~第5回 製造業を“知的産業”にトランスフォームする
《DMG森精機と東京大学が2026年に開設「MXセンター」のビジョンとは》

2026年05月12日(火)

創立150周年を起点に次の150年を目指す未来の歩みを見すえ、
これまでご寄付によって東京大学を支えてくださった寄付者と総長との対話をとおして、
東京大学への応援・共感の輪を広げていく「総長×寄付者ダイアログ」。

第5回となる今回の寄付者ダイアログでは、航空機、宇宙、半導体、エネルギー、自動車、医療機器等、あらゆる製造業の根幹を支えることから「マザーマシン」とも呼ばれる工作機械の世界的トップメーカー、DMG森精機株式会社の森雅彦代表取締役社長(2003年本学大学院工学系研究科博士課程修了)をお迎えし、その多大なるご寄付により開設に至ったエンダウメント型研究組織(※注釈1)「マシニング・トランスフォーメーション研究センター(MXセンター)」の設立の背景や、2050年を見据えたものづくりの革新などについて、藤井輝夫総長と対話形式で語り合います。
(*本対談は、2026年3月9日に行われた記者会見前に実施されました)

コンテンツ画像

DMG森精機代表取締役社長・森 雅彦(右) × 東京大学総長・藤井 輝夫(左)

マイクロ流体チップを通した20年前の出会い

2.jpg

藤井総長:
 この度は、センター設立を実現させるエンダウメント型のご支援をいただき、本当にありがとうございます。本題に入る前に、少し昔のことを振り返らせてください。森社長とは20数年前にご縁がありました。
 当時私は駆け出しの研究者で、大学発ベンチャーを立ち上げたところでした。「マイクロ流体チップ」といって、マイクロスケールの微細な流路のなかで液体を分析する技術なのですが、それを作ろうという取組にご支援をいただきました。

3.jpg

森社長:
 よく覚えています。20年前のことなので、今だったらもう少しうまくやれたかもしれません(笑)。

4.jpg

藤井総長:
 その頃は2000年前後の、日本のベンチャーブーム第1期でした。ドイツの光学メーカー、カールツァイス社から技術を導入してマイクロ流体チップを作ろうとしたのです。少々先駆的過ぎたところもありましたが、その後20年続いて、最終的には事業売却という形になりました。研究機関向けにチップを供給することもでき、成果も残せたと思っています。

森社長:
 当時は、東京大学でもともと精密工学を専門にしていた松島克守先生にもずいぶんお世話になりました。ご指導いただきながら一緒に取り組んでいましたね。

藤井総長:
 ええ。あの頃の経験が、企業と大学との連携を考えるうえでの私の原体験になっています。ですから今回のお話には、個人的にも深い感慨があります。

500万台ある工作機械を100万台に

5MXセンターロゴ.jpg
「マシニング・トランスフォーメーション研究センター(MXセンター)」ロゴデザイン
“機械加工そのもの”をトランスフォームしていくイメージ


藤井総長:
 さて、本題に入りましょう。DMG森精機はマシニング、つまり「“機械加工そのもの”をトランスフォームしよう」という構想を掲げておられます。この着想に至った経緯をお聞かせください。

森社長:
 私たちが扱う工作機械という産業は、機械工学、電気工学、ソフトウェアという3つの領域で成り立っています。それぞれが約10年おきに大きな変革を迎えてきました。最近の進歩でいえば、同時5軸加工機や複合加工機といった、かつては何台もの専用機に分けていた工程を1台でこなせる機械が成熟してきたことが大きいです。

6.jpg

藤井総長:
 技術として、かなり進んできている、ということですね。

森社長:
 はい。ところが、全世界ではいまなお約500万台のCNC(コンピュータ数値制御)搭載の工作機械が動いていて、その多くは製造から25〜30年経っています。20年前のコンピュータと聞けば驚くでしょう。改善改良を重ねながら使い続けてきた結果、世界中の生産設備が実は相当古いものになっている。この500万台を、最新技術で100万台ぐらいに集約できないか。それが「マシニング・トランスフォーメーション(MX)」の基本的な考え方です。

7MXセンター主旨.jpg

MXセンター:工程集約・自動化・GXをDXによって実現する包括的なアプローチを目指す

藤井総長:
 500万台を100万台に集約できれば、サステナビリティ、つまり環境への負荷削減といった面でも大きな効果がありそうですね。

森社長:
 おっしゃる通りです。コンピュータが500万台あれば、500万人のオペレーターが要る。500万台分のモーターが回り、500万台分の中間在庫が積み上がる。昭和の大量生産モデルそのものです。私たちが自社で取り組んだ例を挙げると、ボールネジという機械の直線運動を担う部品があるのですが、その製造を従来の5工程から複合加工機で1工程に集約しました。オペレーターは6名から2名に、中間在庫は170本からゼロに。製造にかかる時間は4日から、わずか80分に短縮できました。

藤井総長:
 4日から80分とは、大きな改善ですね。

森社長:
 別の部品では、11工程14日かかっていたものが2時間になっています。こうした工程の集約が進めば、モーターの数も在庫も減る。省電力で省エネのものづくりに変わります。

製造業を知的産業にトランスフォームする

8.jpg

藤井総長:
 環境面に加えて、働く人の側にも変化はありますか。

森社長:
 むしろそちらのほうが大きいかもしれません。いま、機械に素材を入れて出すような単純作業をやりたい人はなかなかいない。オペレーター不足が深刻化しているわけです。しかし、500万台が100万台になれば、求められるのはまったく違う人材です。素材の性質から加工の手順までを総合的に理解し、プログラムを組める人。産業そのものが、知的産業にトランスフォームしていく段階だととらえています。

藤井総長:
 単に機械が減るという話ではなく、ものづくりの業界で働くことの質が根本から変わっていきそうですね。

森社長:
 しかもAIによる緻密な制御が進むほど、制御される側、つまり機械そのものにも精度が求められます。ソフトだけが高度で、ハードが追いつかなければ話にならない。ここにこそ、大学における基礎研究と人材育成が必要になると考えています。

エンダウメント型の組織が持つ可能性

藤井総長:
 今回、エンダウメント型のご支援をいただきました。元本を取り崩さず、その運用益で長期的に活動を支える仕組みです。私自身、大学の財務を国の補助金頼みから、このようなエンダウメント型に転換すべきだと訴え続けてきました。森社長がこの形を選ばれた決め手はどういったところにあったのでしょうか。

11.jpg

森社長:
 自分の名前が残る建物を寄贈される方は多いですし、それは立派なことです。ただ、私がさまざまな大学や研究機関と関わるなかでずっと感じてきたのは、建物はあるのに中身を動かすお金がないという問題です。大学に限りません。日本中の公共ホールで、演奏会を開く予算がなくて建物だけがあるような事態に陥っていますよね。

藤井総長:
 ハードがあっても、活動するための資金がなければ意味がないということですね。

森社長:
 ですから今回は、研究室がしっかり活動を続けていけるよう、エンダウメントの形を選びました。研究室ひとつを運営するには、教授や准教授、技術職員などを合わせて5人ほどの体制で年間数千万円が必要です。その資金を、数パーセントの運用益でまかなうと考えると、今回のような規模の寄付になりました。

藤井総長:
 エンダウメント型であれば、資金を長期にわたって見通すことができます。そのために、安定的に研究を続けられますし、大学側の判断で柔軟に活用することができる。これは大変ありがたいことです。

森社長:
 商売の話で恐縮ですが、製品のサイクルは3年から5年が普通です。一方で、研究のスパンは10年から20年の幅で考えることができる。だからこそ、長い時間軸の研究は、ぜひ大学でじっくりやっていただきたいです。

製造業×AIの広い視野を持つ人材を

12活動体系図.jpg

産学連携による最先端研究と、製造業の未来を担う高度専門人材の育成を両立する活動体系図

藤井総長:
 このセンターでは研究に加えて、人材育成も重要な柱と位置付けられています。これからの人材に、どのようなことを期待されますか。

森社長:
 今回は私が「マシニング・トランスフォーメーション」という言葉できっかけを作りましたが、ヨーロッパの学会では「マニュファクチャリングX」といわれ、製造業全体の変革という広い文脈で議論が進んでいます。ぜひ東大ならではの大きな視点で、ものづくり全体を見渡し、革新していただきたい。

藤井総長:
 同感です。機械加工の世界は、この10年、15年で計測の手段が飛躍的に広がりました。たとえば、大型放射光施設「SPring-8」で開発された透過力の高いX線によって、金属加工プロセスを世界で初めて観察することができた、というニュースも最近聞かれました。これまで想像・推測するしかなかった現象が「見える」ようになりつつあります。

森社長:
 そうです。デジタルツインといって、コンピュータ上に加工のプロセスを精密に再現するモデルを作り、実験で正しさを検証する。そこにAIを組み合わせていく。フィジカルAIという、ソフトウェアの知性を物理的なものづくりに直結させる領域ですが、まだ始まったばかりです。ですから、このセンターがスタートするタイミングとしては、この上ない時期だと思っています。

藤井総長:
 基礎的な現象の解明から、現場への実装まで広くカバーできるのが大学の強みです。このセンターで理論と実践にまたがる広い領域を学んだ人材が世界に出て、機械加工分野の中心を担っていき、得られた知見をセンターに還元する。そのような好循環を作りたいと思います。

「博士号」が持つ信頼の力

_DSC2450_fix.jpg

藤井総長:
 東京大学は来年、2027年に創立150周年を迎えます。私は常々、東京大学の歴史は近代日本の歩みとリンクしている、と述べているのですが、森社長はこれからの産業界と大学との連携について、どのようなことをお考えでしょうか。

森社長:
 企業は個々に競争し、時に協調していますが、大きな規格や基準、方向性を示す役割は大学をはじめとする公的機関にあると思います。そこへの期待は非常に大きいです。

藤井総長:
 ありがとうございます。まさに大学の存在意義に関わる点です。

森社長:
 もう一つ、学位の話をさせてください。私は学部こそ東京大学ではありませんが、2003年に東京大学大学院で社会人として博士号をいただきました。それからの20数年間、とりわけ海外で「自分が何者か」を示す場面で、この学位にはずいぶん助けられました。

13.jpg
 

藤井総長:
 国際的なビジネスの場で、学位が信用の基盤になったということですね。

森社長:
 ええ。これから出てくる若い研究者や学生、企業の方々にも、そのようなチャンスが東京大学を通じて開かれるといいなと思います。

藤井総長:
 それは大変重要なポイントですね。国際的な場面において、博士号が持つ信頼の力は確かに大きいです。大学としては、その期待に応えられる研究や教育を続けていかなければなりません。そのためにも、資金は重要です。今回のエンダウメント型研究組織は、大学と産業界が長期の視座で手を結ぶ、良いモデルになると感じています。

森社長:
 光栄です。これからもよろしくお願いいたします。

藤井総長:
 こちらこそ、よろしくお願いいたします。20年前のベンチャーもそうでしたが、森社長とのご縁はいつも長い時間軸のなかにありますね。

(注釈1)
エンダウメント型研究組織とは/東京大学は、世界の公共性に奉仕する大学として自律的かつ持続的な創造活動を拡大するため、新しい大学モデルの確立に向けたさまざまな改革を進めています。この改革の一つとして、柔軟で機動的な財務運営に資する、大学独自基金(エンダウメント)の拡大を目指し、運用益を事業に活用し恒久的な財源とする仕組みとしてエンダウメント型経営を推進することといたしました。「エンダウメント型研究組織」は、これに基づく組織として位置づけられるものです。エンダウメントの運用益を、新たな研究組織の機動的設置に活用することで永続的な活動を可能にします。

構成・文:二瓶仁志

< プロフィール >

プロフィール集合写真
森 雅彦(もり・まさひこ) <br>DMG森精機株式会社 代表取締役社長
森 雅彦(もり・まさひこ)
DMG森精機株式会社 代表取締役社長

1961年、奈良県生まれ。
京都大学工学部卒業。
伊藤忠商事を経て、1993年に森精機製作所(現DMG森精機)に入社。
1999年より代表取締役社長(現職)。2003年に東京大学大学院で工学博士号を取得。

藤井 輝夫(ふじい・てるお) <br>東京大学総長
藤井 輝夫(ふじい・てるお)
東京大学総長

1988年 工学部船舶工学科卒業
1993年 大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了(工学)
専門は応用マイクロ流体システム、海中工学
東京大学生産技術研究所長、同理事・副学長等を経て、2021年より東京大学第31代総長に就任(現在に至る)