高橋 嘉夫 教授

2019年05月23日(木)

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高橋 嘉夫 教授

大学院理学系研究科  地球惑星科学専攻
専門分野:分子地球化学

この教員に関連する東京大学基金プロジェクト:

―高橋先生が専門とされている研究分野「分子地球化学」について、わかりやすく教えていただけますでしょうか。

 確かに、一般の方にとっては聞きなれない学問分野かもしれませんね。私たちが暮らす地球は、今から46億年前に誕生したと考えられていますが、地球自体を含む地球上に存在するあらゆるものは、すべて元素の組み合わせからできています。つまり、地球上で過去に起こった現象、これから起こるであろう現象を知るためには、元素の状態を観察することがとても重要であるということです。 
 「分子地球化学」は、地球という大きな存在を、原子・分子のレベルから解明していこうという学問であり、地球の成り立ちや組成の基礎的研究、そして物質の循環、自然災害・環境問題など、応用的な問題解決までを含みます。我々が対象にしているこうした物理化学的法則は、宇宙でも地球でも過去でも未来でも成り立つはずです。ゆえに、地球の過去、現在、未来の正しい理解や予測を可能にし、その知識を生かしながら「夢のある科学」と「役に立つ科学」の両方を追求できる、21世紀に最も必要とされている学問であるといえるでしょう。 

分子地球科学(▼ クリックで拡大)

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 例えば、東日本大震災時の福島第一原子力発電所事故における土壌汚染に関する研究があります。原発事故で大気中に放出されてしまった放射性セシウムとヨウ素は、本来はとても水に溶けやすい元素です。そのため、土壌に降り注いだこれらの元素は、雨が降れば地中深くまで浸透する可能性があります。しかし、現地で実際にサンプリングをすると、長い年月が経ってもセシウムとヨウ素は地表からほぼ5 cm以内に約90%が残留しているのです。 
 その原因はこうです。セシウムは、福島の土壌表層に含まれる粘土鉱物と直接結合することで固定され、ヨウ素は、土壌中の有機物と結合することで溶けにくくなることがわかりました。よって、地表から5 cmを目安に土壌を取り除けば、除染は可能になるわけです。このように元素や分子のメカニズムを明らかにすることで、目の前で起こっている現象が容易に推測できるようになります。今生じている環境問題を原子・分子レベルの現象から明らかにし、その解決策を導き出すことも「分子地球化学」の守備範囲であると言えますね。 

―まさに、これは今すぐ役立つ研究ですね。では、未来に役立つ研究にはどのようなものがありますでしょうか。

 エアロゾルという、大気中に浮遊する微粒子に関する研究をご紹介します。これまで、エアロゾルに含まれる「鉄」についての研究は盛んに行われてきました。例えば、黄砂などに含まれて運ばれる鉄(自然起源鉄)などもそうです。しかし、エアロゾルが運んでいる鉄の細かな種類までを観察する研究者は少なく、不明な点も多かった。そこで、当研究室の大学院生と、日本や中国などで採取したエアロゾルを分析したところ、鉄が工場の燃焼など人為的な影響で化学変化を受けた場合(燃焼起源鉄)、その鉄はより水に溶けやすい化学種になることが判明したのです。

エアロゾル中の鉄について(▼ クリックで拡大)

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 太平洋のある海域の植物性プランクトンは鉄欠乏症にかかっています。現在、二酸化炭素(CO2)の増加による地球温暖化が問題になっていますが、もし海水にプランクトンの増殖を制限している栄養素である溶解性の鉄がエアロゾルを介してもたらされれば、プランクトンはそれによって増加するはずです。プランクトンが増えれば光合成によってCO2吸収量が増加し、地球の寒冷化に影響を与えると考えられています。この研究結果を元に過去の記録と照らし合わせると、どれだけの鉄がもたらされれば海域のプランクトンが増え、気候に影響を及ぼすかが予測できると思われます。
 ちなみに、プランクトンなどに取り込まれて海底に堆積した鉄は、さまざまな元素を吸着し、いつかレアメタルの資源になるでしょう。さらに長い時を経てプレートとともに地下に沈み込み、地殻変動による隆起で陸地に山が生まれ、今度は黄砂に交じり込んで再び飛んでいく。このように地球を舞台にした元素の循環と、分子がからみ合う現象を観察することで、私たちの研究は進化していきます。
 地球の歴史の46億年を1年に置き換えると、元旦の0時が地球誕生の瞬間、そして人間誕生の瞬間は大みそかの16時という計算になります。想像もできないような長い年月をかけて進化してきた地球と生命の営みの端っこに、今の私たちが存在している――。地球や宇宙の不思議や謎を解き明かすためには、まだまだ長期的かつ継続的な努力と研究が必要なのです。 

―高橋先生は東京大学運動会軟式庭球部の部長も兼務されています。募金活動を推進され、部のナイター設備の設置を実現されましたね。

 私は東大で博士課程を修了後、広島大学に職を得て、その後教授となり、2014年に本学に戻ってきました。その際に、軟式庭球部の部長も兼務せよと仰せつかりましてね。実は学生時代、私自身も東大軟式庭球部の部員だったんですよ。当時を振り返ると、部活よりも勉強をもっとしておけばよかったという多少の後悔はあるのですが、もちろんいい面もたくさんありました。スポーツには必ず勝敗がついてまわります。試合での負けはある意味挫折ですが、スポーツの世界では次にまた勝負がやってくる。その連続によって、一度負けても次に勝つためにどうするかを考えるという、挫折を乗り越えるための思考を身につけられたと思っています。
 今の東大生を見ていて、とてももったいないと思うことがあるのです。高校までは挫折しらずの成績トップクラスだった学生が、駒場の教養課程に入った瞬間に、ボトムクラスにいきなり転じるケースが当然出てきます。特に地方から東大に進学してきた学生は、その挫折や悩みを相談できる仲間がなかなか見つけられず、一人落ち込んでしまい、大学を去ることがままあるのです。東大としては、せっかく預かった優秀な人材を見捨てるのは実にもったいない。実は総長に直訴したこともありますが、この問題をなんとかしたいと思うのです。そういった意味でも、スポーツにはそこに歯止めをかけられる可能性があります。だから私は軟式庭球部の学生たちに挫折経験の意味と価値を伝えていますし、文武両道で頑張り社会を生き抜く力を身につけてほしいから、今も部長を続けているというわけです。
 実は東大では近年、一コマの授業時間が従来の90分から105分に伸びたこともあって、放課後の軟式庭球部の練習時間が短くなってしまいました。また、現在のチームの厳しい成績を鑑みて、できるだけ長く練習ができるよう、駒場のコートにナイターを設置する計画を進めることにしたのです。
 そして昨年2018年は、ちょうど軟式庭球部設立100周年のタイミングでもあり、OB・OGを中心にご提案をし、ご寄付を募ることにしました。結果、150人ほどの方々から約400万円のご寄付をいただき、無事にナイター設備が完成。昨年12月15日に、駒場キャンパスで開催した「東京大学軟式庭球部創部100周年記念パーティー」のスタート前に、ナイターの点灯式を行いました。軟式庭球部の部長として、改めてお礼をお申し上げます。ご寄付にご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。

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ナイター設備
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東京大学軟式庭球部創部100周年記念パーティー

―また、昨年2018年は「地球惑星科学の研究教育支援基金」も立ち上げられています。その目的などを教えてください。

 ここまでのお話でおわかりいただけたと思いますが、「分子地球化学」は、地球を原子・分子レベルから研究することにより、地球や人間の生命史、気候の変化、資源、自然災害・環境問題、元素の循環などの解明に役立ち、さまざまな問題解決や未来予測にも貢献できる、21世紀、そして「令和」の時代に最も必要とされる学問分野だと確信しています。
 その根っこにあるのは「理学」です。誤解を恐れずに言いますと、理学での発見が“種”になって、各種工学分野が生まれ、私たちの不便を解消する製品やサービスなどが発展していきます。長い目で見ると、理学が発見した種を常に増やし続けることが、地球と地球上の生命を長く守るための要です。そして、その重要な役割を担っているのが、理学系の研究者であり、私たちに課せられた使命であると思っています。
 しかし、昨今よく報じられている「ポスドク問題」などの影響もあるのでしょう、博士課程に進む学生が減っています。朝日新聞が、40歳以上の社会人に対して、「生まれ変わって、20歳から人生をやり直せるなら、何になりたいですか?」という調査を2010年と2019年に実施したところ、両年共に1位は「大学教授・研究者」でした。私が言うと手前味噌になってしまいますが、本当に大学教授・研究者は夢のある素晴らしい職業だと思うのです。

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 少し前置きが長くなりましたが、「分子地球化学」やより広い「地球惑星科学」をさらに活性化し、進化させるためには、ここで学び、博士課程に進む学生を増やすことが重要です。しかし、近年の運営費交付金の減少などにより、そのための資金が不足しています。大学や理学系、さらに地球惑星科学専攻(高橋教授は2017-2018年度の理学系研究科地球惑星科学専攻の専攻長)としても、大学の運営費交付金の一部を博士課程学生のサポートに充てたり、また私個人としても、研究費の一部を学生の支援に充てるなど、学生向けの支援を継続していますが、正直なところまだまだです。そこで、本学のOB・OGの皆様、関連企業の皆様、一般の方々から、「研究と教育の基盤構築」「学生の就学支援」「若手研究者の海外派遣」「本学問の理解を促進するアウトリーチ活動」などへのご支援・ご寄付をいただけることを願い、2018年12月に、地球惑星科学専攻として「地球惑星科学の研究教育支援基金」を立ち上げました。
 2019年の4月には、理学部主導で、小石川植物園でのお花見イベントを開催。当基金として最初のお声がけをし、ご参加いただいたOB・OGを中心に、約100名の方々から多くのご寄付をいただきました。また、2019年9月のホームカミングデーでは説明会を予定しております。私たちの研究成果が、将来、皆様のお役に立てるよう、これからも一生懸命、当該分野の研究と後進の教育活動に取り組んでまいります。ぜひ、「分子地球化学」や「地球惑星科学」という学問分野の重要性をご理解いただき、ご支援とご寄付をお願いできればと思っております。

取材・文:菊池 徳行(株式会社ハイキックス)
※肩書きはインタビュー当時のものです。