中山 裕之 教授

2020年01月16日(木)

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中山 裕之 教授 

大学院農学生命科学研究科獣医学専攻
東京大学附属動物医療センター  センター長
専門分野:獣医病理学

この教員に関連する東京大学基金プロジェクト

東京大学動物医療センター140周年記念基金(東大VMC基金)

―中山先生は大学教授と動物医療センターのセンター長を兼務されています。それぞれのお仕事内容について教えてください。

 私の本務は、獣病理学研究室の教授です。獣医病理学について簡単にご説明しますと、主に動物の病気の成り立ち(病理発生)を研究する学問です。なぜその病気が起こるのか、その後、どういう経過で病気が進行していくのか、そして病気は最終的にどうなるのかというプロセスを含めた研究をしています。幅広い生物学的なアプローチをもって、動物の病気を解明していくのが現代の病理学研究といえるでしょう。

 一方、私がセンター長を兼務している東京大学附属動物医療センターでは、獣医学領域における最新の研究成果に基づき、一般の方々が飼育されている犬・猫を中心に、フェレット、ウサギ、ハリネズミ、爬虫類、両生類、鳥類といったエキゾチック動物などの“伴侶動物”、症例数は少ないのですが、牛、馬、豚などの“産業動物”の病気の診断と治療を行っています。基本的には、一般の動物病院から紹介を受けた動物について診療する、二次診療を行っています。

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左上から時計回りに、附属牧場・茨城、動物医療センター・弥生キャンパス、附属牧場・茨城、上野博士とハチの像・弥生キャンパス

 臨床の先生が当センターで診断、治療しますが、残念ながら動物が亡くなってしまった場合、病理学研究室でその遺体を解剖し、また、手術で採取したさまざまな病変材料も調べ、本当にその診断が正しかったのかを判断します。そして、そこで得た結果を次の診療に生かしていく。当センターにおける動物診療と病理診断には、とても密接な関係性があるのです。

 また、動物の診療を通じた学部学生・大学院生・研修獣医師に対する教育も、当センターの大切な役割です。大学を卒業した研修獣医師は、症例数が多い病院で2~3年ほど勤務してから独立するパターンが一般的です。東大の卒業生はもちろん、他大学出身の研修獣医師も受け入れ、社会から求められる獣医師の教育、育成に貢献しています。したがって、私のミッションは、学生の教育、卒後教育、研究、社会貢献の4つであるといえるでしょう。

―獣医学の役割が、先生が学び始めた頃と今と変わってきていると思のですが、そのあたりはいかがでしょうか。

 40年くらい前、私が学生の頃、ペットの犬はだいたいが雑種で、外飼いが普通でした。病気になっても獣医さんのところに連れていかない飼い主も多かったですね。その後、日本では核家族化、少子化で、ペットを飼う人がどんどん増えていきました。ペット、すなわち伴侶動物に対する人の接し方、関係性は変化しており、今ではほとんど家族と同様の存在です。そのために、町の動物病院が増えていったわけですね。ちなみに、私がこれまでに飼った動物はハムスターとどじょうだけなんですよ。夫婦共働きで、昼間に世話ができないため、あまり手をかけなくても大丈夫な生き物しか飼えなかったというわけです。

 少し話がそれましたが、そもそも獣医師の職域は、伴侶動物の診断、治療だけに限らず、非常に幅広いのです。まず、産業動物である牛、豚、羊、鶏を診る獣医師がいます。最近では豚コレラの脅威がニュースになっています。公衆衛生分野も獣医師の重要な職域です。それから野生動物の保護、管理。環境省に就職し、国立公園でレンジャーをしている卒業生もいます。環境保護、サセステイナビリティなども獣医師の守備範囲になってきました。

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左上から時計回りに、アルゼンチン・バルデス半島・ゾウアザラシ、イギリス・エジンバラ大学、アメリカ・サンフランシスコ近郊、カナダ・ロッキー山脈・オオシカ

 基礎医学の分野もそうです。薬や食品の開発、安全性の分野でも獣医師が活躍しており、獣医師なくしてはそれらの開発や安全性が担保できない状況になっています。一方で、動物愛護団体の方々は、「動物実験はけしからん」と言う。彼らの言い分もきちっと聞いて、上手に調整していくのも獣医師の役割です。いずれにせよ、人間と動物がかかわる接点において、すべて獣医師が関係していますし、今後も獣医師の仕事はさらに多様化、グローバル化していくことは間違いありません。

 すべての獣医師が常に考えるべきは、地球上の生き物全体の健康への配慮です。国際的なキーワードとしては、「ワンヘルス」。“人”の健康、“動物”の健康、“環境”の健康ですね。「ワンヘルス」への貢献こそが、これからの獣医師に求められている重要なミッションであり、世界中の獣医師の合言葉になっています。夢ある未来づくりに役立つことができる人材教育と、優秀な獣医師の供給が、私たち東大の義務だと思っています。


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―獣医師の職域についてのお話をお聞きしていると、獣医師が担う社会的重責を感じざるを得ません。そこに対する東大の課題をどのようにとらえていらっしゃいますか。

 獣医学部の教育(獣医師養成教育)で考えると、東大と比べて、アメリカ、ヨーロッパの大学のレベルは相当高いですね。国内では、北海道大学と帯広畜産大学、山口大学と鹿児島大学が共同で獣医学部教育を始め、ヨーロッパの獣医学教育評価機関の評価を受け認証されるなど、教育課程のレベル底上げを図っています。アジアにおいても、今年ソウル大学獣医学部がアメリカの獣医学部教育評価を受け認証されました。これに対して東大の獣医学専攻は獣医学部ではなく、農学部の中に入っている規模の小さなところ。使える資金も少ないですし、教育課程については正直まだ弱い。でも、研究の面でいうと、やはり東大の先生方は頑張っていて、獣医学研究の世界のランキングでも国内では断トツのトップといえるでしょう。しかし、現状維持ではいけませんので、獣医師養成教育をさらに充実させるためには、当センターを充実させなければなりません。残念ながら、満足のいく予算は得られないのが現状ですから、資金調達も私がやるべき仕事。その方策のひとつとして、「東京大学動物医療センター140周年記念基金」を立ち上げ、ご寄付を募る活動を開始しました。

 まず、当センターの建物を何とかしたいですね。竣工から30年以上経っていて、かなり老朽化が進んでいますので。それから、獣医師やスタッフの拡充です。人がもっと雇用できれば、症例数を増やせます。それにより収入も増加し、研究・教育も充実します。特に、診療を担当する獣医師を早急に拡充したいと思っています。彼らは診療ももちろんですが、学生の教育にもコミットしてくれますから。

 また、各種診療機器も新しいものへ変えていきたい。2019年1月、新しいMRIを購入しました。大学に借金をして、なのですが……。でも、このMRIを導入したことで、獣医師の仕事が非常にやりやすくなりましたし、当然、飼い主様とペットにとってのメリットも大きくなったわけです。いずれにせよ、今よりも当センターが経営的に良い循環で回る状態へもっていかなければなりません。そのためには、やはり先行投資ができる、ある程度まとまった資金が必要なのです。


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昨年導入された高性能MRI

 しかし、近年の運営交付金の減少などにより、そのための資金が不足しているのはご存じのとおりです。本当にありがたいことなのですが、当センターにペットの診療に来られている飼い主の方々から、たびたびご寄付をいただいています。大切なペットを診てもらってお世話になったから、我々の活動に共感したからなど、ご理由は様々のようです。そういった方々のご厚意に報いるためにも、東大基金と渉外本部の力を活用しながら、より多くの資金を獲得して、当センターを充実させていかなければと考えています。東大の卒業生、当センターの意義や活動に共感いただける企業様などにも、広くご協力いただけると嬉しいです。

―中山先生が今後取り組んでいかれたい研究などについて教えていただけますか。

 先ほど述べたとおり、現在、犬、猫は飼い主と非常に密接な関係にあります。実際、屋内で飼われているペットが非常に多く、彼らの生活環境は人と変わりません。例えば、壁材や建材にホルムアルデヒドなどの有毒物質が含まれている場合、飼い主への影響の前に犬や猫に影響が出てくる可能性があります。このような飼い主の健康と、犬や猫の健康との関係が今までほとんど調べられてこなかったのです。それを調べたら面白いと考えてご提案したところ、ある企業様からご寄付をいただき、「動物疾患のデータ解析」という寄付講座が始まりました。犬や猫など動物症例の情報だけではなく、飼い主の健康情報も含んだデータベースができれば、病気と健康に関する人と動物との関係がわかってくるのではないかと期待しています。まだ始まったばかりの挑戦ですが、少しずつ形にしてきたいと思っています。


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 そもそも、獣医学は比較医学なんですね。動物の進化と同様に病気も進化してきているので、さまざまな動物と病気の関係を進化軸で見ていくと、最終的には人間の医学につながるのではないかと考えています。そういうところを突き詰めていきたい。ただ、犬や猫の材料は手に入れやすいのですが、ほかの動物種の材料がなかなか手に入らない。野生動物や動物園で飼育されているような動物種ですね。種類が多くないと、なかなか全体のストーリーがつくれません。結構、時間がかかる分野だとは思いますが、研究室の若手が、希少な動物の老齢個体などを動物園などから手に入れて、進化のミッシングリンクを埋めるような活動をしてくれています。それによって新たな仮説が生まれる可能性もあります。

 さて、当センターの前身である駒場農学校家畜病院は、1880年11月に開設されました。ドイツから来日したヨハネス・ルードヴィッヒ・ヤンソン先生の指導の下、獣医臨床教育の場として活動をスタート。2020年11月に、開設140周年を迎えます。現在、専任教員(獣医師)13名、センター所属特任教員(獣医師)16名、特任臨床獣医師6名、研修獣医師31名、認定動物看護師8名、事務等職員8名の計84名が所属し、これに臨床系研究室の大学院生、学部生など76名を加え、総勢160名ほどの陣容となりました。そして、年間延2万頭ほどの動物を診療し、それらの症例を用いながら、教育・研究を行っています。

 私たちは、これからも病気を抱えた動物たちの治療を通じて、動物とその家族を支えていきたいと考えています。また、世界に羽ばたく有能な人材を育成するという獣医師養成機関のトップリーダーとしての使命を果たすためにも、多くの方々のご支援が必要です。「東京大学動物医療センター140周年記念基金」への、皆様方の温かいご支援をお待ちしております。

 

取材・文:菊池 徳行(株式会社ハイキックス)
※肩書きはインタビュー当時のものです。