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「もう一度、この化学者としての人生を」根岸英一博士講演会レポート

「もう一度、この化学者としての人生を」根岸英一博士講演会レポート

Img_1239_2 ・もう一度この人生を

講演後の質疑応答で指名された若者が恥ずかしそうに聞いた。

「もう一度人生をやり直せるならどうしますか?」

根岸博士は一瞬微笑んだ後でまるで若者を説得するかのような勢いで話し始めた。

「私の人生は幸せなものだった。失敗も多いがうまく行ったことだけを覚えている。こんな楽しいことは無い。発見が楽しい。発見に出会った私の研究室の学生は本当に体が震えていた。それでお金をもらえる。好きなことで飯が食える。やり直せるなら、もう一度この人生をやりたい。私には食糧問題、資源問題、環境問題を一挙に解決する研究アイデアがある。その研究をやりたい。ぜひとももう一度この人生をやりたい。」

当の若者は博士の勢いに戸惑っていたが、聴衆全体から自然に拍手が沸き起こった。横に座る紳士は会心の笑みを浮かべて手を叩いていた。博士の熱いメッセージは聴衆に届いた。(東大OBの石川(朋伯)氏は12月5日の朝日新聞「声」に「私はこの言葉に深く感銘した。」との思いを投稿されている。)
博士は「やり直したいなどと思う人生なら今すぐに私にくれ!」とその若者に、いやすべての日本人に迫ったのだ。エネルギーに溢れた講演を象徴する出来事だった。


Img_1129 ・根岸英一博士
12月10日(金)の授賞式を目前にした慌ただしいスケジュールを縫って、本年度ノーベル化学賞受賞者・根岸英一博士の講演会が11月29日(月)、東京大学安田講堂で開催された。まず、濱田(純一)総長の挨拶に引き続き北森(武彦)工学部長による博士の紹介が行われた。博士は1958年3月工学部応用化学科(現化学・生命系3学科)を卒業。祖父江寛教授の門下で繊維化学を研究後テイジンに入社された。1963年からフルブライト留学生としてペンシルバニア大学でブラウン博士の下で有機合成化学の博士号を取得。帰国後、テイジンを辞めて渡米。パデュー大学、シラキュース大学、パデュー大学と移った。今はパデュー大学で特別教授を務めておられる。有機合成化学研究に携わり、根岸クロスカップリング反応という化学史に残る業績で鈴木章教授、ヘック教授と共にノーベル化学賞を受賞される。

Img_1214_2 ・「10の7乗」理論

20 世紀100億人住んでいたとしてノーベル賞は700~800人が取っている。1000人とすると1千万人に1人がノーベル賞を取れることになる。確率は10の7乗分の1である。そのまま考えると宝くじと同じで、どうやっていいか判らなくなる。しかし、10人に1人のセレクションを7回通ると考えればたいしたことではない。学生諸君は少なくとも既に10の3乗分の1には達している。後は10の4乗分の1だ。頑張ればステップの向こうに必ずゴールが見えて来る。
博士がカリフォルニア大学の化学賞を取った時、直近受賞者30人の内で10人がノーベル賞を取っていた。その時には3分の1にいた。テイジンで100倍近い競争率のフルブライト奨学金に合格した時も一つのゲートをくぐったことになる。400人いるブラウン教授門下生となった時は既に千分の1まで来ていたのかもしれない。

・”Nothing comes to nothing.”(無からは何も生じない。)

1972年、シラキュース大時代、銅を触媒にしたボランのクロスカップリングに挑戦していた。その時、根岸博士は京大の玉尾(晧平)先生がニッケルを触媒にマグネシウムのクロスカップリングを試みた枠組みを参考に周期表のすぐ近くにあったアルミを使い成功した。”Nothing comes to nothing.” 人のやった研究を参考にしない手は無い。これをクロスファティリゼーション(異種交配)と言う。リニアチェイス(直線的応用)では2流以下の研究しかできない。

・”LEGO-GAME APPROACH”

有機物を作る時に収率が悪いと副産物がたくさんできて困る。“Yield(産 額)”“Efficiency(効率)”“Selectivity(選択性)”という”YES”3要素を揃えなければならない。有機合成は回り道となる反応が多い。子供のおもちゃでレゴがある。ポッチと穴がピッタリ組み合わさる。電気的にマイナスとプラスをつければ同じことが起こる。エレクトロポジティブとエレクトロネガティブなものが繋がれば強くなる。色々な化学合成がレゴ方式でできるはずだ。
触媒として働く金、銀、白金はコストが高い。しかしクロスカップリングの触媒としてそれらを使えば百万回、10の6乗回以上使える。コストが百万円でも1回分1円になる。身近では自動車に触媒として白金が使われており排気ガスをクリーンにしている。

・人生最大の決断

Img_1186 冒頭の質問には続きが有った。「人生での最大の決断は?」
根岸博士は考え込んだ。「高校、大学、優秀な先生、優秀な仲間、素晴らしい講義、ブラウン先生との師弟関係、自己研鑽。そうだ。強いて言えばフルブライト奨学金を受けてアメリカに行ったことだろう。あれは自然なプロセスではなかった。」
(1963年、アメリカに渡った博士はノーベル賞を取ったカール・ツィーグラ―教授の話を聞いた。アルミとチタンを合成してポリプロを作ったストーリーはドイツ語で少しも判らなかったが、漠然と把握した概念が頭から離れず、後の研究で生きて来た。根岸博士は今日集まった若者たちにとってのツィーグラ―教授になることを望んでいる。)

勇気を奮って質問した若者よ、君たちはこれから重要な決断を何度も経験するだろう。それは常に「人生最大の決断」に感じられることだろう。だが、その中に本当の「最大の決断」が隠れている。君たちにとってのフルブライト挑戦はいつなのだろうか。そして10の3乗から7乗への挑戦はどこで始まるのか。


文:廣瀬 聡(渉外本部シニアディレクター)

※肩書きはすべて講演会当時のものです。

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