2026年07月16日(木)

山内 薫 特任教授
東京大学アト秒レーザー科学研究機構 機構長・特任教授、東京大学名誉教授。
1957年東京都生まれ。1981年東京大学理学部化学科卒業。同大学大学院にて修士号を取得したのち、1986年に論文博士。1985年より同大学で助手、助教授を経て1997年に教授、2022年11月機構長に就任、2023年より現職。強いレーザー場のもとで原子・分子が示す現象を解き明かす「強光子場分子科学*」を世界に先駆けて開拓した第一人者で、強光子場中の炭化水素分子内で水素原子が高速移動する「水素マイグレーション」の発見などで知られる。2002年には国際会議ISUILS(International Symposium on Ultrashort Intense Laser Science)を創設した。日本化学会賞(2015年)、紫綬褒章(2020年)。
*アト秒レーザー:アト秒の時間幅をもつ光のパルス。アト秒パルスを用いれば電子の動きを直接観測・制御できる。
*強光子場(きょうこうしば):高強度の超短レーザーパルスを集光することによって実現できる極めて強い光の場。アト秒パルスを発生させるためにも用いられる。
この教員に関係する東京大学基金プロジェクト
アト秒フロンティア基金
2023年10月3日、スペインの海辺の町シーチェスに、世界中から研究者たちが集まっていた。山内氏が主催する国際会議である。山内氏が2002年に立ち上げ、長く率いてきた強レーザー場科学分野の、世界有数の研究集会だ。
その日、壇上では協賛企業の研究者が研究開発成果を披露していた。突然会場でざわめきが広がり、やがて発表そっちのけで歓声が上がった。
その年のノーベル物理学賞が、自分たちの分野「アト秒科学」に贈られた——。受賞したのは、ピエール・アゴスティニ、フェレンツ・クラウス、アンヌ・リュイリエの3氏。国際会議の会場に各国から集まった科学者が我が事のようにノーベル賞受賞を祝った瞬間だった。
山内氏は30年も前からこの先端研究分野を切り拓いてきた。そして今、山内氏はそのアト秒の光を、一部の研究者だけでなく、誰もが使えるようにするため、ユーザー施設を設立するという、人生の集大成と呼ぶべき挑戦の真っただ中にいる。だが、夢の実現には、まだいくつも乗り越えなければならない困難がある。
――アト秒の科学は、ひとことで言うと、どんなものなのでしょうか。
「電子が動く、その瞬間を見る」研究、と言えばいいでしょうか。
物が燃える、色が変わる、薬が効く。私たちの身の回りで起きることの大元を辿ると、必ず「電子」という、とてつもなく小さな粒子の動きに辿り着きます。何かが起きるとき、最初の動くのはいつも電子です。
ところがこの電子、あまりに速く動くので、これまで誰一人、その動きがどれだけ速いかを見ることができなかったのです。物事の「変化の結末」は分かっても、「変化の最中」に何が起きているかは、長いあいだ、誰も知ることが出来なかったのです。
――どれくらい速いのか、私たちの感覚では見当もつきません。
では、身近なところから。陸上の100メートル走で、1位と2位を分けるのは100分の1秒ほど。人間の目が見分けられるのは、せいぜい50分の1秒が限界です。これより速いものは、目ではもう区別できません。
「いかにして、短い時間で起こる現象を捉えるか」は、この半世紀の間の科学にとって大きなテーマであり続けました。例えば、化学反応が起こる際に、化学結合が切断されたり、新たな化学結合が生成されたりしますが、その時間スケールは、100 フェムト秒位です。
1フェムト秒は、1000兆分の1秒(10のマイナス15乗秒)ですので、100フェムト秒は10兆分の1秒になります。分子の振動や化学結合の切断の時間スケールが100フェムト程度であることを、フェムト秒レーザーを使って示した業績で、アハメッド・ズウェイルが1999年にノーベル化学賞を受賞しました。
電子の動きは、さらにずっと短い、「100京分の1秒」(10のマイナス18乗秒)の本当に一瞬の世界です。光ですら、その一瞬には原子1個分程度しか進めません。(※京とは、兆の1万倍。)この途方もなく短い「10のマイナス18乗秒」の時間を「アト秒」と呼びます。
そして、およそ100アト秒程度の時間幅をもつ光を、人類はついに手にし、アト秒の時間領域で起こる現象を観測し始めたのです。

――その光は、どのように生まれたのですか。
面白いことに、狙って作られたものではないのです。
20世紀の終わり、世界中の研究者は、強い光と物質との相互作用を明らかにするために、「強いレーザー光をつくる」ための技術開発にしのぎを削っていました。そのような中、強いレーザー光をガス中に集光すると、思いがけず、波長の短い軟X線の光が発生することが分かりました。もとのレーザー光の波長は、可視光や可視光よりも少し赤外側の波長でしたので、もとの波長より波長が10分の1以下という短い波長の光である軟X線の光が生成したのです。
この強いレーザー光を作るというところにも、革新的なアイデアが導入されました。ジェラール・ムルとドナ・ストリックランドらは、1985年、チャープパルス増幅と呼ばれる手法によって、短パルスレーザーの光の強度を格段に大きくすることに成功し、その業績によって、2018年にノーベル物理学賞を受賞しました。
さて、どのような仕掛けで、軟X線が発生するかについては、多くの研究者を悩ませた謎でしたが、「強い光のなかで光電場によって原子から遠ざけられてしまった電子が、再度、光電場の振動にともなって、電子の一つ足りない原子に向かって逆向き加速されて衝突し、その衝突の瞬間に軟X線が発生していること」が突き止められました。衝突の瞬間は100アト秒程度となります。つまり発生していた軟X線は、「アト秒の光(パルス)」だったのです。
まさに、セレンディピティ※でした。そして、このアト秒パルスの発生とその計測に対して、2023年のノーベル物理学賞が3名の研究者に与えられました。 ノーベル賞選考委員会は「アト秒の光を発生できることは示された。この次は、このアト秒の光でどんな科学を切り拓くのかがテーマとなる」としています。この「次」を担うのが、私たちのこれからの仕事です。
※セレンディピティ・・・予想外のものを偶然に発見すること

ISUILS2023での集合写真
――アト秒科学の研究が進むと、暮らしはどう変わるのでしょうか。
正直に申し上げますと、基礎研究の成果は、「明日すぐ役立ちます」とお約束できるものではありません。しかし、歴史を振り返れば、誰かが好奇心だけで突き詰めた研究活動の先に、当人も予想しなかった果実が実ることがありますし、応用分野が大きく広がることもあります。それは基礎研究の面白さの一つですね。
実は、「フェムト秒レーザー」を用いたレーザー加工は、すでにものづくりの現場で役立てられています。「アト秒レーザー」を用いれば、物質の中の電子の動きをアト秒の精度で制御できますので、超高速応答が可能なデバイスを開発することも可能となると期待されています。また、波長が2~4ナノメートルの波長領域の「アト秒レーザー」を用いれば、水が透明となる波長領域であるため、細胞の中の小さな構造物であるオルガネラを、細胞が生きた状態のまま顕微イメージングできますので、生命科学、ひいては、医療にも役立てられるものと期待されます。

水の窓領域の細胞イメージング(東京大学物性研究所 木村隆志 准教授ご提供)
――その光を、誰もが使える施設を作ろうとされているのですね。
アト秒レーザーを発生させることは、道具立てさえあれば可能です。しかし、そのためには、十分な強度を持つフェムト秒レーザー光源を導入し、そのフェムト秒のパルスを真空中で集光して検出系まで導くシステムを設計し導入しなければなりません。そのためには十分な研究資金と光源開発の技術が必要となります。アト秒レーザーを使った新たな基礎・応用研究のアイデアを持っている研究者がいたとしても、すぐには研究を進めることができないのです。
そこで、私たちは、「良いアイデアを持っていれば、いつでも、誰でも最先端のアト秒レーザー光を使うことができるユーザーのための施設」を作ろうとしています。それが、アト秒レーザー科学研究施設、ALFA(アルファ)です。施設の英語名「Attosecond Laser Facility」の頭文字をとってALFAと呼んでいます。
――東京大学柏IIキャンパスでALFAの設立に取りかかれるようになるまで、長い道のりだったそうですね。
2007年からALFA構想実現のための活動を始めていますから、もう20年近くになります。
この間、十分な予算がつかないまま月日が経過してしまいましたが、それでも努力し続け、文部科学省への概算要求の結果、少しづつではありますが、組織整備のための資金の一部や設備費の一部を確保して参りました。また、アト秒フロンティア基金を通じてご寄付をいただき、大変ありがたいことと感謝しております。昨年3月には、「柏ⅡキャンパスにALFAの建設することを想定して、文部科学省に施設建設のための概算予算要求をすること」について東京大学内で了解が取れました。
私たちは、このタイミングを逃さず、組織、装置、建設のための予算確保に全力で取り組んでいるところです。目指すは2030年度のALFAの稼働です。

アト秒レーザー科学研究施設(ALFA:Attosecond Laser Facility)予想図
――世界の中で、アト秒科学における日本の立ち位置はどうなのでしょうか。
世界には、先端レーザー科学の研究拠点をつなぐネットワークがあります。そのうちの一つにX-lites があります。これは、北米の5拠点と欧州の5拠点から構成されるネットワークでしたが、昨年(2025年)11月に、私どもの東京大学アト秒レーザー科学研究機構(Institute for ALFA: I-ALFA)が「11番目の拠点」として加盟することになりました。アト秒科学研究の一角を担う研究拠点として、I-ALFAが拠点の世界地図に書き込まれたのです。当然のことですが、学術には国境はありません。ALFAが東京大学の柏Ⅱキャンパスに完成したら、そこは、開かれた研究拠点として世界中の人々が集う場所となります。
今、隣国の中国では、国を挙げてアト秒レーザー科学への投資が成されています。数年後には中国の2都市にアト秒レーザー科学の大規模施設が完成すると聞いています。日本におけるアト秒レーザー科学研究拠点の建設は、国際的にも一日も早い実現が待たれるところです。

X-lites ネットワーク(出典:About the X-lites Network | Institute for Optical Science)
――ALFAはどんな施設になるのでしょうか。
ALFAは、国内外の研究者が来て、実験をして、そして、自分の所属組織に帰っていくというだけの研究施設ではありません。ユーザーが実験を行うユーザーエリアや研究開発エリアの他に、食堂、大講義室、展示スペース、地域の方々との交流スペース、科学と芸術が共存するスペースを配置します。地元を始め国内の小中高生が研究者と交流し、「科学って面白いな」と目を輝かせてくれたら、これ以上のことはありません。
実は既に、仮想現実(Virtual Reality:VR)空間にはALFAをまるごと建ててあります。VRゴーグルをかければ、建物に入って施設内を360度見渡せるだけでなく、実験装置をインタラクティブに操作することができます。
今年6月に開催された「東大駒場リサーチキャンパス公開2026」では、アト秒フロンティア基金のご支援により、駒場Ⅱキャンパス先端科学技術研究センター4号館にある「ALFAプロトタイプ施設」を初公開いたしました。2日間で小中高生からシニアまで約450名の来場があり、現実の実験装置を紹介するだけでなく、このVR空間のALFAに同じ実験装置を設置しましたところ、100名を超える方々がVR体験に挑戦し、楽しんでくれました。
今、少しずつではありますが、確実に、現実のALFAの実現が近づいているところです。

東大駒場リサーチキャンパス公開2026にて ©️Photo by Kenji Kobayashi
――そもそも先生は、なぜ科学の道へ進まれたのですか。
特別なきっかけを、と言われてもなかなか明確にはお答えできないのですが、小さい頃から「これは、どうなっているのだろう」といろいろな事に興味をもっていました。いろいろいじったり、観察したり、そして、何か理屈が分かったり、共通性を見出したり、特別な現象を見出したりすると、ただ、嬉しい。そのような性格というか性質が、そのまま今日まで続いているだけのようです。
研究では、面白いことが起きる兆しを見逃さないということは大切なことです。実験中に予想外の現象を観測することがありますが、その時、立ち止まって「これは何だろう」と追及してみると、それが次の発見につながるということが意外にもしばしば起こります。また、研究のバックグラウンドが異なる人と交流することによって、新しいものの見方を学ぶことができることもしばしば経験してきたことです。
1995年頃、今から30年も前のことになりますが、強い光の場での分子の振る舞いについて考えが及んだ時、目の前に、未開拓のとても魅力的な分野が横たわっていることに気が付きました。そして、思い切って「強光子場科学」の研究に注力し始めました。2002年には、同じ志をもつ国内外の研究者の方々とともに、世界の研究者が分野を越えて集う国際会議ISUILSも立ち上げることになりました。アト秒科学は、ISUILSでの主要なテーマであり続けてきました。私は、これまで国境を越えた研究交流を通じて、世界中の研究者とともに研究の醍醐味を共有してきましたので、ALFAを「みんなが集う場」にしたいという私の願いも理解していただけるのではないかと思います。
――2030年の稼働を目指すとなると、いまが正念場ですね。
まさに、勝負どころです。
ALFAの建物の設計だけでも、1億円程かかります、また、建設費は建築資材高騰の影響もあり、150億円程かかるのではないかと予想しています。さらに、装置、人件費、運用費、メンテナンス費などを加えると更に膨らんでしまいます。これからも国からの支援をいただく努力は全力で続けて参ります。それに加え、ご支援をして下さるスポンサーの方々が増えるように、これからもALFAの大切さをより多くの皆様に説明して参ります。
――最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。
アト秒フロンティア基金を通じていただきましたご支援は、我が国の学術の発展と次世代を担う人材育成に資するALFAを実現するために大切に使わせていただきます。
これまでご寄付を下さった方々からいただいた励ましの言葉に、どれほど励まされたか分かりません。ご寄付を下さいました方々に深く感謝いたしますとともに、そのお名前とご支援の思いをALFAに刻んで、未来へ残させていただきます。私どもは、アト秒レーザーパルスという、100京分の1秒の光で、次の世代の、大きな未来を照らして参ります。その一歩に、お力を貸していただければ幸甚です。
(文=二瓶仁志)