2025年06月03日(火)
創立150周年を起点に次の150年を目指す未来の歩みを見すえて、これまでご寄付によって東京大学を支えてくださった寄付者と総長との対話をとおして、東京大学への応援・共感の輪を広げていく「総長×寄付者ダイアログ」。
第3回は、新たな技術発掘・起業支援プログラム「東京大学・三菱商事 Tech Incubation Palette」設立に向けて、多大なるご寄付を賜った三菱商事株式会社の中西勝也 社長(1985年教養学部卒)と岡部康彦 経営企画部長(1994年経済学部卒)をお迎えし、本プログラムにご賛同いただいた経緯や想いについて、対話形式で語りあいます。
(※本対談は、2025年3月28日に行われた記者会見後に実施されました)
染谷副学長:
今回のご寄付および本プログラム設立に際して、誠にありがとうございます。
まずはじめに、御社が本プログラム設立に至った経緯や思いについてお話いただけますでしょうか。
中西社長:
日本が今後どうあるべきかを考える上で、日本の技術力は欠かせない要素だと思います。
そういった中、世界でもトップレベルの東京大学の技術・研究に、我々も微力ながら「寄付」という形で、自由度を持って研究開発していただきたいというのが一つ。それによって、新たな革新的な技術が生み出されると思っています。二つ目は、我々の強みでもある多様性(地域の多様性、産業の多様性)や産業接地面の多さ、当事者としてオペレーションの中に入っていくからこそわかるインテリジェンスを共有することで、社会実装により役に立つようなサポートをさせていただきたいという点です。日本の科学技術に貢献したいという思いから、本プログラムの設立に至りました。
藤井総長:
本プログラムに対するご支援、誠にありがとうございます。 東京大学の中には様々な良い技術があるのですが、今までなかなかそれらを生かしきれていませんでした。先ほどオペレーションに入り込んでいらっしゃるというお話がありましたが、中からの視点といいますか、例えばどのような技術がここに使えるのか、ユーザーあるいは実際の現場の目線から見たときに何が必要なのか、という点は、研究者目線ではわからないところが多いのが実情です。研究者には、自分が研究して出来上がったものを、「どこかで世に出したい」「社会のどこかで使っていただきたい」という熱意はあります。ただ、我々が持っている視点からだけでは、その思いが本当の意味で実装に繋がらないこともあり、そこが課題となっていました。今回はその課題を乗り越えるという点からもすばらしい機会をいただきました。良い実例がどんどん出てくるような、活気あるプログラムになればと思っております。
染谷副学長:
先ほどの記者会見で中西社長から「対価を求めず、自由にやって欲しい」というお言葉をいただき、東大に対する大きな期待と厚い信頼を大変ありがたく感じております。このような期待に応えるため、東大としてどのような成果を出せば、御社にとって「自由な研究環境を提供して良かった」とご評価いただけるのでしょうか。
中西社長:
研究者の皆さんが情熱を傾けて取り組んでおられることに貢献したいという想いなので、我々がとやかく言うようなものではないと思っています。我々がお手伝いできることがあれば積極的に意見を申し上げていきたいですし、東大本部や研究者からも色々なご意見、ご質問などをいただければと思っています。
染谷先生がおっしゃっていたように、有望な技術シーズを見つけて社会実装を促進していくところ、シームレスにあらゆるステージで起業家を支援していくところに寄付が最大限有効活用されていくと嬉しいです。ぜひ期待しています!
染谷副学長:
ありがとうございます。 藤井総長に今の話を受けてお伺いしますが、今、東大ではアントレプレナーシップ教育を行っている中、学生のマインドはどんどん変わっていますね。今回の寄付でさらにこの動きが加速するのではと思いますが、どのように東大が変わっていくことを期待されますか?
藤井総長:
もっと広い視野で見たときに、研究者や学生の皆さんが取り組んでいることに、どういう活用の場があるのかが見えてくるようになることを期待しています。さらに、そこに向けてのパスについても、これまでは、一つ一つ課題を解決しながら何とか前に進んでいくといった感じで、シームレスに繋がっていなかったことが多かったと思います。今回のプログラムでは、実装のところまでスムーズに進んでいけるような、そういう道筋が描ける構造にできるといいなと思っています。
染谷副学長:
今回のプログラムの内容について触れたいと思いますが、今回これまでにない新たな起業支援プログラムとのことですが、具体的にどのようなプログラムになるでしょうか。
田中教授:
東京大学では、これまでも多様な起業支援プログラムをやってきており、ある程度の成果は出ていますが、まだまだ世界と比べると規模感も幅も全然足りていません。今回御社からいただいたご寄付により、個々のプログラムの間を繋ぐような、東大全体を底上げするようなプログラムを考えています。より早期のアーリーステージから寄り添いながら、シームレスに企業シーズを可視化しながら、御社をはじめとする産業界の知見やネットワークを活かして起業化する卵を育て、事業化するまで一貫してフォローアップするということを目指しております。
中西社長:
我々が今、企業として常に意識していかねばならないことの一つがディスラプション(※1)です。 これだけ技術の進化が早まっている中、例えば生成AIの精度は急速に上昇しています。ソフトウェアが進展するだけでなく、その応用によって環境エネルギー、バイオ・ヘルスケアの分野など様々な研究がどんどん進化していくと思います。ですから、知の最先端である大学で実施される本プログラムにおいても、我々が理解している産業界の動向を共有させていただきつつ、逆にまた教えていただきたいと考えています。我々のビジネスの現場での気付きの共有によって、研究に良い影響を与えたり、多方面でのチャレンジに繋がったり、研究者の方々に貢献出来るようなサポートをしていきたいと思っています。
(※1)既存の市場で求められる価値を低下させつつ、新しい価値基準を市場にもたらすイノベーションを意味する
染谷副学長:
中西社長のご発言を受けて質問ですが、御社の中では、スタートアップに対する社員の方の関心は高まっているのでしょうか?
中西社長:
それはもう圧倒的に高いですね。年齢層にもよりますが、やっぱり20代、30代ぐらいの若い世代は特に高いです。弊社は民間企業なので、利益を出すのは勿論の事、大きなビジネス創出を狙っているところはあります。但し、先端技術が大きなビジネスに繋がるには時間的なギャップがあります。目の前の利益を出す事に集中しすぎると視野が狭くなってしまいますが、若手からは「もっと技術に軸足をおいた大きなビジネスをやりたい!」という声が出てきています。そういった声を踏まえて、技術を用いたスタートアップに投資する全社的なコーポレートベンチャーキャピタルの組織を2月に立ち上げました。短期的な視点に捉われないように、会社として中長期的なビジネスの創出にも目を向けていきたいという想いで取り組んでいます。そういった観点でも、若い人たちの起業したいという想いを三菱商事として応援していくつもりです 。
染谷副学長:
中西社長から若い人たちの変化というお話がありましたが、東大でもどんどん変わってきているのではないでしょうか?
藤井総長:
そのとおりです。特に最近の学生は、自分の手で何かをしたい、と考える傾向が顕著です。大きな組織に入るという選択肢ももちろんあると思うのですが、自分で立ち上げたスタートアップ等の、手触り感のあるところで社会を良くしたい、あるいは社会の中で主体的に動きたいというふうに考える学生が非常に増えていると実感しています。アントレプレナー養成講座や関連した授業の中で学生たちとお話しする機会があるのですが、学生の皆さんの起業に対する関心と知識量、理解度は年々、驚くほど高まっていて、これは非常に期待できるなと感じます。その養成講座の中でも、社会や産業界の方々からご助言をいただいているわけですが、今回の連携を通じて、実際のビジネスの現場の視点や、視点の転換という部分がうまくマッチすると、まさにイノベーションの機会が広がっていくのではと感じたところです。
染谷副学長:
では続いて、今後産学連携で目指すビジョンや心意気等についてお話できればと思いますが、こちらはまず私の方から。 私は2年前まで工学部長をしておりましたが、大学にものすごいシーズが日々わんさか生まれてるんですよ。なのにこれがなかなか社会に実装されない、橋渡しされないのはなぜだろうという問題意識をずっと持っておりました。どうすれば我々が持っている宝の山を本当に社会に役に立てることができるのか。そういう思いをずっと持っていました。
ある種一つの結論は明らかで・・・大学には学生さんがいて、教授やポスドクまで様々な研究者がいて、あとは事務スタッフがいますが、それ以外の属性の人はわずかしかいないんですね。そのため、社会のニーズや課題を十分な感度を持ってキャッチできていないなと思っておりました。これはやはりそこに毎日向き合っている産業界の方との連携、絆を深めることなく、我々の持っているシーズが社会に橋渡しできることはないと思っておりました。そういう中、今回、非常に大きなご寄付を東京大学を信じて託していただきました。この責任は重いと思います。こういう資金があって初めて産学連携の社会実装が進んでいくと考えており、今回のプログラムは頑張りたいと思っております。
ぜひ中西社長からも、産学連携で目指すビジョンなどをお聞かせいただけますでしょうか
中西社長:
私の課題意識として、アカデミアの「学」の部分と実際社会で事業を行っている「産」の部分、ここが切り離されているということが、壁やギャップを生んでいる要因だと考えていました。ここが表裏の関係ではなく、ちょっと隙間があるんじゃないかと思っています。我々には技術力がない。ただ、世の中のことは知っています。でもやっぱり技術がわからないと、産業社会がどのように変わっていくのか、見抜く力が弱くなってしまう。一方、研究ばかりですとその逆もまた真なりなので・・・今回、産学連携に一緒に取り組むことで隙間なく表裏の関係になる。というようなことができたら、こんな素晴らしいことはないと思っております。ぜひお互いに意見交換しながら、それを実現できればと思います。
藤井総長:
一言で技術力と言っても、大学の研究者は、元々は自身の興味関心のあることをやっているだけで、必ずしも産業界あるいは社会の関心と一致していないのが普通です。これまで産学連携の重要性をずっと唱えてきましたが、今回特にユニークなのは、産業界での、まさに産業接地面を広くご存知の三菱商事様の知見と、興味関心に突き動かされてひたすら研究に邁進してきた研究者の知見と、この両方を持った状態で社会実装を進めていくということです。これは非常に画期的なことだと考えています。本当に良い機会をいただいたと思っていますので、ぜひこれを活かして、東京大学の技術力をますます世の中に還元できればと思っております。
岡部経営企画部長:
こういった連携の機会をいただき、我々の持っているネットワークを使えば、東京大学にお役に立てる部分がきっとあるはずだと思っています。技術の社会実装に具体的に貢献していきたい一方、連携を通じて我々も勉強させていただく部分があり、その点ではWin-Winなところもあるかと思っているので、ぜひこのプログラムを活発にしたいです。先ほど田中先生ともお話したのですが、ちょっと起業に躊躇されている先生が、こんな面白そうなプログラムなら相談してみようか…と思ってもらえるよう、早く軌道に乗せていければいいなと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
染谷副学長:
ありがとうございます。
では最後に、寄付者のお立場から、今後150周年を迎える東大に期待することについてお伺いできればと思います。まず藤井総長からご発言いただけますでしょうか?
藤井総長:
東京大学は2年後に150周年を迎えます。周りを見回してみますと、例えば日本の鉄道、郵便や警察等、様々な分野がここ数年で150周年の節目を迎えています。つまり、日本の近現代国家の骨格が出来上がってきたのが約150年前ということです。だからこそ、私たちは、東京大学の150周年を単に学内だけのお祝い事にするのではなく、学外の皆様とともに、これまでの日本の近現代国家が成立してきた歴史を振り返り、次の150年の社会をどのように築いていくべきかを考え、議論を深めるきっかけにしたいと考えております。
150周年記念事業では「響存」というキーワードを掲げて、様々な事業を大学全体で進めています。今回の連携はまさにそれとも共鳴するような響きを感じるものになっていると思います。150周年という節目にも関連して、今回のプログラムをしっかり動かしていきたいと思っています。
中西社長:
藤井総長から、150年前が近代国家の始まりだったというお言葉を聞いて、我々の創業についても少し触れさせていただきます。三菱と言いますと岩崎弥太郎が創始者でございますが、弥太郎が大阪に出て、「九十九商会」を作ったのがちょうど1870年なんですね。その100年後、1970年に大阪万博があり、当時100周年記念として、我々は「三菱未来館」を作りました。そして今年4月14日から万博が、なんと55年ぶりに大阪に帰ってきました。つまり、岩崎弥太郎から始まりを数えると155周年のちょうど節目で東大とともに三菱も150年の歴史を有している企業でございます。
この150年間なぜ日本がここまで成長したかというと、やはり技術によるもの。ですから次の150年も日本を支える背骨はやはり技術力だと思いますので、我々もぜひそれは期待したいと思います。
それから最後に一つ。先ほど、藤井総長が「響存」とおっしゃいましたが、3年前、私が社長に就任した際、「共創」=「共に創れ」ということを掲げました。これにはとてもこだわりがあり、やはり社会と企業が一緒に作っていかないと駄目だと思っています。だから「響存・共創」の形でこの「Tech Incubation Palette」を立ち上げていっていただけるとありがたいと思っています。
染谷副学長:
東京大学も、以前は「産学連携」と言っておりましたが、それをある時から「産学協創」というようになりました。そのような産業界との連携を深めていくという視点でぜひ藤井総長から今の社長のコメントを受けて、ご発言いただけませんでしょうか。
藤井総長:
2022年度の学部入学式 の総長式辞で、起業について話しました。150年前は様々な社会インフラがまだなかったので、自分たちの資材やマンパワーをそれぞれが持ち寄り、それをもって社会全体のために何かを始めるというのが、渋沢栄一が提唱したいわゆる合本主義です。先ほどの九十九商会の話もそうですが、それぞれの力を持ち寄ってより良い社会を作っていくという動きが約150年前に起こっていた。今になってそれを考えると、このスタートアップを始める動きや、先ほどのディスラプションの話も含め、今度は、現代で、どういう社会を新たに作っていくかを私たちは問われているのだと思います。そういう視点を持ちながら、この先100年、150年という時間軸で、産業界と大学が一緒になって新しいことを始めていく。そういったストーリーで響存・共創が語れると良いのでは、と思いました。
染谷副学長:
それでは、本プログラムにぜひ一言ずつメッセージをお願いいたします。
中西社長:
世界でも有数の技術を有する東京大学に、寄付のみならず、ネットワークや産業知見を提供させていただき、できる限りのサポートを行いたいと思います。次の100年150年に日本がどうあるべきかを常に問いながら、技術の礎になるようなスタートアップが出てくることを心から願って、一緒に頑張って響存・共創させていただければ大変嬉しく思います。
藤井総長:
この先50年、100年、150年を考えたとき、今回のこのプログラムを契機に、新しい産学の取り組みのあり方や、その中でこのスタートアップを担っていく人材を育てていくということもまた一つ、大事な観点だと思います。学生やあらゆる世代の研究者に対する人材育成という観点でも、ぜひご一緒させていただければ、大変ありがたいことです。
岡部経営企画部長:
日本の技術力は世界と比べても全然負けていないと思いますし、これをしっかりと世の中に出し、社会実装していくことがとても大事だと思っています。世界でもトップレベルの技術・研究を有する東京大学とこういった取り組みを始めることで、日本の技術を世界に打ち出していくことの一助と言いますか、スタートになればと思っております。
田中教授:
学生と話をしていても、若い研究者と話をしていても、世の中にどう貢献するかということに非常に興味があります。昔は研究が国に対して貢献するということだったと思いますが、それが今は、民間の企業、産業界と一緒にやりながら、さらには企業を通じて世の中を変えていくというところに若い人たちのエネルギーがとても向いているという実感があります。今回「Tech Incubation Palette」ということで、いろいろな彩りを、うまく活かしながら新しい絵を描いていこうという、そんなイメージでプログラム名をつけました。御社の力を借りながら、大学としてどういう社会貢献ができるのかということを発信できていければと思っております。
染谷副学長:
この対談で、中西社長と藤井総長から本プログラムへの大変な期待についてお話しいただきましたが、実施者としてはこの貴重なご寄付を最大限に活用し、日本のスタートアップエコシステムの更なる発展に尽力していきたいと思いますので、今後とも引き続きよろしくお願いいたします。
本日は誠にありがとうございました。
1985年 東京大学教養学部卒業
1985年4月 三菱商事株式会社 入社
中東・中央アジア統括、新エネルギー・電力事業本部長、電力ソリューショングループCEOなどを経て、2022年に三菱商事株式会社社長に就任(現在に至る)
1988年 東京大学工学部船舶工学科卒業
1993年 東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了。博士(工学)。
専門は応用マイクロ流体システム、海中工学
東京大学生産技術研究所長、同理事・副学長等を経て、2021年より東京大学第31代総長に就任(現在に至る)
1994年 東京大学経済学部卒業
1994年4月 三菱商事株式会社 入社
国内電力部長、エネルギーサービス本部 電力DX推進室長、産業DX部門 副部門長などを経て、2024年に経営企画部長に就任(現在に至る)
1992年 東京大学工学部電子工学科卒業
2009年 東京大学大学院工学系研究科教授
専門は伸縮性のある有機エレクトロニクス
2023年より東京大学執行役・副学長(現在に至る)
1998年 東京大学工学部船舶海洋工学科卒業
2024年 東京大学大学院工学系研究科教授
専門は、分散協調システム、社会システムデザイン、エネルギー、物流