白波瀬 佐和子 教授

2021年02月15日(月)

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白波瀬佐和子 教授
大学院人文社会系研究科
社会文化研究専攻社会学講座
専門分野:社会学

この教員に関係する東大基金プロジェクト

現代日本研究センター運営支援基金

―白波瀬先生のこれまでの歩み、研究テーマなどを教えていただけますでしょうか。

 私の研究者としての本格的なスタートは海外、特にアメリカ、イギリスとなります。ハーバード大学、オックスフォード大学などで欧米流のトレーニングを受け、統計的な計量分析アプローチを用いて世の中の不平等や格差について、実証的に行ってきました。1995年、アメリカから日本に戻り、その後2006年に東京大学に着任してからは、日本の少子高齢化で代表される人口学的な変動と社会的な不平等を絡ませた研究を中心に取り組んできました。少子化でいえば、結婚、出産、あるいは働き方、ジェンダーなど、高齢化でいえば、家族の役割の変化、人々の健康、特に社会保障論、社会保障制度などの不平等や格差をどう見るのか、などについて研究を進めています。といったように私の専門研究分野は社会学であり、その中でも特に社会階層論の研究に注力してきました。

 そもそも日本で学ぶ社会学というと、欧米的な理論の蓄積、学説史というものが王道で、研究者を目指していた頃の私はそこに違和感を持っていました。そうではなく今、この足元にあるデータをもとに何が起こっているのかをこの目で確かめ、それを実証してみたいという思いがふくらみ、当時持っていた違和感を解消するために国外に出て社会学を学びたいと考えたのです。国外に出たことで、無意識のうちに一つの社会問題を“相対化”する、“比較”するという視点が少しずつ磨かれていったと思います。そして、もう一つ国外に出たことで良かったのは、私が師事した社会学の著名な先生方は、良くも悪くも日本の専門家ではないために、日本という特定の国に対する思い入れがニュートラルであったということ。それも私とっては大きかったかもしれません。このような中、日本に関する情報はどちらかというと限定的で正しいとばかりは言えないことを実感することが少なからずありました。

 オックスフォード大学の博士課程に在籍していたころ、今の私の軸になったともいえる研究プロジェクトがありました。自動車メーカーのフォルクスワーゲン社がかなり多額の研究助成金を拠出し、大規模な国際比較の研究プロジェクトがスタートしたのです。そこでの問いは、ヨーロッパにおいてさらなる産業化が進展すると、各国に存在している不平等問題はどうなるのか、ということ。しばらくすると東欧圏が解体していく時期でもあったので、東欧圏の産業化が西欧圏のそれと同じなのか否か、という点にも関心が注がれました。同研究プロジェクトは当時、マクロ社会学的な観点からも重要な業績が輩出され、学術的な議論を巻き起こしました。このプロジェクトによって、私は社会学における国際比較という研究の必要性と重要性を改めて感じることができました。そして現在、私が研究で扱うデータは日本のものを中心として展開していますが、国際ミクロデータとも比較しながら研究を行っています。

 

―2020年7月、「東京大学現代日本研究センター」が設立され、白波瀬先生がセンター長に就任されました。当センター設立の経緯を教えてください。

 繰り返しになるかもしれませんが、「東京大学現代日本研究センター」の立ち上げを構想した出発点、問題意識の根底には、人文学や、経済学、政治学、社会学を含めた社会科学、いわゆる日本の文系諸学に属する研究者たちが行っている研究成果を世界に向けてもっと発信していくべきなのではないか、という思いがありました。

 ちなみに1970年代から1980年代にかけて、世界で日本の研究が活発に議論されており、それはかたちを変えて現在でも引き継がれています。ただし、当時の日本研究は、飛躍的な経済成長を遂げていた日本を欧米から考察するという視点を中心に展開されていました。日本は戦後、欧米以外で産業化に成功した最初のアジアの国であり、今後の欧米の発展モデルとして参考にできるものがあるのかどうか、社会科学系の様々な分野の研究者たちからの注目が集まったわけです。

 しかし今、私たちが暮らす日本は「課題先進国」と言われています。その一例をあげると、少子高齢化に代表されるように、急激に人口構造が変わる中、社会保障制度をどうやって維持するのか、人々の基本的な生活保障を提供してきた家族の機能はどう変化するのか、高齢化のみならず働く女性が増加したことによって家族のケアはどう変わるのか――。このように日本社会は、人口構造ひとつからみても多くの課題を抱えています。また日本だけではなく、今後、アジアや欧米の先進国にとっても共通の問題に直面する可能性が大いにあるわけです。そういった意味で、世界に先駆けて新たな社会問題の解決に挑戦している日本社会は、貴重な研究フィールドと考えることができます。
 
 さらには人口構造の変化だけではなく、環境汚染や新型コロナを主とした感染症など、さまざまな問題が国境を超えて解決すべき課題となっています。そこで、特定の国だけによらない特殊事情を超えた世界共通の課題に取り組み、対応・解決していくために、課題先進国である“今の日本”に関する研究成果や学術的知見を世界に発信することが、極めて重要になるのではないかということに思い至りました。

 しかしながら、「いまさらなぜ日本研究を?」といった懐疑的な声も少なからずあります。また、東京大学であっても多くの研究者は「自分は日本研究者ではない」と考えています。確かに私も「何を研究していますか?」と聞かれれば、「日本の不平等・格差について社会学的な見地で研究を行っている」と答えます。これは日本にあって「日本研究」の枠組みを大きく捉えて位置付ける機会があまりなく、日本の研究者たちが“今”という非常に重要な対象を研究していることを“現代日本研究”として捉えることができる研究例を積極的に展開できていなかったことも背景としてあると思います。そこで、日本の“今”に関する研究を“現代日本研究”としてとりまとめ、世界に積極的に発信していくプラットフォームとして、東京大学に現代日本研究センターを設立したという流れです。もっとも、ここで「現代日本」を銘打っていることが、今に至る過去、歴史を決して軽んじているわけでは決してないので、この点は注意していただきたいと思います。

 

―「東京大学現代日本研究センター」の概要と、活動内容などについて教えていただけますか。

 「現在日本研究センター」は、国籍や所属にとらわれず、新しい時代の若手研究者や大学院生が集まり、現代の日本社会が有する課題に対する独自のアイデアを発表しながら、世界の課題解決に貢献することを目指して設立した全学的な組織です。本センターの構想段階から経済学研究科の星岳雄先生、社会科学研究所のケネス・盛・マッケルウェイン先生、ヒューマニティーセンターの齋藤希史先生、情報学環の吉見俊哉先生にご協力いただき、運営委員会を構成していただいています。そして、学内から文系諸学ほとんどの部局と、農学生命科学研究科、工学系研究科、新領域創成科学研究科、先端科学技術研究センター、生産技術研究所など15部局の先生方に連携委員として参加していただいています。
 
 ここでの構想と活動を絵に描いた餅で終わらせず、しっかりとグローバルに展開していくためには、当然ですが海外の有力な大学との連携は欠かせません。海外からは、ハーバード大学、コロンビア大学、コロンビアビジネススクール、カリフォルニア大学バークレー校、オックスフォード大学、プリンストン大学、ソウル国立大学、といった大学のトップといわれる研究者たちが国際諮問員として参画してくださっています。また、設立にあたっては、海外有力大学の代表的な日本研究者10人ほどから、「非常に意義のある活動である」としてエンドースメントレター(支持表明書)をいただくことができました。このように、日本と世界のトップ級の研究者や優秀な若手研究者を結びつけるための新たなプラットフォームを整備し、積極的な運営を進めていくつもりです。
 
 現在の主な活動としては、原則として英語による3つのレベルでセミナーを行っています。そのレベルとは、シニア研究者、助教とポスドク、大学院生と後期大学院生です。英語だけが使用言語であるべきとは思いませんが、文系にあっても英語による業績刊行が求められる今、センターでの主たるコミュニケーション言語を原則英語としました。東京大学の学生たちの英語レベルは確実に上がっていますが、中国や韓国等のアジアからの学生に比べるとまだもう少しトレーニングが必要だと感じることが少なくありません。また、各部局から参加いただいている連携委員の先生方にも単なる連携係に終わることなく、ご自身から国際共同研究のテーマの提案や、小規模でもいいのでセミナーやワークショップの開催の企画もお願いしています。そうやって複数部局にまたがる国際研究プロジェクトの企画をシードの段階から支援しながら、本格的な研究として発展させ、展開できればと考えています。

 また、2つのプロジェクトが本センターを拠点としてスタートしています。一つは包括連携している早稲田大学と共同で行う東大・早稲田 政治学コロキアム「21世紀の日本政治」です。こちらはマッケルウェイン先生が中心となって討論会形式で進めていただいているプロジェクトで、先日の討論会には東京大学の五神真総長と早稲田大学の田中愛治総長にも登壇いただきました。もう一つは、プリンストン大学との戦略的提携に基づいた「東アジアの人口と不平等」プロジェクトです。これには私も参加しておりまして、プリンストン大学のCenter on Contemporary Chinaとも連携しながら研究を進めています。さらに、国際的にも目立つジェンダー格差に注目した“Gender in Japan”を立ち上げました。研究者のみならず、さまざまなフィールドで活躍される女性リーダーの方々の登場も期待したいと考えています。

 

―白波瀬先生が「東京大学現代日本研究センター」の展開によって実現したい未来について教えてください。

 「東京大学現代日本研究センター」には、若手研究者の育成という大切な役割があります。国境や分野を越え、先生や先輩との出会いが生まれる場、将来、一緒に研究ができる仲間を見つけるための足がかりとなる場としても発展させていきたいです。このプラットフォームを活用する研究者が、それぞれの個性や能力をしっかりと生かしながら、人々が平和に暮らせるための研究テーマの種を見つけてくれるといいですね。それらの研究をしっかりとかたちにして、例えば積極的に学術雑誌に論文を掲載する、書籍として発行する――そんな成果がこのプラットフォームから生まれ、未来の社会に貢献してくれることを願っています。

 そして東京大学は、国内最高峰といわれる各学術分野を維持、継承、発展させていくという大きな使命を持っている大学です。その使命を後押しするためにも、それぞれ分野の中、グローバルでトップを走る研究者を育てていく必要があります。「東京大学現代日本研究センター」が世界のトップクラスの大学との連携に注力したのは、優秀な研究者や学生とのコラボレーションの大切さを実感してほしいと思ったからです。新型コロナによって露見した課題の一つは、単独の国、単独の組織にこだわっていると何もできなくなるということではないでしょうか。同様に、研究者としての個の力をしっかりと生かすためには、翻って他者とのコラボレーションが必要不可欠です。まずは一人の研究者としての質と信頼を高め、他者や他の組織から信頼を得るために、このプラットフォームを活用して積極的なアピールをしていってほしい。「東京大学現代日本研究センター」は、未来社会を支えるリーダーに対する人的投資をしていく場でもあるということです。

 もちろん、この試みが東京大学の国際転換を後押しし、促進するための一つのきっかけになればとも考えています。現代日本研究という大きなテーマを掲げてはおりますが、世界に向けて日本研究を広めてもらいたいというだけではなく、現代の日本の中で展開されてきた社会科学、人文学などの日本研究を基軸として、世界の文理の壁を越えた研究者たちとコラボレーションすることでそれを発展させ、その研究の先端を日本で育った若者たちに担っていってほしい。世界のボーダレス化はとても速いスピードで進んでおり、すでに今の若者たちは世界の中での競争にさらされています。このプラットフォームに参加することで、まずその事実を体感してほしいと思います。

 このようなグローバルな活動を維持し、発展させていくためには、何よりも資金的なご支援が必要となります。現在は新型コロナの問題があってなかなか難しいのですが、東京大学の優秀な若手研究者に海外の大学などでの研究機会を提供したり、逆に、海外の大学の優秀なポスドクを東京大学に招いた入りすることで、若手研究者同士が交流、切磋琢磨し、お互いを高め合う場にしていきたいと考えています。他者と実際に交わって一所懸命コミュニケーション、議論をすることは、研究者としての重要な気づきや発見を促してくれます。ぜひ、未来の国際社会をリードする日本の研究者を一人でも多く育てるために、皆さまからのご寄付、ご支援をいただけますようお願いいたします。

取材・文:菊池 徳行(株式会社ハイキックス)