寺田 寅彦 教授

2025年09月16日(火)

世代と学問をつなぐ対話の場
― 寺田寅彦先生に聞く駒場リベラルアーツ基金の意義
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寺田寅彦 教授

大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化講座教授。フランス比較文学・比較文化を専門とし、テクスト分析や思想研究を行っている。(写真右)

この教員に関係する東大基金プロジェクト
駒場リベラルアーツ基金

はじめに

駒場リベラルアーツ基金は、駒場キャンパスにおける教育研究の発展および環境整備を目的として設置されました。今回はその設置責任者であり、現大学院総合文化研究科長・教養学部長の寺田先生に、学生ファンドレイジングサポーターのまきがインタビューしました。

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対話を生む場としての駒場キャンパス

まず、基金のサイトを拝見して疑問に思ったことから伺わせていただきます。東京大学の目指すリベアルアーツは、「様々な境界を横断して複数の領域や文化を往き来する思考や感性の運動そのもの」だと書かれていたのですが、具体的にはどのような内容なのでしょうか?

リベラルアーツといったときに、特に多様性や領域横断性を指摘する理由から、まず説明させていただきたいです。学問は発展の過程で、どうしても専門分野を深める方向に進みがちです。東京大学もこれまで専門的な学問の発展に大きな役割を果たしてきましたが、どうしても、縦割りに、学問が進化していくということが多くありました。そこで教養学部が重視しているリベラルアーツは、学問が深まるだけでなく、同時に横に広がって、お互いに対話をできるようになっていく、そういうことを目指すものです。分野ごとの意見や関心が行き来し、相互の対話が生まれることで、学問全体がより豊かに発展していくと考えています。

リベラルアーツについて疑問を持たれるのは、学問が深くなっていくということが、従来の学問のあり方として前提とされているからだと思います。それはとてもいいことですが、同時に各領域間で対話が生まれることも大切だということ、それがリベラルアーツだと思っていただければと思います。

そうなんですね!個人的な経験なのですが、1年生の時に受けた講義で、文系理系かかわらず様々な考えを書いても良いレポート課題が出たことがありました。それもリベラルアーツの一環なのですか?

前期課程教育は特に、自分の科類のことだけではなく、様々なことに関心をもってほしいという願いでリベラルアーツ教育を実施しています。ですので、分野に囚われずに意見を出してもらって、しかもできればその意見が往復できるように、まさに対話になっていくことができるように、その先生は配慮されたのだと私は思いました。

確かにそうかもしれません。リベラルアーツについて少し理解することができました。
では次に、寄付金の使途についてお聞きしたいと思います。使途として、学生支援、研究支援、環境改善という3つの軸が掲げられていたのですが、それぞれどのようなものなのか、もう少し詳しく伺いたいと思います。

学生支援を一言で言ってしまえば、経済的に支援することだと思います。学生はどうしても勉強が本分ですから、そこに時間をかけます。そうすると一般の社会人と違って、どうしても経済的に楽ではない時もあると思います。そのことによって自分自身の学びや研究が、安心してできなくなるようなこともあると思います。本当に困っている学生さんや、あるいはこの支援があればもっと安心して学びや研究が実現できるのに、と考えている人たちを支えてあげたいというのが、私の考えている学生支援です。

私は大学院生だった時に、帯状疱疹に罹ったことがありまして。その時に病院からお薬をもらうのですが、当時は治療薬が驚くほどに高かったんです。その時に思ったのは、学生は本当に大きな出費があった時に、セーフティーネットが脆弱だということです。そのような時に支えになれるような仕組みがあることは大切だと思うんですね。それが1つ、学生支援をやる意義なのではないかと思います。

次に研究支援です。学生も大変ですが、若い研究者が研究をやりはじめようとした時に、アイデアはあっても、それを実現するための支えは、必ずしも簡単には手に入れられないと思うんです。そういうものの一つの柱になれたらと思っています。リベラルアーツ教育ではないですが、研究という形で発展してくものを大学として支えることも必要な仕組みの1つだと思います。

最後に環境改善についてですが、正直な感想として、学部長や研究科長になるまでは、環境を維持し、改善していくことが、これほど難しいものだとは気づいていませんでした。単純に額が大きいんです。少しお金を出せば実現するものではないことを、それまで自分自身考えたことがなかったんですね。自分が1号館のように大きな建物を建てることはないから、個人の問題として捉えたことがなかったからだと思います。そして現在、学部長として、あるいは研究科長として責任を持って管理運営をしていく立場に立つと、安全で、そしてそこにいる人たちが安心して過ごすことができるために必要な経費は本当に大きいことを痛感するんです。そして、駒場リベラルアーツ基金が、それを支える1つの仕組みとして有意義なものだということも実感したんです。それが環境改善という3つ目の支援があることの重要性だと思っています。

先ほど先生がおっしゃった「対話」を支え、途切れさせないようにするための支援だということを強く感じました。それでは、1号館や図書館II期棟についても伺いたいのですが、それぞれ現在どのような状態なのでしょうか?

1号館はおかげさまで無事に工事が終わり、この4月から普通通り使える建物として、以前の姿を取り戻しています。
図書館II期棟は計画段階なのですが、今後きちんと議論が進んでいくと思います。今ある駒場図書館では場所が限られていますから、どうしても図書を収納するには限界があります。その限界が来てしまったとしても収納を止めるわけにはいきません。これからも私たちの学問を支える図書を整備する場所を作るために、図書館II期棟という計画があるのです。それから、教育改革として、教育を詰め込み型ではなく、能動的に学ぶものとする場を作るためには、ラーニングコモンズといわれるような、みんなが集まり議論できるような場所が期待されているんです。そのような場所を実現するためにも図書館II期棟の建設が待たれるところです。これから議論を進めながら、駒場リベラルアーツ基金の支えも得て、それが実現していくといいなと思っています。

ありがとうございます。基金のサイトで感じた疑問は全て解消できました。

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インタビュー中の風景

違いを理解する大切さとは

それでは話題を変えまして、先生の研究者として歩みについてお聞きしたいと思います。先生はフランス文化や文学を専門とされていると伺ったのですが、具体的にどういったことをご研究なさっているのですか?

特に19世紀から20世紀初期の、文学と美術を中心に勉強しています。私は一度社会に出たあと大学に戻りました。そして自分が好きなフランス文学を勉強しようと思った時に、文学を理解するには文化のことも、とりわけ文学と親和性が高い美術についてもっと深く勉強したいと思ったんです。まさにリベラルアーツではないですけれど、いくつかの領域を対話させたいというふうに思ったわけです。もちろん日本で勉強するのもいいですけど、私は現地で学びたいと思って、フランスにも留学しました。

先生がフランスに留学されたご経験について、そこで得られたことや、印象に残っている出来事をお聞かせいただけますか。

フランスに最初に留学した時は、学部生の時でした。当時は、ちょうど昭和から平成に変わる時期だったんですね。年号や天皇、政府など、何もかもが変わってしまっていて。留学をすると、まず自分自身が変わって、自分の成長を感じるということを誰もが感じると思います。しかし、私が戻ってきた時に思ったことは、自分自身も変わるけれど、自分が日本にいない間に、当然周りの人たちも変わるということです。お互いが変化していることを、お互いに尊重しないと、自分のことをわかってもらえないという思いだけを抱いたり、あるいはこんなものはつまらないものだと、コミュニケーションの拒絶をするように考えてしまったりすると思うんです。そのことを、社会の何もかもが変わってしまったのでより強く感じることができたと思います。

そのギャップを強く感じた瞬間はありますか?

はい、もちろんあります。学部生時代の短期留学よりも、その後フランスで15年間暮らしたときの方が強く実感しました。渡航した当時はまだインターネットが普及し始めた頃で、私はメールを使っていましたが、一般的ではありませんでした。ちょうど社会のコミュニケーション手段が大きく変化する時期に海外にいたわけです。そして日本に戻ってくると、インターネットやビデオ通話を通じてフランスの友人と自由に話せる便利さを感じましたが、一方で技術の受け止め方には国民性の違いがあることも気づきました。例えば、対面で会うことを重視する度合いは日本とフランスで異なっているんです。フランスの方が、ビデオ通話とかで話すよりも、会って話した方がいいと考えている度合いが高いと思います。親元を離れた学生が、毎週のように家に戻ることって多いんです。日本は夏とお正月にしか戻らないとか、1年に1回戻らない学生さんもたまにいらっしゃいますよね。その違いはとても興味深いものでした。そうした経験を通じて、文化の違いをお互いに尊重する大切さを強く感じるようになりました。

私が思うのは、いろんなレベルで違いがあって、例えば、その中には安全に関わるものもあるということです。少し危険に見えても実際には安全なのかどうか、情報を集めて自分で判断することが大切です。そして、自分では大丈夫と思っても、相手から見ると不安に感じられることもあります。よくある例が、日本では荷物を置いたままにする人が多いことです。テロのために、海外ではとても危険に見えるんです。私自身、日本に戻って周囲に平気で荷物が置かれているのを見て不安になったことがあります。ただ、それはどちらが正しいかではなく、歴史や社会的背景の違いから生まれる感覚です。大切なのは、その違いを認識し、理解し合うことだと思います。

様々な思いを実現するための駒場リベラルアーツ基金

それでは最後に、駒場リベラルアーツ基金への思いについてお聞きしたいと思います。まず、寄付拡充によって学生さんができるようになることは何がありますか?

具体的なことは、それぞれの人によって異なると思います。例えば、ボランティア活動をしたい学生さんがいたとします。ボランティア活動をしていると当然そこに時間がかかり、十分にアルバイトができないことがあると思います。でもこのボランティアにはある一定の時間をかけなくてはいけない、というときに、支援があると自分にとって安心材料になりますよね。具体的な内容は人によって異なって、そして、それぞれの思いが実現するための支え、それがリベラルアーツ基金の支援なんだと思います。

寄付してくださった方やこれから寄付しようと思っている方に伝えたいことはありますか?

支援をして下さる方は、おそらく学生さんとは世代が違う場合が多いと思います。世代が違えば考え方や行動も異なり、若い世代が必ずしも支援してくれる世代に目を向けるとは限りません。けれども、支援という仕組みがあることで2つの世代はつながります。学生は支援を受けることで成長し、その成果によって支援してくださった世代にとっても思いがけない形で喜びや意義が生まれることがあります。つまり、これは世代と世代を結び付ける大切な仕組みなのです。ぜひこの仕組みを活用していただき、若い世代を支援することで想像以上の結果が生まれることを実感していただきたいと思います。

ありがとうございます、これで質問は以上になります。

改修が完了した駒場1号館の前で

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「駒場リベラルアーツ基金」
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