2025年03月17日(月)
創立150周年を起点に次の150年を目指す未来の歩みを見すえて、これまでご寄付によって東京大学を支えてくださった寄付者と総長との対話をとおして、東京大学への応援・共感の輪を広げていく「総長×寄付者ダイアログ」。
第2回は、上場企業初のエンダウメント型研究組織(※1)「トランスポートイノベーション研究センター」設立(2025年2月1日)に向けて、多大なるご寄付を賜ったいすゞ自動車株式会社の片山正則 会長CEO(1978年本学工学部卒)をお迎えし、エンダウメント型研究組織にご賛同いただいた経緯や想いについて、対話形式で語りあいます。
(※本鼎談は、2025年1月8日に行われた記者会見後に実施されました。)
左から、高橋浩之 大学院工学系研究科教授、藤井輝夫総長、片山会長CEO
藤井総長:
今回、エンダウメント型研究組織「トランスポートイノベーション研究センター」を共に作らせていただき誠にありがとうございます。御社の使命は「地球の『運ぶ』を創造する」ということですが、まさに物流交通を含めて、社会インフラが大きく変化する中で、どのように未来の社会像を作っていくか、ということが非常に重要な観点だと考えております。
まずは御社と高橋教授との間で、本センター設立に向けてご準備をいただいてきた経緯、それから片山会長の思いを含めてお聞かせいただきたいと思います。
片山会長CEO:
私どもは商用車メーカーとして、物流をどう支えていくか、どう改革していくか、という点について、大きな責任を背負っております。これから2030年に向けて、物流そのものがどう変わっていくのか?従来の物流という概念から、その延長線上のままで良いのか?モビリティと言った時にどのように変わっていくのか?…そういった部分を我々自身が考えていかねばならないと考えております。しかしそれはスケールが大きな話であり、単に物流が変わるわけではなく、物流が変われば生活様式も変わってきますし、生活様式が変われば逆に物流も変わってくる。その時の技術が変わってくれば、それぞれが変わる…というのは複雑に絡んでくる課題であり、この点をどう考えていくかというのは、私どもの非常に大きな課題でありました。東京大学にはAIの関係(データマイニング)で大変お世話になっており、そのようなきっかけで今回の研究センターをご提案いただきました。まさにこれは我々の抱えている問題にぴったりだと考え、またイノベーションを起こすために必要な人財育成の観点からも、 ぜひ一緒にやらせていただきたいと、このたびのエンダウメント型研究組織「トランスポートイノベーション研究センター」設立に向けた支援を決めた経緯がございます。
藤井総長:
ありがとうございます。これは私自身が感じていることでもありますが、片山会長がおっしゃったように、現代社会は、情報の流れがますます速くなり、重要度を増し、それが価値を生むような時代になってきています。一方で、やはり重さのある世界は、モノをどう動かしていくかという点において、それとは別の新たなイノベーションを必要とする領域だと考えております。AIやデータの活用が非常に重要になる中で、これからの未来社会において物理的なモノをどう考えていくかというのは、工学的にも非常に大きな課題ですし、社会システムの面からも考えていかなくてはいけないことです。そういう意味で、今回このような機会が得られましたことを大変感謝しております。
高橋教授:
そうですね。改めまして、今回はご寄付いただき本当にありがとうございます。
ここまで至るには、実はずいぶん長い道のりがございました。最初に藤森俊 取締役 専務執行役員 商品技術戦略部門EVPが本学に来られた時から既に六年程が経ちますが、その間、最初はAIの利用ということで検討を始めましたが、データがどれぐらい利用できるか、あるいは実際にどのように活用するのがいいのか…等、いすゞ様の分野にフィットするような結果を出せたと言えないところがございました。もう一度、翻って考えたときに、やはりモノがありますので、「モノと情報がどういう風に絡むのか?」というところに思い至りました。モノと情報といいますのは、簡単なようで奥が深くて。特に「モノが動く」というのがこの分野の特徴だと思うのですが、そのモノが動いたときに相対的にいろんなことが全部変わってしまうわけです。その変わったところに、さらに様々な人たちが周りにいて、「そこに(ある)モノ自体に価値がある」ということが従来の考え方とすると、「運ぶ」が入ると価値が相対化されるといいますか。ある人にとっては、ここにある場合には非常に価値があるが、こっちに来たら全然価値がないという…そういうことが生じるわけです。そうすると、単にAIの利用というだけでは足りなくて、やはり物を運ぶことの特質まで踏み込んだような研究をしないと実際に形にはならないという思いに至りました。そこで今回、「一度は大きい提案をしてみよう!」と意を決して大きな提案を差し上げたところ、受け止めていただいて。ですので、今回はなるべく大きなことに挑戦したいと考えております。
藤井総長:
では、未来に向けての話題にしたいと思いますが、2025年2月1日に設立した「トランスポートイノベーション研究センター」について、具体的にどのような取り組みをなさろうとしているのでしょうか?
高橋教授:
まずトランスポートをイノベーションといった時に、先ほどの物流の側面もありますが、それを支える「インフラとしての交通」が非常に重要な分野でございます。交通流に関しては、単に見え方が重要だというだけではなくて、なぜその交通流が起こるのかという交通流そのものを理解することが基本的な問いとしてありますが、それがまだ十分に深化できていないと私は思っております。それを理解するためには、やはり理論を構築することが重要です。単にAIに放り込んでその答えが出てくる…というものでもないと思っています。そういった意味で、本センターでは理論研究に対してじっくり時間を与えていただき、大学にもイニシアチブを持たせていただきましたので、理論研究をしっかり踏み込んで行うことで、それらが多様な形でつながっていくものになると思います。その点が通常の社会連携講座や寄付講座ではできない取り組みですので、ぜひ理論研究を軸としながら、御社の技術者の方と一緒に研究させていただけたらと思っております。
片山会長CEO:
高橋先生の発言にもございましたが、それは本当に私どもが期待していることです。私どもは工業の会社ですから、どうしても理論ではなくて結果優先なんですよね。しかし、AIを活用するとしても、やはり理論がないと話になりません。理論がしっかり構築できれば必ず我々は、そこから派生する新たな事業を生み出せると思っているので、まさにその理論の部分を追究していただくことが我々としても期待する部分です。非常に両者の歯車がかみ合っているということを確信しております。
藤井総長:
片山会長と高橋教授のお話を伺って思いましたのは、理論を構築するのにもう一つ必要なのは、やはり実際の現場のデータを広く活用するということですね。例えばセンサーをいろいろなところに搭載して、今まで測れていなかったものをどう測るかとかいうことも含めて、より広い範囲のデータを大規模に集約し、そこから見えてくるものを理論として生み出していく…ということも重要なのではと思います。まさに輸送の現場の、生のデータが、どのように理論につながっていくのか、これは研究テーマとしても非常に興味深いと思います。センシングの観点からも、アカデミアとして面白い研究テーマがたくさんあるのではないかと思いました。
高橋教授:
一般にセンシングというのは、固定したものを測ることが多いのですが、このトランスポートイノベーションの対象としているセンシングはその動き方が重要です。つまり動くことの価値をどのように形にしていくか、という点が通常のセンシングと異なります。必ず動いてしまうので、ここだと思って測定した瞬間にはもう動いている…というようなことになりますから、その刹那的な部分といいますか…そういった変化をどう押さえていくのかという点は非常に面白くて、現実のデータを用いて実現できることがたくさんあると思います。
藤井総長:
さて、東京大学は2027年に150周年を迎えます。 今の日本国内を見てみますと、例えば郵便が150周年、鉄道が150周年…等、あらゆる社会のインフラが150周年を迎えるに至っています。そういう意味では、「東京大学の150周年」は、日本の近現代国家としての150年でもあると考えております。周年と言いますと、通常は記念事業等を行ってお祝いしようという形が多いと思うのですが、東京大学の中だけでお祝いするというよりは、むしろ学外の皆さんと一緒に、この150周年を良いことも悪いことも含めて振り返り、そして次の150年をどうしていくべきかということを共に考えるきっかけにしたいと考えています。今回の「トランスポートイノベーション研究センター」は、企業からのご支援で作るエンダウメント型研究組織の最初の案件です。こうした相互の取り組みを通じて、人材育成を含めて新しい社会を一緒に作っていく、考え方を一緒に作っていく…アカデミアの中だけでやりたいことをやっているというのではなく、学外の皆さんと、あるいは産業界の皆さんとしっかり課題を共有し、ビジョンを一緒に作り上げていくということ自体が、新しい大学のあり方なのではないかと考えております。
このようなことを踏まえて、今回の件について、それから150周年を迎える東京大学に向けて、片山会長からメッセージがございましたら、ぜひお願いします。
片山会長CEO:
東京大学が150周年を迎えられるということ、心よりお祝い申し上げます。一卒業生として本当に誇らしい話です。 社会がめまぐるしく変わっていく中、大学も変わっていかねばなりませんね。大学の変革は当然行われているところだと思いますが、卒業生としても、また企業人としても、東京大学に期待するものは、やはり変わらず、「日本の知を支える」ということ。(本日の記者会見では)「知の水平線」という言葉を使いましたが、そこが非常に大事であり、日本のインテリジェンスが世界のトップとなることが目的であるべきであり、東京大学はそれを担うことができる。知性は国際競争力そのもの、産業競争力の源泉そのものであると思います。社会が変わっていく中で、そこだけは東大が決して変わってはいけない部分だろうと。だからこそ、恒久的な組織である今回のエンダウメント型研究組織の仕組みは非常に素晴らしいと思いました。
昨今、企業の課題がどんどん変わってきています。従来の事業の延長線、技術の延長線であれば、例えばAIにおいてのデータマイニングのエキスパートシステムを作っていただきたい等、学術的なご協力をお願いしたいと言えます。しかし、モビリティということになると、領域をまず限定できません。モノと情報をどう捉えるかというような領域に行くと、社会や課題により近いところにいる我々自身が課題を設定するということ自体が間違っていると思うのです。むしろ課題を決める前に、ニーズの段階、もっと言えばウォンツの段階から、我々が有さない多様で異質の知識をお持ちになって活動されているところと共に取り組んで、その中で課題を決めていくべきだと。実業に近いところにいる我々が、自分たちの事業に近い課題を先に決めてしまうと間違ってしまいがち…という思いがありました。
また、技術も大きく 変化するので、例えばAIディープラーニング一つにしても様々な手法がありますし、それを大学とご相談する時に、大学組織がある意味での冗長性を持っていないと、漠然とした課題に対しての相談ができないというもどかしさが実はありました。今回、高橋先生から具体的に恒久的なエンダウメント型をご提案され、我々としてはまさにそういう形であれば、研究生をそこに所属させていただき、我々の漠然とした課題に対して、異質の知識・深さを持っておられる方々と共に取り組み、現実的な課題を設定することができると考えました。そういう形が、高度な「人財」育成も含めた 我々の果たすべき責任に対して一番近いのではと、そして、「知の水平線」を担保していくことにも繋がるのではないか…という思いから今回の合意に至りました。やはり東京大学は特別です。国からのお金が不足しているから企業から資金を集めていく…という話ではなく、唯一無二の「知の水平線」として、本来的に高みを目指すべきだと期待しております。
高橋教授:
素晴らしいですね。まさに私たちがやりたいことと合致しています。
私は長く本学の産官学連携の担当をしておりましたが、いつも少しもどかしく思うのが、企業から課題を設定していただいた後、「変化する」ところがなかなかフォローアップできない点。設定した課題に対しての答えということになりますが、大学ですので新しいアイディアがどんどん出てきます。大学人としては、本来は変化して方向が変わっていくような研究をやりたいと言う気持ちの方が強いので、ちょっと忸怩たる思いがありました(笑)。(それをやった時に一番いい成果が出るものの、そこを押さえつけられてしまう、といった部分があってですね…)
その点、今回のエンダウメント型ではそういった制約がありません。変化を前提とした長期的な研究が自由にできるので、社会に貢献できることが非常に大きくなると確信しております。
藤井総長:
エンダウメント型にすることによって、一つは長期の視点が持てるということ、それからフレキシブルに課題を一緒に考えながら、修正しながらやっていけるというのが非常に重要なポイントですね。また、課題設定する際の観点として、私たちは今、生活者の目線に立った時にどうなのかということを重視して議論しています。21世紀に入って、個の時代に変わりつつあり、マスで何かを考えればいいという時代から、個の視点から見たときに何が良いのか、あるいはどう良い社会にできるのか、ひとりひとりのウェルビーイングを実現できる社会をどのようにつくっていくか?…といった点も非常に重要な課題になっていると思っております。そういった観点も含めて、ぜひ本学と一緒にトランスポートイノベーションの未来について考えていただければと思います。
本日はありがとうございました。
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注釈
(※1)東京大学は、世界の公共性に奉仕する大学として自律的かつ持続的な創造活動を拡大するため、新しい大学モデルの確立に向けたさまざまな改革を進めています。この改革の一つとして、柔軟で機動的な財務運営に資する、大学独自基金(エンダウメント)の拡大を目指し、運用益を事業に活用し恒久的な財源とする仕組みとしてエンダウメント型経営を推進することといたしました。「エンダウメント型研究組織」は、これに基づく組織として位置づけられるものです。エンダウメントの運用益を、新たな研究組織の機動的設置に活用することで永続的な活動を可能にします。
1978年 本学工学部卒業
同年4月 いすゞ自動車株式会社 入社
2015年 代表取締役社長に就任
2023年 代表取締役会長 CEO(現任)に就任
2024年 一般社団法人日本自動車工業会 会長(現任、現在に至る)
1988年 本学工学部船舶工学科卒業
1993年 本学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了(工学)
専門は応用マイクロ流体システム、海中工学
本学生産技術研究所長、同理事・副学長等を経て、2021年より本学第31代総長に就任(現在に至る)
1985年 本学工学部原子力工学科卒業
2005年 本学大学院工学系研究科教授(附属総合研究機構プロジェクト部門)
専門はセンシング工学
2022年より本学大学院工学系研究科人工物工学研究センター長