第二十四回: 主人が生きた証を、未来に残す寄付

2022年09月09日(金)

故人が残した財産を、母校への寄付というかたちで生かされる方が増えています。今回は東京大学の卒業生の旦那様と死別され、残された財産から旦那様の母校である東京大学にご寄付いただいた長岡美恵子様の想いをご紹介していきます。

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長岡 美惠子(ながおか・みえこ)様

1947年(昭和22年)10月4日生。東京都出身。
1968年 大学卒業
1969年 外資系石油株式会社入社
1982年 長岡日出雄様と結婚
1999年 外資系石油会社退社
2020年 日出雄様永眠

東京大学卒の、ひと回り以上年上の主人と
結婚したのは、私が35歳のときでした

大学を卒業した私は、外資系の石油会社に就職しました。そんな私と、主人である長岡日出雄が結婚したのは、彼が49歳、私が35歳のときです。私たちふたりの出会いのきっかけはお見合いです。主人は、東京大学の法学部を卒業して、運輸省(現・国土交通省)に勤務する国家公務員でした。入省後には自己都合で休職し、1年間パリ大学に留学。渡仏の際は、マルセイユまで船で行ったそうです。「勝手にそんなことをするから、僕は出世できないんだよ」と笑っていましたね。パリから帰国後は、公務に復帰して様々なポストを経験していたとのことです。
 

20220909130011.jpg ふたりとも遅い結婚でしたし、周りからは、「固い職場の彼と、やわらかい職場の君は、きっとすぐに別れる」なんて言われていました。でも、そうはいかないぞ!って、頑張って添い遂げたわけです(笑)。結婚後に主人は「君がやりたいことを自由にすれば良い」と言ってくれ、会社は辞めずに共働き夫婦となり、私は都合30年間、新卒で入った石油会社にお世話になりました。最終的には52歳で早期退職制度で退職しましたが、私にとって、とても働きやすい職場でした。
 

 一方、主人は運輸省を定年まで勤め上げて退職。そしてリタイヤ後には、「まだ学びたいことがある」と、東京大学の文学部フランス文学研究室(修士)に再入学します。生前、「卒業後の就職を考えなければ、本当は文学部に行きたかったんだよ」と言っていましたから、60歳を過ぎてその思いを実現したんですね。その当時、主人よりかなり年下の同級生となった方々も今では40代です。みなさん、大学の先生になったり、IT企業で働いていたりされていますが、主人が亡くなった今でも私と仲良くしてくださっていております。そうやって一所懸命に働き、人生を楽しみ、妻である私にたくさんの大切なものを残してくれた主人ですが、2020年、87歳でこの世を去りました。実は、まだ納骨できていないんですよ、淋しくなるから……。今も自宅で、一緒に過ごしています。


 

相続に関して税理士の先生に相談したところ、
寄付であれば節税対策にもなると提案されました

mieko hideo-1.jpg主人が亡くなってすぐに、相続の問題に向き合う必要が生じました。主人は生前、自分が遺すことになる財産について、「君の生活が一番だが、もし残るようなら、社会に役立ててほしい」と申しておりました。社会に役立てると言っても何をしたら良いのだろうと、相続でお世話になっていた税理士の先生に相談してみたところ、「寄付をするという方法があって、節税対策にもなります」というアドバイスをいただいたのです。とはいえ、どこに、どうやって寄付をすればいいのかすら、分からないわけです。そのときにあるアイデアを教えてくれたのが、私が早期退職後に事務職として働いていた会社の同僚でした。
 

その方自身も東京大学で学んだ方で、ご主人も東京大学の卒業生です。彼女は今から4年ほど前にご主人を亡くされていて、遺産の一部を東京大学基金 に寄付をしたとのこと。その話を聞いて、これだ!と思いました。私の主人も東京大学に育ててもらい、リタイヤ後も再び東京大学で学ばせてもらいました。そうやってお世話になった大学に恩返しができるなら、主人もきっと本望だろうと考えたのです。

寄付という遺産の使い方があるとわかったことは、私にとって幸いでした。

 

20220909125911.jpgもう一件、寄付を実施した先があります。国際協力機構(JICA)です。サンパウロ大学法学部教授で、東京大学でも客員教授として教鞭をとられていた二宮正人先生は、亡くなった主人がとても親しくしていた方なのですが、そのご縁で二宮先生が顧問等を務めていて、関係の深いJICAにも寄付させていただくことにしました。同時に、主人が自宅に残した膨大な量の蔵書の一部を有効に活用させて欲しいというお申し出をお受けし、二宮先生が奉職しているサンパウロ大学法学部国際法・比較法学科におかれているフジタ・ニノミヤ・チェアと、兼任している同大学文学部日本語学科の図書館に「長岡文庫」として受け入れられることになりました。二宮先生からは、サンパウロへ行って同文庫の贈呈式に出席してほしいとの依頼を受けていますが、もうかれこれ10年以上も飛行機に乗っていませんし、エスコートしてくれる主人もおりませんので、辞退させていただいております。


 

専任の担当者が、とてもわかりやすく丁寧に、
寄付の内容・種類などを説明してくれました

話を少し戻します。東京大学に寄付ができることを教えていただき、まずは東京大学基金あてにお手紙を書いて郵送しました。「亡くなった主人が東京大学の出身でした。ご寄付をしたいと考えておりますが、どのようにすればよいでしょうか」と。するとすぐに、東京大学基金のSさんという女性担当者から、電話連絡をいただきました。相続税を納めなければならない場合、その期限は相続の開始を知った日=主人が亡くなった日の翌日から10カ月以内とのこと。それまでに、寄付のことを含め、相続全体の計画を固めなければなりません。そのあたりの相続の基本や流れを含め、何度もSさんと連絡を取り合いながら、東京大学への寄付の方向性を相談していきました。
 

難しい内容のお話をわかりやすく、というのでしょうか、Sさんはとても丁寧に東京大学の寄付に関する詳細、進め方などを説明してくれました。相続以外のこともいろいろ相談してしまったりして、少し迷惑だったかしらとも思うのですが、ひとりの専任担当を決めて対応してもらったこと、本当に安心してお話を進めることができました。
 

寄付の内容や種類についても、Sさんは私の希望を詳しく聞いてくれ、わかりやすく提案してくれました。私がSさんにお話ししたのは、主人が法学部と文学部で学んだことから文系学部を支援できるものを、また、私には医師をしている親族が多くおり、昨今のコロナの問題もあるため医療関連のプロジェクトを支援できるものを、ということ。そのうえで、やはり主人がこの世を生き、この大学に育ててもらった証を残したいということもお伝えしました。金額や寄付の種類など、無理のない範囲で設計してまとめてくれたこと、本当に助かりましたし、満足いくものになったと感謝しています。本郷キャンパスの安田講堂には、主人と私の名前が刻まれた銘板が飾られています。きっと主人も天国で喜んでくれると思います。



 

世界の誰もが「ここで学びたい」と
憧れる大学になってくれると嬉しいです

東京大学に寄付をしてみて、良かったなと思えることは、主人が生きた証を残すことができたこと、日本を代表する大学の支援ができること、節税ができること、それ以外にもたくさんあります。主人と暮らしていた自宅が駒場キャンパスのほうに比較的近かったこともあって、駒場祭はよく見に行っていたんです。でも、本郷キャンパスは赤門の周辺を歩いたくらいで、あまり訪れる機会がありませんでした。寄付することを決めてから、何度か本郷キャンパスを訪問するようになって、広い敷地内を散策したり、内部のレストランでお食事をしたり、寄付した先には銘版がありますので、それを見に行ったり。主人が通った思い出深いキャンパスに、銘版という形で主人と私の名前が残されていることを、大変嬉しく感じております。講演会のご案内もいただくこともあり、余生の時間を過ごす新たな楽しみができました。

もうひとつは、寄付をしたことでいろんな方々と出会うことができ、楽しい交流の機会が生まれたことでしょうか。まず、東京大学基金の専任担当者のSさんと出会えたことがラッキーでした。さまざまな相談に乗ってくれましたし、寄付についても押し付けることなく、「生活は大丈夫ですか、ご無理のないようにしてくださいね」と逆に心配してくれます(笑)。これからもお世話になると思います。あと、JICAのほうも、ブラジル大使館で行われる催しに着物を着て出席してほしいとか、たまにお声かけいただき、参加させてもらったりしています。コロナ下ですから、それほど頻繁ではないですが、暇を持て余している私にとっては刺激的なイベントです。

_1010742.jpg私と主人の間に子供はおりません。また、財産を残すべき相続人もほぼいないため、遺産争いがないことは幸せなことだと思います。冒頭で申し上げたとおり、ふたりの財産は有意義に使われるような遺し方を、という主人の希望をできるだけ叶えるためにも、そろそろ遺言書を書いておいたほうがいいと銀行からも勧められています。東京大学基金の方々には、本当によい提案をいただき、気持ちのよい寄付をさせていただくことができました。今後も何か意義あると思えるものがありましたら、寄付をさせていただきたいと考えています。

東京大学は、主人が愛した大学です。できることなら、マサチューセッツ工科大学やハーバード大学などと肩を並べる地位を築いて、世界の誰もが「東京大学で学んでみたい」と憧れる大学になってくれたらいいですね。主人と私の小さな寄付が、少しでもその力になるのなら、これほど嬉しいことはありません。

 

取材・文:菊池 徳行(株式会ハイキックス)

 

長岡様からのメッセージ