上野 雄己 特任准教授
「正解のない問い」に向き合う力を、子どもたちに。
探究学習で育む、これからの教育を全国の学校へ

2026年10月13日(火)

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上野 雄己 特任准教授

東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター特任准教授。1990年栃木県生まれ。日本学術振興会特別研究員(DC1・PD)、東京大学大学院総合文化研究科附属進化認知科学研究センター特任研究員を経て、2020年より現所属。専門は教育心理学、スポーツ心理学、パーソナリティ心理学、健康心理学。レジリエンスの構造と機能、発達を研究するとともに、学校における探究的な学びとその効果検証に取り組む。日本スポーツ心理学会最優秀論文賞、日本心理学会学術大会特別優秀発表賞など受賞多数。共編著に「レジリエンスの心理学──社会をよりよく生きるために──」、分担執筆に「探究的な学びとその効果──東大附属中等教育学校における実践と検証──」などがある。

はじめに

2022年度から高校で必履修となった「総合的な探究の時間」。自ら問いを立て、調べ、考えを深めていく学びが重視される一方、学校現場では「何をどう教えればよいのか」「どのように成果を捉えればよいのか」といった課題もあります。

東京大学大学院教育学研究科附属 学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)では、学校現場と連携しながら、探究学習をはじめとする教育実践を支援するとともに、その効果を研究・検証しています。

こうした実践と研究の循環をさらに広げていくために設立されたのが、「知性と感性をひらく学びの未来基金」です。

今回は、CASEERの上野雄己特任准教授に、探究学習で本当に大切なこと、学校現場が抱える課題、そして基金を通して実現したい学びの未来について、学生ファンドレイジングサポーターのゆめがインタビューしました。

これまでのキャリア、研究内容について教えてください。

私は硬式テニス、バドミントン、軟式野球、陸上競技などいろんなスポーツをやってきた経験があり、何かスポーツに関わる仕事がしたい、例えばスポーツトレーナーになりたいと思っていました。 ですが、大学時代に先生から将来の進路についてアドバイスをいただいたことをきっかけに、「自分は本当は何をしたいんだろう」と改めて考えるようになりました。 自分は本を読んだりして知識を身につけることも好きだけど、それよりも新しいものが作りたい、みんなが知らない何かを作りたいなと思いました。そんな中、大学のゼミで「スポーツ心理学」という分野に出会い、研究者の道をスタートさせました。
現在は東京大学大学院教育学研究科附属の学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)に所属しています。

大学3年のときから現在まで一貫して研究テーマとしているのが、「レジリエンス」です。
レジリエンスは「心の回復力」「精神的な回復力」などとも表現されます。

生きているとさまざまな「困難な状況」に直面することがあると思います。例えば、スポーツ選手が怪我をしたとき、学生が勉強や進路などで困難に直面したとき、はたまた失恋したときなど。こうした状況に置かれたときに、その人がもつ力や周囲の支えなどを活用しながら、どのように乗り越えていくのか。そうした過程に関わるのがレジリエンスです。レジリエンスは変化が激しい今の時代において重要なものだと考えています。

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レジリエンスがあれば、つらく大変なことも乗り越えられる、タフな精神が身につきそうですね。レジリエンスを高めるにはどうすればいいでしょうか?

レジリエンスって高めた方がよい、高めなければいけないと思いがちなんですが、必ずしもそうではありません。誰にでも、自分なりの困難との向き合い方があります。
でもこのレジリエンスは人によって違いますし、同じ人であっても、置かれた状況や直面する困難によって、その働き方は変わります。ある状況では役に立つ特徴や行動が、別の状況ではうまく機能しなかったり、場合によってはかえって適応を妨げたりすることもあります。だからこそ、単純にレジリエンスを「高める」というよりも、自分にはどのような特徴や強みがあり、それがどのような状況で役立つのかを理解することが大切だと考えています。

私の研究はアスリートを対象に、どのようなレジリエンスが、どのような状況で機能し、どのような効果につながるのか、そしてどのように困難を乗り越えていくのかについて研究したのがもともとの始まりです。

例えば私であれば、日常生活では意外と楽観的で、なんくるないさ(なんとかなるさ)という気持ちをベースに持っています。あとは人の助けを結構求めやすいタイプで、うまく人を巻き込んで、教えてもらいながら問題を解決していきます。

何でも一人で耐えられることだけがレジリエンスなのではなく、周囲の人に助けを求めたり、そのときの状況に合った方法を選んだりしながら、自分なりに困難と向き合っていくことも、レジリエンスの一つだと考えています。
ときには、その場からいったん離れたり、遠回りをしたりすることが、必要になる場合もあります。一見するとネガティブに見える行動であっても、置かれた状況によっては結果的にプラスに働くこともあります。
ある行動を一律に「良い」「悪い」と決めつけるのではなく、その状況の中でどのように働いているのかを見ることが大切だと思います。

実は、私は小さい頃から、すごくプレッシャーに弱くて、お腹が痛くなってしまうことがよくありました。受験のときや大きな大会のときなど、ここぞという場面でうまく実力を出せなかった経験もあります。ですが、自分のレジリエンスを理解してからは、緊張する場面でも自分なりに対応できることが増えたと感じています。

まず大切なのは、自分自身のレジリエンスに気づくことです。自分はどんなときに、どんなふうに困難と向き合っているのか。そうした自分への理解を深めることが、レジリエンスを考えるうえでとても重要だと思います。

現在所属されているCASEERはどのようなことをしているのですか?

学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)では、その名前の通り、学校教育のさらなる発展を促進するための研究・実践活動と、その教育効果の検証を行っています。東京大学教育学部附属中等教育学校をはじめとする学校現場とも連携して研究を行っています。

具体的には
「児童・生徒向けの探究学習の無償支援」
「学校の先生向けの授業、カリキュラム支援や教育の実態調査」
「個人研究型探究の教員研修プロジェクト」
「中学校・高校における探究学習の実態調査や効果検証」

などを行っています。

特に最近力を入れているのが個人研究型探究の教員研修プロジェクトです。
2022年度から「総合的な探究の時間」が高校で必履修になりましたが、探究学習って国語や数学などの従来の教科とは指導スタイルが大きく異なる部分があるので、どのように指導すればよいか悩まれる先生も少なくありません。そこで、先生方を対象とした研修を行っています。

「総合的な探究の時間」ですか。恥ずかしながら知りませんでした。2022年度から始まったとのことなので、私も経験がありません。具体的には、どのようなことをするのでしょうか?

探究学習は、生徒自ら「これって何だろう?」という問いを立て、それについて調べ、分析し、自分なりにまとめていく学びです。 学校の勉強では、知識を身につけ、正解を導き出すことももちろん大切です。一方、探究学習では、必ずしも最初から正解が用意されているわけではありません。自分なりの問いと向き合い、調べたり考えたりしながら、自分なりの答えを探していく。そうした学びを経験する時間です。

「調べ学習」と少し似ている気がしますが、何が違うのでしょうか?

調べ学習と探究学習はまったく別のものではありません。むしろ、調べることは探究学習の大前提です。
ただ、例えばインターネットで検索して、見つけた情報をまとめて終わり、というだけでは探究とは少し違います。
大切なのは、調べたことをきっかけに、さらに問いを深めていくことです。「調べてみたけれど、ここはまだ分からない」「もっとこういうことを知りたい」と新しい疑問が出てきたら、書籍や論文をさらに調べたり、アンケートを取ったり、専門家にインタビューしたりする。その結果を整理したり分析したりする中で、また新しい問いが生まれることもあります。
このように、問いを立て、調べ、考え、そこからまた次の問いへとつなげていく。このプロセス自体が探究学習ではとても大切です。

探究学習にはどんな意義があるのでしょうか?

変化の激しい今の時代では、自ら問いを立て、正解のない問いに向き合い、自分なりに考えていく力がますます重要になっていると思います。
近年はAIが急速に発達していますが、私は、「問いを立てる」という出発点は人にしかできないと考えています。AIを壁打ちの相手として使いながら、問いを洗練していくことはできます。でも、「自分は何を知りたいのか」「なぜこれが気になるのか」という最初の問いを生み出すところには、やはり人自身の関心や問題意識が必要です。
探究学習も、そうした自分の関心や疑問に向き合う機会の一つだと思います。自分は何に関心があり、何を大切にしているのかを知ることにもつながります。自分への理解を深めながら、自らの問いを立て、考えていく経験ができることに、探究学習の意義があるのではないでしょうか。

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上野先生の研究テーマである「レジリエンス」と「探究学習」にはどのような関連があるとお考えですか?

探究学習は、葛藤や試行錯誤の連続だと思います。例えば、最初に問いを立てる段階でそもそも問いがうまく定まらなかったり、先行研究が見つからなかったり、予想していたストーリー通りに進まなかったり、進めていく中で「こういう問いを立てた方がよかったな」と気づいたり…戸惑ったり、悩んだりする場面も結構起こると思うんです。

こういった探究学習の中でうまくいかなくて落ち込んだ場面でレジリエンスは機能すると思います。ただ、ここでも「本人が強ければ乗り越えられる」ということではありません。先生や仲間に相談したり、一度問いを見直したり、別の方法を試したりと、その人や状況にあった方法で困難に向き合っていくことも、レジリエンスの一つだと捉えています。
また、探究学習の中で何か壁を乗り越えたときに、「自分はこういう場面では、こうやって乗り越えていけるんだ」と、これまで気づいていなかった自分自身のレジリエンスに気づけることもあると思います。

そう考えると、探究学習とレジリエンスには、一つの決まった正解があるわけではないという共通点があります。探究では問いや進め方を試行錯誤しながら自分なりの答えを探していきますし、レジリエンスも、その人や置かれた状況によって、困難との向き合い方や乗り越え方は異なります。

探究学習においてレジリエンスがどのように機能するのか、また、探究学習でのさまざまな経験を通して、その人なりの困難への向き合い方がどのように形づくられていくのか、という2つの視点について今後研究してみるのは面白そうだなと思っています。

探究学習のための教員研修プロジェクトに力を入れているとのことでしたが、まだ高校で必修化されてから数年ですし、課題も多そうですね。学校現場では何が課題なのでしょうか?

探究学習の特徴の一つは、「一つの正解があらかじめ決まっているわけではない」ことだと思います。
ところが、学校の先生方は普段の教科で知識や解法を教えることも重要な役割なので、どうしても答えを示したくなったり、「こういうテーマにしたら」「こういう方法で調べたら」とゴールまで導きたくなったりすることがあります。

しかも、学校の先生方はとても忙しいんです。普段の授業やその準備、生徒への対応など、探究学習以外にも多くの仕事を抱えています。そうした中で、一人ひとりの問いにじっくり向き合い、対話しながら伴走するというのは、簡単なことではありません。

また、高校の探究に大学レベルの完成された研究を求める必要はありません。むしろ、うまくいかなかったり、「もっとこうすればよかった」と気づいたりすることにも意味があります。先生は答えを教えるだけではなく、生徒が考えたり、問いを深めるために必要な支援をしながら、探究の過程に伴走していくことが求められます。

もう一つ大きいのは、学校全体で探究に対する考え方を共有することです。熱心な先生が一人だけ頑張っても、その先生に負担が集中してしまいます。学校によって生徒の人数や環境、先生方の探究学習へのモチベーションや経験、考え方も違うので、それぞれの学校で「探究を通して何を学んでほしいのか」を組織として考えていく必要があります。

だからこそ、教員研修では、問いの立て方や研究方法といった指導スキルだけでなく、そもそも探究にはどんな意味があるのか、先生は生徒とどう関わるのか、そして学校全体でどう支えていくのかというところから一緒に考えることを大切にしています。

教員研修プロジェクトはどのような内容なのでしょうか?

まず、探究の位置づけやカリキュラム全体とのつながりを整理するところ、つまり探究の意義を学ぶことから始めます。
そして生徒が自ら問いを立てるための支援、文献の活用や研究方法の指導といった実践的なスキルを段階的に扱っています。

毎月1回のオンライン研修会が中心ですが、講義と参加された先生方同士の対話を組み合わせ、実践につながるように工夫しています。

研修を通してどんな成果が得られていますか?

事後調査では、生徒の探究学習の支援について理解が深まったという声が多く聞かれたほか、自らの指導を振り返り、改善するきっかけになった、ほかの先生の視点に触れることでモチベーションが高まったという声もありました。
また、研修が学校内での探究検討委員会の設立につながった、学校のメンバーで探究について振り返る機会になったなど、学校組織で探究を考える動きにもつながっています。研修の参加者も昨年度は全国9校、69名の先生でしたが、今年度は26校約130名にまで拡大しています。

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「知性と感性をひらく学びの未来基金」を設置した理由はなんでしょうか?また、本基金に寄付することにはどのような意義があるのでしょうか?

CASEERでは教員研修プロジェクトのほかにも、探究学習に取り組む生徒への支援や、学校ごとの課題に応じた支援などを行っています。一部は有償ですが、できる限り学校側の負担を抑えながら取り組んでいます。
例えば、探究学習に取り組む生徒への支援として、テーマに応じて大学の先生へのインタビューの機会を無償で設けることもあります。中高生のうちから最先端の研究に触れ、研究者と直接対話できるというのは、すごく貴重な学びの機会ですよね。

さらにCASEERでは、2026年度から新たにアート・創造性教育ユニットを立ち上げ、アートワークショップなど芸術教育・芸術実践にも力を入れていこうとしています。
一方で、こうした活動を継続し、より多くの学校や子どもたちへ広げていくためには、安定した資金が必要です。現在、外部資金を活用して実施している教員研修もありますが、その支援には期限があります。学校現場で生まれた実践を研究によって検証し、その知見を次の教育実践へとつないでいく。この循環を継続していくために、基金を設置しました。

教育への支援は、目の前の子どもたちだけでなく、その子どもたちが将来つくっていく社会にもつながっていきます。皆さまからのご寄付で、教育実践と研究の循環を支え、そこで得られた知見を広く学校現場や社会へ還元していく。そうすることで、皆さまと一緒にこれからの教育、そしてその先の社会を育てていきたいと考えています。次世代への投資として、この取り組みを支えていただけたら嬉しいです。