中邑 賢龍 教授

2020年07月27日(月)

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中邑 賢龍  教授

東京大学先端科学技術研究センター
人間支援工学分野

この教員に関連する東京大学基金プロジェクト

異才発掘プロジェクトROCKET基金

―2014年に中邑先生が立ち上げ、取り組み続けられている「異才発掘プロジェクトROCKET」の概要について教えてください。

 国は東京大学に、“イノベーティブな人材”の養成を期待しています。だけど、私はこんなに“いい学生”が集まる場所で、世界が驚くようなイノベーションは起きづらいと思うのです。無駄かもしれないけど自分がやりたいことをやりとおす、それを邪魔されたくないから空気など読まないとか、そういう“ちょっと変わった”学生をもっとこの大学の中に増やしていくべき。しかし、今の日本の学校教育の中で、そういう子供たちは潰されています。評価や失敗をいっさい気にせず、自分が決めた何かを一心不乱にやり続けられる力。私はそれってものすごい“才能”だと思うのです。では、そういった才能を持つ子供たちはどこにいるのかと考えたときに、引きこもっていたり、不登校になっていたり、いわゆる“敷かれたレール”から飛び降りた子供たちに思い至りました。そこにフォーカスしてみようと。そんな彼らに今の学校にはできない教育の場を提供したいと考え、東京大学と日本財団さんの協力を得てスタートしたのが「異才発掘プロジェクトROCKET」です。

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 2014年から現在までに、小・中・高生125名がスカラー候補生としてROCKETに参加しています。引きこもりや不登校の子たちは、平気そうに見えても、心の奥では「僕、友だちがいない」とか「知識が偏っている」など悩んでいる。では、ROCKETで彼らに何を教えているかというと、まず「君らは、そのままでいいんだ」ということです。例えば、生のカニやエビ、イカを買ってきて、解剖して食せという授業をします。とにかく好きなようにやらせます。午前に始めて、12時過ぎても調理は終わらない。みんなキャーキャー言いながら食材と格闘して、14時くらいになってやっと食べられる。これが学校の家庭科の授業なら「このくらいの時間で、こうできるのが正解」となりますが、そんなことはどうでもよくて、食べられればいいのです。逆に自由にやらせた結果、「すごいね。お前君、どうつくったんだ?」っていうものが出てくる場合もあります。時間や教科書という枠を取っ払ったからこそ面白い。そういうことが体感できる授業をやっているわけです。

 そうして、「僕はこのままでいいんだ」と思ってくれるのが第一歩。人と違っていていいんだ、と。そもそもROCKETの活動ポリシーは、時間制限なし、教科書なし、目的なし。ここは子供たちが自由に活動できる場で、お金を出してくれる場で、好きなところに連れて行ってくれる場です。だけど、本気でやりたいことは本気でリクエストしなさいと。例えば超電導に詳しい子供が来たとしても「すごいね」と言うだけ。「教えないから、自分で勉強しろよ」って(笑)。まあ、たいていは大人のレベルからすると大したことはないのです。なので、ときには各界の著名なトップランナーの話を聞かせたり、あるいは現場で何十年も働いている、その道のプロであるおじさんやおばさんのところへ連れて行き、一緒に働かせたりもします。本気の大人ってやっぱりすごいという側面を理解させるためです。いい気になるなと。そうやって挑発すると食ってかかってくる子もいます。そういう子は放っておけばいいのです。挑発されてこの野郎と奮起し、すごいものを持ってくるケースもある。口先だけの知識なんて知識じゃない。徹底的にリアリティを追求させていくのが、ROCKETの基本といえます。

 

―ROCKETでは、ほかにも子供たちにリアリティを追求させるさまざまな授業をなさっていますね。もう少し事例を教えていただけますか。

 例えば、よく旅をさせます。東京駅に集合させ、鈍行列車だけを使い、スマホは持たせず、1日1000円の予算で、東のゴールは北海道の稚内、西のゴールは鹿児島の枕崎へ。「6日以内にここに戻って来い。俺は待っているから。日本が失ったものを見つけてこい」と伝えたうえで。へとへとになって目的地に辿り着いて「やった! 着いたぞ」と、いろんなものを写真に撮ったり、本気で探して帰ってくる。ちなみに、帰りは飛行機です。帰ってきた子たちに「もう1回行ってこい」って言うと、「また列車で? あんな遠いところはもう嫌です」と。「そうか、遠かったか。それが答えだ」って。こういうリアリティこそが、実は重要なのに、今の学校教育の中では教えられないんですね。

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 東大生と一緒に、30駅ある山手線の駅のホームの長さを、長い順から並べなさいという課題を出したことがあります。1つ目のチームは、ネットや国会図書館などで調べる、2つ目のチームはGPSと計算式を使って算出する、3つ目のチームは現場を回り、足で測るということになりました。最後のチームは、山手線の電車1編成の長さを調べ、前後の停止線からホームの両端までを足幅で測るというやり方です。1つ目のチームは、ホームの長さの情報がどこにも公開されていないことで失格。2つ目のチームは、ビルの谷間にあるホームの長さがGPSで補足できず失格。両方とも効率重視で臨んだ結果です。最終的に、3つ目のチームが一番近い値を出しました。ここからまた、面白いことが起こるわけです。我々が入手したある駅のホームの長さを示したら「先生、それ違う」と。「それは山手線の電車の一編成の長さと同じだよ。前にも後ろにもまだホームがあったから、間違ってる」と。これが目で確かめた人間の強さですよね。こういった教育が、未来にイノベーションを起こす可能性を持つ子供たちにとって必要だと思うのです。

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 言うは易しですが、もちろん実際の授業は大変ですよ。人の話を聞かない、好きなことしかしない、一丸となってくれない子たちですから。例えば、ホリエモン(堀江貴文)に講義をしてもらっても、「このおじさん、誰?」って出て行くし。養老孟司先生の講義なんて、みんな質問しまくりで、養老先生が「俺にしゃべらせろ!」って言うくらい(笑)。でも、そこで注意をしたらROCKETらしくない。時には、「先生、気分を変えるために部屋を移しましょう」と、講師と一緒に教室を移動する。そうすると、聞きたい子だけがついてくる。何が面白いかというと、置いていかれた子たちもついてくるんですよ。「君たち、スマホ触るのに忙しいんだから、いいよいいよ」って言うと「いや、聞きたいです」って。子供たちが頭を下げて来させる方法を考えればいいのです。ROCKETでは、そういうスタイルで授業をしています。

 

―そもそも中邑先生は、どんな考え、プロセスを経て、このプロジェクトを立ち上げられたのでしょうか。

 私は、最先端のテクノロジーを活用した人間支援工学の研究を専門としてきました。障がいの種類や程度によりますが、標準的な人間に近づけるための地道な訓練は時間の無駄だと思っています。なぜなら歩けない人は電動車椅子に乗ればいいし、文字が書けない人はワープロを使えばいいのです。手を使ってご飯が食べられて、足で歩けて走れて、しゃべれて、記憶ができて、みんなそれができるのが当たり前だと思っていますが、実は人にはそれぞれデコボコがある。私も含め、いろいろなデコボコを隠しながら、ごまかしながら生きているのです。例えば、東京大学の先生の中にも右と左を瞬時に識別するのが苦手な人が結構いるはずです。でもそれは、たまたま生活に支障がないから問題なく生きていられるだけ。一部の子供たちは、字が書けないから、書く訓練ばかりやらされています。それで心が折れていく。そんなことよりも本当にやりたいことがあるのに。テクノロジーを活用すれば、その問題は簡単に解消できるにもかかわらず。

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 人間支援工学の研究を続けていると、さまざまな生きづらい問題を抱えた人たちと出会います。ここで大きな声では言えない、訳あり人生の持ち主たちと。そういう人たちと一緒に活動をしていると、何がこの人たちの人生を狂わせたのだろう?と考えるわけです。多くの場合、「周囲の人と同じようにできるようになれ、なれ、なれ!」と言われ続けたことが原因だと思います。だけど、彼らはそうはなりたくなかったわけですよ。勉強はできないけどユニークな才能があったし、それだけを追求する強い意志があったし、そもそも人とは違っていたのです。もちろん、今の学校教育を一方的に否定しているわけではありません。学校で優秀と認められる人とは違った感性や才能を持った子供たちは確実にいます。そんな子供たちを受け入れられる、今はない教育の場所をつくり、両方をうまく回していく。とにかく周囲の人と違っていてもいい、僕は僕で好きなように生きればいいんだと心から思えるような。そして、いつか誰もがそれが当たり前、普通だと感じられる世の中をつくりたい。これが、ROCKETを立ち上げた根底にある願いです。

 ROCKETに集った子供たちには、みんな可能性があります。もちろん、いろんなレベルの子がいます。ROCKETの輪に入ってきて、自分を誇張してみても、こいつらには敵わないと考える子も出てきます。そういう子は、自分はまじめに勉強したほうがいいと考えて学校に戻り、普通に通うようになる。それでいいのだと思います。また、参加者には「わがままになるな、生意気になれ」と常に伝えています。好きなことを思う存分やろう。ただし、自分のやったことは自分で責任は取れと。そのうえで、彼らが本気でやりたいことがあって、「ここで今、躓いているから、教えてくれよ、助けてくれよ」と頼ってきたときには助けてあげる。冒頭でもお話ししたように、私たちの活動ポリシーは、時間制限なし、教科書なし、目的なし。ゆえに、彼らの本気に寄り添いながらも、枠やレールはほとんどつくりません。それを設定すると、元の木阿弥になってしまいますからね。

 

―プロジェクトの成果についてもよく聞かれていると思います。また、中邑先生が今後取り組んでいかれたい方向性、夢などについても教えていただけますか。

 よく「中邑先生、異才は育ちましたか?」と聞かれます。「そんなのわかりません」が答えなのですけど。誰かが新たな何かを立ち上げて、成し遂げて、それから数十年経って結果が出るわけで。そこでやっと、「あの人は異才でしたね」と周囲から認められる。私は子供を育てること以上に、世の中の風潮を変えたいのです。人とは違うけど、ユニークで面白い子供たちを面白がる世の中が醸成されたときに初めて、イノベーティブな社会が実現できると。だから成果はいつ出るかと聞かれても、「さあ」っていうとぼけた返事しかできないのです。ただし、ROCKETでやろうとしていることは、絶対に正しいと断言できますし、未来の社会にとって確実に必要なことであると確信しています。
 今、学校では「多様性理解を」と言っていますが、ほとんどが、障がいを、人種を、LGBTを理解しよう、みたいな方向性ですよね。でも、その前に、隣にいる子供を理解しなさいと言いたい。みんな、性格も違い趣味も違う。みんなが同じである必要はないのだと。ただ、1つの学校にその任を負わせるのは酷ですから、私は、子供たちが2つ自分の学校を持てるようにしてあげたい。それが、異なる学びの居場所を全国各地につくる「School of Nippon構想」です。子供たちに年間10枚の「お休み券」を配り、これを使って興味がある授業を行っている自治体に出かけていく。例えば、火山にものすごく興味がある子供がいたとします。桜島のある鹿児島市が火山の授業を主催する。1人リュックを担いで、小学5年生が鹿児島の小学校に行って1週間授業を受ける。そして毎年、火山のことだけに1週間集中できる機会と時間を楽しむ。まだ構想段階ですが、そんな場所を全国につくっていきたいと本気で思っています。

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 ROCKETの活動が継続でき、広がっていったのは、東京大学のおかげだと感謝しています。そして、この大学でこのプロジェクトをやることに大きな意味があると思っています。私は今、“特例教授”という職務を選択しており、国からの交付金、研究費がつかない立場にあります。ですので、当然、ROCKETの活動は寄付など、外部資金で賄うことになります。これまで繰り返しお話してきましたとおり、私の夢は、子供たちが追い詰められずに生きられる社会の実現です。人生を歩むうえで、誰しも適度な苦労を経験するとは思いますが、将来を担う子供たちが、社会から孤立をしなくていい人生が送れる環境を整えていきたい。このプロジェクトは成果が見えづらいこともあり、今後もまだまだ新しい挑戦、取り組みが必要となってくることは間違いありません。ユニークで才能もあるのに生きづらさに悩む子供たちにとって、希望の光となるような活動を継続していくために、自由な使い道を選べる寄付というご支援を必要としています。ぜひ、「異才発掘プロジェクトROCKET基金」の趣旨をご理解いただき、一人でも多くの方々からご支援をいただけますと幸いです。

 


取材・文:菊池 徳行(株式会社ハイキックス)
※肩書きはインタビュー当時のものです。