2025年08月25日(月)

中村宏教授(写真右)
東京大学大学院情報理工学系研究科の教授であり、同研究科の研究科長。より高速かつ省エネルギーで動作するコンピュータを考案する研究を行っている。
佐藤一誠教授(写真左)
東京大学大学院情報理工学系研究科教授。機械学習に基づく知能の原理解明および新たな知の創発の研究を行っている。
関係する東大基金プロジェクト
コンピュータサイエンス教育支援基金
理学部情報科学科の学生が学ぶ理学部7号館の改修に向けて、「コンピュータサイエンス教育支援基金」が設置されました。設置責任者である中村先生とコンピュータ科学専攻長である佐藤先生に、学生ファンドレイジングサポーターのまきが、インタビューを行いました。
まき:まず、理学部7号館は先生方にとってどのような場所なのでしょうか?
佐藤先生:私の研究室はここにあり学生さんとよくディスカッションするようにしていますので、私にとっては学生さんや、専攻の他の教員とよく話をする場所です。一時期オンラインになりましたがやはり対面で話をする効果は大きいと感じていまして、理学部7号館は対話の場所という印象です。
中村先生:私は別学科の所属なので、理学部7号館には普段滞在してないのですが、私にとっては「場」ですね。先生と学生、外部の人が来る時には、その方たちとつながる場であるとともに、イノベーションが生まれる場でもあると思います。そして、先生方と学生さんがディスカッションしながらいろいろなアイデアを見つける場でもある。アイデアは、議論しないと生まれません。特に理学部7号館は社会を先導するコンピューティング技術が実際に生まれた場でもあります。
まき:学生や先生が話し合って、触発されて、アイデアを生む場ということですね。

まき:では次に、基金を立ち上げた背景についてうかがいたいと思います。
佐藤先生:築年数が40年近く経っておりまして、ご覧のとおりすごく古い建物になっています。例えば、サーバーのある部屋や研究室が雨漏りをしたり、虫の被害にあったり、水道から色のついたものがでてきたりしていまして、局所的には修繕の対応をしてきましたが、もうかなり限界という状況です。一方で世界を見ると、コンピュータサイエンスを研究する建物は非常に最先端な印象があります。
そして、先ほど理学部7号館は私にとっては対話する場所という話をしましたが、人と人がつながる場として分野を越えて対話が可能な場にするためには、研究室間に物理的に壁がないことが非常に重要です。現在は壁が多く個室が並んでいるのでオープンに交流ができる環境がありません。
さまざまな点で、最先端の研究拠点としては、明らかにもう限界がきていますし、通常の教育をする上ですら限界にきています。
まき:そうなのですね……。ホームページには、「老朽化が現代の研究ニーズに応えられていない状況を生んでいる」という話が書かれていたのですが、「ニーズ」というのは、教育の場としてのニーズということですか?
佐藤先生:教育と研究の両方ですね。壁があるので、研究室間の交流がどうしてもしづらい。オープンラボのような形にして、どの研究室も交流し合えるような仕組みが作れれば良いのですが、壁があるとなかなか難しいことです。新しいものを作るためには、人がまずつながって対話が自然と生まれることがとても重要です。
中村先生:たとえばスマートフォンの未来を考えるときに、将来も含めた幅広い利用シーンを想定しないといけないので、教員だけで話しても意味がない。オープンな場所でさまざまな人が議論に参加することが技術の進歩につながります。でも今はオープンスペースがなく、そのような議論をするのが難しく、技術や学問の進展の妨げになっています。他にも、老朽化は全学で同じ問題かもしれませんが、学生を含めて私たちが最先端の研究・教育をするには速いネットワークが必要で、今の設備では限界があります。インフラがないと最先端の研究や教育が進みません。
まき:それでは話を変えまして、先生方の研究についてお聞きしたいと思います。まず、中村先生はコンピューティングの研究をなさっていると伺ったのですが、どのような内容なのでしょうか?
中村先生:私は昔からとても速いコンピュータを作ることを研究しています。10年前には情報基盤センターのセンター長も務めました。最近は、コンピュータを省電力化することも大事です。消費電力の大きいスーパーコンピュータは、冷却するのが大変ですし、そもそも電源供給が厳しくなるなどの困難が生じます。ですから、電力効率の高いコンピュータを実現する研究もやっています。あとは信頼性です。セキュリティも含めて高品質なコンピュータシステムを実現する研究をやっています。
まき:ありがとうございます。佐藤先生はAIを支える機械学習がご専門だと伺ったのですが、こちらについても説明していただけますでしょうか。
佐藤先生:機械学習というのは経験的に得られた学習データからコンピュータが何らかの抽象的なパターンを学習する方法論を探求する分野です。人が学習する場合、まずは記憶することを想像すると思いますが、記憶するだけでは解いたことがない問題を解くことはできない可能性が高い。学習データを単に記憶するだけでなく、未知の問題にもその答えを自ら推論し対応できるように学習することが目標です。このような能力を汎化能力と呼びます。
これまでは「記憶」と「推論」や「予測」を同時に考えていました。つまり、高い汎化能力を得るような記憶の仕方を模索していたといえます。記憶から予測までをすべてまとめて一気に考える理論体系が模索されてきたわけです。
ただ、最近は「記憶」と「推論」を別々に分けて考えようという流れに変わってきているという印象があります。まずは、どれだけ効率的に大規模なデータを記憶するか、そのような仕組みを考えます。次に、大規模モデル、基盤モデルなどともいわれますが、そのようなモデルに記憶された情報を、どのように知識として取り出し推論に役立てるかを別の枠組みで考えます。
このような背景で、現在私の研究室では、主に大規模言語モデルの記憶の仕組みと推論の仕組みを分けて理論解析を行っています。ただ、大規模言語モデルを数理的に解析することは本当に難しいことが多く、その分やりがいもあります。
まき:先生方、すごく楽しそうにお話しなさっていらっしゃいますね!
中村先生:そりゃ、研究の話になったら楽しいですよ!

まき:先生方は東大出身だとうかがったのですが、学生時代の思い出はありますか?
中村先生:先輩、後輩を含め学生同士で議論することが多かったです。長期休暇は、他の研究室の人たちとも遊びに行きました。研究の話だけをするわけではないですが、お互い近くで分かり合える分野ですし縦のつながりもあって、今はこれが大事、これからはあれが大事、という話を夜な夜なしていました。
佐藤先生:修士課程と博士課程ですが、国際会議で発表することが本当に楽しかったです。研究を通じて国際的な場で海外の人たちと研究の話をするということを、学生時代に初めて経験し、研究の世界にのめり込みました。また、理学系研究科の物理学専攻の先生とその研究室の博士課程の方と共同研究する機会に恵まれ、異分野融合研究をすることができました。自分の発想を明らかに超えた研究テーマに取り組むことができたのは良い経験でした。ただ、機械学習コミュニティにはなかなか理解してもらえず非常に苦労したというのも良い思い出です。
中村先生:私は修士論文の内容で、博士1年で最初に海外の学会で発表しました。とても緊張感がありましたが、国際会議では初めて会う海外の先生方が温かく、しかし学生にも真摯に、何か面白いアイデアのヒントを求めて一生懸命聞いてくれるんですよ。そのような姿勢に初めて触れることができたのが、印象に残っています。ですので、皆さんできるだけ早めに海外に行ったほうがいいと思っています。
まき:個人的に今、将来博士課程に行くか悩んでいたので、すごく参考になりました。
中村先生:悩んでいるのだったら行ったほうがいいと思います。若い時に、自分のやりたいことで自分を磨き上げる機会をもつことは大切です。自分でテーマを決めて、ダメだったら自分の責任だ、という納得の上で自分を磨いていくという経験は、若いうちにやった方がいいと思います。
まき:ありがとうございます。インタビューなのに人生相談してしまって……。先生方は国際学会など海外に何度も行かれていると思いますが、国際的な視野に触れて、日本の情報科学の研究や教育に対する課題は感じますか?
佐藤先生:博士を取った後、情報理工の支援を受けて客員研究員としてハーバード大学に滞在したのですが、あの経験は衝撃でした。毎週のように一流の研究者が来て、ランチトークをして、そこから共同研究に発展するというのを目の当たりにしました。日本の場合海外の研究者が来ても年に数えるほどです。国際会議でも感じましたが、直接会って話すというのはとても大きな意味があります。メールでは返事が来ないことも多いですが、会って話していると、その後に訪問もしやすくなります。国際会議というのは、発表以上に「ツテを作る」のが一番大事だと思います。海外は、人が集まる環境が整っていますよね。日本は地理的にも不利だと感じました。
中村先生:私の分野では、学生も含めて国際会議への日本からの参加者が他国に比べて相対的に減っている印象です。日本全体でこの分野を学ぶ人の数が増えていないのかもしれません。研究は切磋琢磨しながら発展するので、学ぶ人を増やすということが、今一番大事だと思っています。
まき:ではお話のような学ぶ環境として、理学部7号館の改修が研究教育に与える効果というのは何かありますか?
佐藤先生:そうですね。海外の研究者が訪問する頻度が増える効果を期待しています。今の7号館は、海外の人を呼んで講演してもらおうと思っても、会場としては非常に使いづらい状況です。また、人が交流しやすい環境にはまったくないため、海外から研究者が来たとしても交流が生まれる場を物理的に作ることがほとんどできません。そのため1階に、「開かれた場」を作りたいと思っています。海外の研究者が来訪した際に話をしたり、産業界の方と交流できるような場所です。閉じた空間だと、どこで何やっているか全然わかりませんが、1階であれば、大学に来たタイミングで「あ、なにかイベントがある」と気づけます。学生が学会発表練習をして、それを他の学生が通りすがりに見るということもあるかもしれません。そのような空間を作る計画です。
まき:ありがとうございます。オープンフロア以外に設置したい設備や空間はありますか?
佐藤先生:今は教室で実験などを行っていますが、もっと気軽に「これを作ってみたい」と思ったらすぐ手を動かせる場所を提供できないか計画しています。理学部情報科学科ではCPU実験という世界的にも類を見ない実験科目があるのですが、その延長で学生が進んでモノづくりをしていく環境が必要だと思っています。
中村先生:どうしても今の教室というのは、黒板と机が並んでいる「座学主体」なんですよね。部品を持ち寄って、アイデアを出して、実際に手を動かして作ってみるという場ではない。そのような自由な実験ができる場所――ソフトとハードを組み合わせて試してみる空間が必要だと思っています。
まき:最後に、情報科学の未来について、東大での研究や教育のビジョンを教えてください。
中村先生:「情報」をみんなに学んでほしいです。今や情報を扱うことは電気やガスの使い方と同じレベルの基本的な素養だと思っています。情報理工学系研究科では、学部後期課程の学生を対象に、学部を越える横断型教育プログラムとして数理情報とセキュリティの教育プログラムを設けていますが、数理情報は全学で一番、情報セキュリティは次いで二番目に修了者が多い、という人気です。理系だけでなく、人文学・社会科学の分野でデータを扱う人たちが参加してきています。そのような学生の皆さんがちゃんと学べる場を提供していきたい。これは、全学的な研究レベルを引き上げるためにも重要だと思っています。情報を核に、東京大学の幅広い分野の教育と研究をさらに推進していきたいと思っています。
佐藤先生:コンピュータサイエンスの「考え方」は、教養として全員が身につけるべきものだと思っています。「計算論的思考」などとも言われています。多くの人が勘違いしているように思えるのは、コンピュータサイエンスというのは単にコンピュータの中だけの話ではないということです。情報化社会と言われていますが、このような仕組みがインフラとして現実的に動くようになるまでに様々な理論体系や仕組みが考え出されています。コンピュータサイエンスの「考え方」を学ぶことは、現実社会の問題を「現実的に」解決するのに役立つ可能性が多くあります。その意味で、大学に限らずもっと早い段階でコンピュータサイエンスの「考え方」が浸透するような教育のプロセスが必要ではないかと思います。
まき:最後に、この記事を読んでいる方々に伝えたいことはありますか。
中村先生:理学部7号館だけではなく、この情報科学分野を応援していただきたいです。情報科学分野の進展は速いのでちょっと止まるとすぐに最先端からは遅れてしまいます。遅れたものはなかなか取り返せないので、継続的なこの分野のサポートをぜひお願いします。
佐藤先生:本当に応援してくださいとしか言いようがありません。我々教員も精一杯頑張りますのでご支援のほどよろしくお願い致します。
まき:これで質問内容は以上になります、ありがとうございました。
