいですね。
取材・文:菊池 徳行
※寄付者の肩書きはインタビュー当時のものです。