〜第6回  眠れる“実務知”を、AIで日本の競争力に変える
《TOPPANホールディングスからの寄付により、東京大学が2026年に開設「AIイノベーション研究センター」のビジョン》

2026年08月19日(水)

創立150周年を起点に次の150年を目指す未来の歩みを見すえ、
ご寄付によって東京大学を支えてくださった寄付者と総長との対話をとおして、
東京大学への応援・共感の輪を広げていく「総長×寄付者ダイアログ」。

第6回となる今回は、印刷を原点に、情報・生活・エレクトロニクスなど幅広い事業を展開するTOPPANホールディングス株式会社から、大矢諭代表取締役社長COOと鈴木浩常務執行役員CTOをお迎えします。同社の多大なるご寄付によって開設に至ったエンダウメント型研究組織(※注釈1)「AIイノベーション研究センター」の設立に込めた想いや、AIによる社会変革のビジョンなどについて、センター長を務める松尾豊教授を交え、藤井輝夫総長と語り合います。
(※本対談は、2026年6月15日に開催された同センター設立に関する記者会見の後に実施されました)

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写真左から鈴木CTO、大矢社長、藤井総長、松尾大学院工学系研究科教授

AIによって日本の産業力を大きく逆転させる

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藤井総長:
大矢社長、鈴木CTO、そして松尾先生、本日はありがとうございます。このたびは、東京大学への多大なるご理解とご支援を賜り、心より御礼申し上げます。

TOPPANホールディングスのご支援によって開設する「AIイノベーション研究センター」は、東京大学がAI研究において次のステージへ進むための重要な一歩になると考えています。AIをいかに実世界へ実装していくかが、社会の行く末を左右すると言っても過言ではありません。その際に、現場の課題や知見を体系化して提示していくことは、工学が果たすべき使命の一つです。

また本学は来年、世の中のあらゆる仕組みをデザインの観点から問い直す新学部「UTokyo College of Design」の設置を予定しています。ユーザーや市民が求めているものをよく観察し、その声を聞いて形にしていく姿勢は、今回のセンターの試みとも深く響き合うものだと感じています。半導体やパッケージ、ライフサイエンス、そしてこれまで社会連携講座でご一緒してきたサプライチェーン最適化の取り組みまで、御社は幅広い事業を手がけておられます。そうした事業におけるデータとAIの活用を広げていく観点から、TOPPANホールディングスが今回のセンターに託す期待やビジョンをお聞かせください。

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大矢社長:
ありがとうございます。私たちはさまざまな業界のお客様とお仕事をさせていただいていますが、世の中は少子高齢化や労働力不足、医療・介護の現場の課題、サプライチェーンの分断、気候変動など、数多くの課題に直面しています。これらは一つの会社だけで解決できるものではありません。社会全体を見渡し、データや知恵を結びつけながら、課題の本質を捉え直す必要があると考えています。

日本の産業という観点では、DXで少し後れを取ってしまった面があります。けれども、お客様のもとに眠っている暗黙知や、表に整理されていない情報をしっかり掛け合わせることができれば、AIの活用によって日本の産業力を大きく逆転させる可能性は十分にあると感じています。そのためには、一企業の取り組みにとどまらず、体系化された知能の蓄積が必要です。

TOPPANは印刷を原点に、微細な加工やコーティングといったテクノロジーを多様な領域へ広げてきました。その技術と、約2万9千社にのぼるお客様との接点という、二つの強みを併せ持っています。日々、物流や製造の現場にある課題、医療・介護の人手不足といった生きた課題に向き合うなかで蓄えてきた知見、あるいは「データが分断している」「この情報しか持っていない」といった課題を、社会課題とあわせてご提供することで、AI活用の可能性はますます広がっていくはずです。そうした部分を、ぜひこのセンターでご一緒できればと考えています。

藤井総長:
ありがとうございます。松尾先生、いまの日本の産業競争力、そしてデータ活用からAI活用への移行という観点、さらにはその中で工学が果たすべき役割について、お考えをお聞かせいただけますか。

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松尾教授:
TOPPANホールディングスの皆様にこのような機会をいただき、本当にありがたく思っています。いま日本にとって、AIをさまざまな産業領域でどのように活用していくかが、大きく問われています。AIの性能は、ほんの数年前まで数十秒で答えられる作業に限られていたものが、いまや人間が十数時間かけて行う作業まで自動でこなせる水準に達し、数学やプログラミングではトップレベルに迫っています。問われているのは、この急速に進む技術を、現場でどう価値に変えるかです。

そこで、TOPPANホールディングスが培ってこられた実務知を活用させていただきながら、現場での経験を体系化し、次にまた活用できる形へと昇華させていく。それを進めたいと考えています。この「具体」と「抽象」を行ったり来たりすることは、AIが社会で必要とされるなかで非常に重要です。実際のプロジェクトに取り組みながら、それを抽象化・理論化していく。いわばAIの「設計論」とでも呼ぶべき方法論を、新学部「UTokyo College of Design」にも通じる発想で作り出していきたいと思っています。

AIの社会実装に向き合える「エンダウメント型」

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藤井総長:
今回、研究を支える形として「エンダウメント型」を選んでいただきました。東京大学は来年の創立150周年を控え、大学が自らの判断で資金を投じ、自律的に活動を広げていけるようにしたいと考えています。その方針の核が、エンダウメントの拡充です。

ご寄付を基金として運用し、元本を取り崩さず、その運用益を財源とすることで、長期にわたって安定した資金を確保できます。若手研究者が腰を据えて研究できるように、長期に雇用できるほか、研究テーマの自由度も高まります。予め取り組む内容が決まっていることの多い競争的資金とは異なり、エンダウメント型であれば、本質的な問いにじっくり向き合うことができるのです。これは大学にとって大きな転換でもあります。産業界から見て、この仕組みをどう捉えていらっしゃるか、また、ご賛同いただいたきっかけについてお聞かせください。

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鈴木CTO:
研究開発という視点から、私からお答えします。現在、社会連携講座という枠組みで進めさせて頂いていますが、AIの社会実装というテーマは、短期間で成果を求めるのが難しい領域です。実証実験を一歩二歩進めれば済むという性質のものではなく、しっかり回していくには長い時間軸が必要だと考えています。

私はもともとパッケージのエンジニアなのですが、たとえばパッケージの設計では、デザイン案を自動で生成しただけでは、それが本当に世の中に受け入れられるかどうかはわかりません。実際には、長く携わってきた熟練者が「この商品ならいける」と経験から判断してきました。その暗黙知がAIに入り込まないことには、生きたものにはならないのです。こうした知をデータとしてしっかり回していくうえで、東京大学が担うAIシステムの設計・実装の部分には、大きな意味があります。

それを、腰を据えて支えられるのが、エンダウメント型です。短期の流行に左右されず、本質的な研究に取り組める。パッケージにかぎらず、ロボットなど現実世界でAIが働く「フィジカルAI」のように、時間をかけて深めるべきテーマは数多くあります。そこから出てきた成果を私たちが社会実装し、社会へ還元していく。この循環を、ぐるぐると回していきたいと考えています。

藤井総長:
時間の制限を設けるよりも、オープンエンドで取り組むほうが、より広がりを持てるということですね。学術と、産業界がお持ちの実データや実践知とが行き来する、その循環こそが、日本の産業競争力の強化や、DXの遅れのリカバリーにつながっていくのだと思います。松尾先生は、この点をどうお考えになりますか。

松尾教授:
AIが生み出す付加価値は、まさに現場に適用するところにこそあると考えています。その際、鈴木さんがおっしゃったように、暗黙知や熟練の技と呼ばれるものを、いかにしてデータ化し、AIに取り込んでいくか。これは日本の産業界全体に共通する、非常に重要な課題です。そこをうまく体系化することができれば、日本の競争力にとって大きな力になるはずです。とりわけフィジカルAIのように、本来であれば日本がリードできるはずの分野もあります。研究開発と活用の両輪を、一段と積極的に進めていく必要があると感じています。

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人を想い、社会にとって望ましい形のAIを

藤井総長:
体系化された知が広がっていけば、世界のなかでの日本の競争力も高まっていくのだろうと思います。
さて、東京大学は来年、創立150周年を迎えます。鉄道150年、郵便150年と、ちょうど日本の近代国家の骨格ができてからの150年でもあります。だからこそ、次の150年を考えなければなりません。そのなかで、AIをめぐる議論は外せないものです。AI抜きには語れないこれからの社会において、企業と大学はそれぞれどのような役割を果たしていけばよいか。今のお考えや期待をお聞かせください。

大矢社長:
AIがこの先の150年にどう根付いていくかを、よく考える必要があると思います。AIが社会に根付くためには、人々が安心して使えること、きちんと説明できること、公平であることが欠かせません。そして最終的には、人間の判断と責任が伴うものだと考えています。これは、一企業だけで答えを出せるものではありません。

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AIが社会のなかでどう位置づけられ、どう活用されていくかは、学術的な知見や倫理、公共性も含めた研究を踏まえて形づくられていくものです。今回のような研究を通じて、社会に新たな解決の糸口や、新しいモデルを示していただけることを期待しています。

TOPPANは、グループのパーパスとして「人を想う感性と心に響く技術で、多様な文化が息づく世界に」を掲げています。AIを社会に実装していくうえでも、人を想い、社会にとって望ましい形で技術が生きることが重要です。今回の研究成果を活かし、現場で、社会に根ざした形で広げていきたいと考えています。

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松尾教授:
総長がおっしゃるように、AIが社会を変えていくのは間違いありません。ただ、それをいかに「良い方向」へ変えていくかが重要で、その「良い」も単純ではありません。どういう観点で、誰にとって良いのか、ステークホルダーがどう合意していくのか、非常に多くの観点を含んでいます。

短期的には、AIで生産性をどう上げるかという話かもしれません。けれども、150年という中長期で見れば、社会をどう良い方向へ変えていくか、という問いになります。そこでは倫理や地球環境など、さまざまなことを考えながら、AIを含んだ社会システムをどうデザインしていくかが問われます。そうした知見を貯めながら、このセンターが、次の150年に向けて良い社会を築く拠点になっていけるといい。世界でも求められていることであり、そのなかでリーダーシップを取っていきたいと思います。

藤井総長:
いま見えているAI活用の範囲を超えて、もう一段メタな視点から、人との関係や地球との関係といった、ヒューマニティーズの領域にまで見通しを広げる知見が、このセンターから出てくるのが望ましいですね。

このセンターから、日本発のAI社会実装モデルを

藤井総長:
最後に、150周年を迎える東京大学へ、メッセージをいただけますか。

大矢社長:
東京大学は2027年度に創立150周年を迎えられます。心より敬意を表します。この長い歴史のなかで、東京大学は「知」という基盤から、日本の社会の発展に大きく貢献してこられました。今回のAIイノベーション研究センターは、次の世代に向けて、AIという極めて重要なテーマに取り組まれる、象徴的な研究拠点になると受け止めています。その活動をご支援できることを、大変光栄に思います。
AIの研究には、大学という自由で公共性の高い場での研究と、企業による責任ある社会実装という、両面が必要です。東京大学には、AIの最先端研究をさらに深めていただくとともに、世界が直面する構造的な社会課題に対して、新たな解決の糸口や変革のモデルを示していただくことを期待しています。次の150年に向けた挑戦を、TOPPANも心から応援しています。そしてこのセンターから、日本発のAI社会実装モデルが生まれてくることを、強く期待しています。

藤井総長:
大変力強い応援を、ありがとうございます。ぜひ、このAIイノベーション研究センターでの活動をご一緒させていただきたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

(注釈1)
エンダウメント型研究組織とは/東京大学は、世界の公共性に奉仕する大学として自律的かつ持続的な創造活動を拡大するため、新しい大学モデルの確立に向けたさまざまな改革を進めています。この改革の一つとして、柔軟で機動的な財務運営に資する、大学独自基金(エンダウメント)の拡大を目指し、運用益を事業に活用し恒久的な財源とする仕組みとしてエンダウメント型経営を推進することといたしました。「エンダウメント型研究組織」は、これに基づく組織として位置づけられるものです。エンダウメントの運用益を、新たな研究組織の機動的設置に活用することで永続的な活動を可能にします。

構成・文:二瓶仁志

< プロフィール >

プロフィール集合写真
大矢 諭(おおや・さとし)<br>TOPPANホールディングス株式会社 代表取締役社長 COO
大矢 諭(おおや・さとし)
TOPPANホールディングス株式会社 代表取締役社長 COO

愛知県出身。1996年一橋大学商学部卒業後、凸版印刷(株)入社。エレクトロニクス事業本部事業戦略本部 第一企画部長などを経て、2021年より執行役員に就任。2025年4月よりTOPPAN(株)代表取締役社長を務めるとともに、TOPPANホールディングス(株)専務執行役員 COOに就任。2026年4月より現職。

鈴木 浩(すずき・ひろし)<br>TOPPANホールディングス株式会社 常務執行役員 CTO
鈴木 浩(すずき・ひろし)
TOPPANホールディングス株式会社 常務執行役員 CTO

東京都出身。1993年東京農工大学工学部工業化学科修士課程修了後、凸版印刷(株)入社。マテリアル・ソリューション事業部バリアフィルムセンター技術部長、TOPPAN USA Inc. Chief Technology Officer、生活・産業事業本部 副事業本部長などを経て、2026年4月より現職。

藤井 輝夫(ふじい・てるお)<br>東京大学総長
藤井 輝夫(ふじい・てるお)
東京大学総長

1988年 東京大学工学部船舶工学科卒業。
1993年 東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了(工学)。
専門は応用マイクロ流体システム、海中工学。東京大学生産技術研究所長、同理事・副学長等を経て、2021年より東京大学第31代総長(現職)。

松尾 豊(まつお・ゆたか)<br>東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻/附属人工物工学研究センター 教授/AIイノベーション研究センター長
松尾 豊(まつお・ゆたか)
東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻/附属人工物工学研究センター 教授/AIイノベーション研究センター長

1997年東京大学工学部電子情報工学科卒業。
2002年東京大学大学院博士課程修了(工学)。
専門は人工知能、深層学習。一般社団法人日本ディープラーニング協会理事長。