2025年12月19日(金)
鈴木 俊貴 准教授
先端科学技術研究センター准教授。1983年東京都生まれ。日本学術振興会特別研究員SPD、京都大学白眉センター特定助教などを経て、2023年に東京大学先端科学技術研究センター准教授として「動物言語学分野 鈴木研究室」を立ち上げる。
シジュウカラが「言葉」を組み合わせて意思疎通を行うことを世界で初めて証明し、動物たちの言葉を解き明かす新しい学問「動物言語学」を創設。
文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本生態学会宮地賞、日本動物行動学会賞、Public of The Year 2025など受賞多数。2025年12月には英国・動物行動研究協会からTinbergen Lecturer Awardを受賞予定(アジア人初)。著書に『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)など。
この教員に関係する東大基金プロジェクト
動物言語学プロジェクト
東京大学先端科学技術研究センターの鈴木俊貴准教授は、シジュウカラという身近な鳥が独自の「言葉」を持つことを世界で初めて証明し、「動物言語学」という新しい学問を2023年に創設した。
その研究は世界中から注目を集め、人間と自然の関係を見つめ直すきっかけを与えている。今回は、鈴木先生に研究の魅力、寄付の使い道、そして研究者としての歩みについて伺った。(全2回の1回目)
【後編】
「モモンガの言葉研究は、寄付のおかげで…」
“ 鳥の言葉がわかる”鈴木俊貴准教授が 「動物言語学プロジェクト」を 東京大学基金に 立ち上げた理由 を読む
——まず、動物言語学とは、どのような学問なのでしょうか。
動物言語学は、私が2023年に立ち上げた新しい学問分野です。これまで、古代ギリシャの時代から現代に至るまで、言葉を持つのは人間だけだと決めつけられてきました。動物の鳴き声は、単なる感情の表出、つまり嬉しいとか怒っているという気持ちが表れているだけだと考えられていたんです。
でも、私が20年研究してきたシジュウカラという身近な鳥を観察していると、実は単語があったり、単語を組み合わせて文章を作ったり、ジェスチャーまであることがわかってきました。これまで単なる仕草だとか、単なる鳴き声だと思われていたところに、実はいろんな言葉の力が隠れていたんですね。
——それは驚きです。具体的にはどのような研究をされているのですか。
動物言語学の特徴は、鳥を捕まえてきて研究室の中で見るのではなく、彼らの住んでいる自然の環境に研究者が入っていって、その中で彼らの世界ではどういう鳴き声がどういう意味を持っていて、どういうふうに働いているのか、何を会話しているのかを調べることです。これは実は世界的にユニークなアプローチなんです。
野外で認知科学的な、心理学的な実験をするんです。そうすると、彼らにはちゃんと文法のルールがあるとか、鳴き声を聞いてものをイメージして、ちゃんと解釈して概念化しているとか、そういうことがわかってきました。
——鈴木先生ご自身のことについてお聞きしたいと思います。まず、動物に惹かれたきっかけを教えてください。
小さい頃から本当に生き物を観察するのが大好きでした。昔の写真を見返すと、1歳5ヶ月の時にベビーカーに虫取り網が刺さっているんです。セミとかバッタとか、何でも捕まえて観察していました。
——特に印象に残っているエピソードはありますか。
5歳の時の出来事です。当時、茨城県に住んでいたのですが、庭にコガネグモという大きいクモが巣を作っていて、それを観察していたらカブトムシが引っかかって、食べられちゃったんですよ。でも、その時読んでいた図鑑には、「カブトムシは虫の中で最強だから、どんな虫にも負けない」と書いてあった。
それで母に「でもあそこでクモにやられてるじゃん。食べられてるよ」って言ったら、母は「図鑑の方を書き換えなさい」と言ってくれたんです。それからというもの、観察したことをボールペンで図鑑に書くようになったんです。
——研究者としての鈴木先生を作った原体験ですね。
今やっていることにつながっていると思います。動物たちは言葉を持たないってみんなで決めつけていたから、動物の言葉が見えてこなかった部分がある。だけど、自分が観察していたらシジュウカラに鳴き声の言葉とか翼のジェスチャーがあることがわかった。それなら、これまでの学問を書き換えちゃえばいいんだ、ということですね。それは子どものころの体験の延長線上にあると思います。
——虫から鳥へ、興味の対象が変わったきっかけは何だったのでしょうか。
鳥を観察するようになったのは高校生の時に双眼鏡を買ったことがきっかけでした。双眼鏡で自然界の鳥を観察していると、天敵はいるし、餌を探す大変さもわかるし、仲間と一緒になって敵を追い払ったりする姿も見られます。
それまでは昆虫などの生き物を捕まえてカゴの中で観察していました。でも、それは自然の一部を切り取って手元に置いているだけにすぎません。自分が用意した環境に生き物を連れてくるのではなく、自分が生き物の世界に入っていくことの大切さを、鳥の観察が教えてくれました。
——「自分が生き物の世界に入っていく」というのは、まさに今の研究スタイルそのものですね。
双眼鏡をのぞくと、遠い存在だった鳥の世界をすぐ近くで見ることができた。野鳥を観察していると自分も鳥になって彼らの世界へと入っていくような感覚がありました。

——では、数ある鳥の中でなぜシジュウカラを研究対象に選んだのでしょうか。
大学に進んで鳥を研究していくなかで、鳴き声を聞くだけでどの鳥かっていうのはわかるようになりました。そんななかシジュウカラだけは鳴き声の種類がすごく多いのに気がついたんです。
最初は、デタラメに鳴いていると思っていましたが、観察しているうちにいろいろなパターンが見えてきました。オオタカが空を飛んでいると「ヒヒヒ」と鳴き、ヘビがいれば「ジャージャー」と鳴き、餌を見つけると「ヂヂヂ」と鳴いて仲間を集める。
——状況によって鳴き声を使い分けているということですね。
使い分けているということは、もしかしたら言葉になっているかもしれないと思って、研究を始めるようになったんです。転機が訪れたのは大学3年の冬、軽井沢の森でのことです。シジュウカラが「ヂヂヂヂ」と鳴くと、あちこちから鳥が集まってくることに気づきました。今度は「ヒヒヒ」という鳴き声が聞こえ、鳥たちは一斉に飛び立ってしまった。その直後、タカが近くをかすめ飛んでいくのを目撃したんです。
——決定的な瞬間を目撃されたわけですね。
鳥は鳴き声によって、エサがある、敵が近くにいる、などの状況を伝えているのかもしれないと気づいた。これはおもしろい世界だと心が躍りました。この発見が、鳥の言葉を解明する研究の始まりとなりました。

————研究を進める上で、最も大切にしていることは何でしょうか。
とにかくちゃんと観察し、まだ言語化されていない情報を見つけ出すことです。AIは解析ツールとしては役に立ちますが、自然を相手にした研究でいちばん大事なのはやはり観察なんです。
——観察力という点で、鈴木先生ご自身の強みは何だと思われますか。
ひとつは耳がよいことが強みだと思います。海外の研究者が私の研究フィールドを見たいというので連れて行くと、「なんでその鳴き声が聞こえるの?」って驚かれます。「あそこの木でシジュウカラが何羽くらいいて、何をしているよ」と言って、実際に100mくらい先の木を確かめに行くとその通りになっている。「スーパーイアー」って呼ばれています。
——「スーパーイアー」ですか!それはすごい。何か印象的なエピソードはありますか。
自分がおかしくなったんじゃないかと思ったエピソードもあって、軽井沢の林道を車で走っている時、木に止まっている1羽のシジュウカラの「視線」が気になったんです。車を止めて見に行ったら、シジュウカラが見ていたのは木の下にあった側溝で、そこにはアナグマがいました。
このときばかりは、森に入って研究ばかりしすぎてちょっと人間を失っている、自分が鳥に近づいていると思った瞬間でしたね(笑)。
——研究生活の中で、苦労されたこともあったのではないでしょうか。
研究を始めたばかりの頃に定宿としていた軽井沢の山荘の環境は過酷でした。お風呂やシャワーはなく、冬になると部屋の中でもマイナス19℃で、0℃だと暖かく感じるくらいでした。雪の上で眠ってしまったこともあります。
でも、どんなに過酷な状況下でもやめたいと思ったことは一度もないんです。観察を続けていると、毎日新しい発見があるんです。鳴き声の意味が一つわかると新しい扉が開き、さらに知りたいことが生まれます。小さな発見がパズルのように組み合わさり、やがて大きなアイデアが形成されていく。たまらなくおもしろくて、やめられるわけがありません。
——その情熱が、世界的な評価につながったのですね。研究が世界に認められたきっかけについて教えてください。
2022年8月、スウェーデンのストックホルムで開かれた国際行動生態学会で基調講演をさせていただきました。そこで「動物言語学」という新たな学問を提唱したんです。
講演の導入部分で、「動物は言葉をもたないと皆さん思っているでしょう、しかし違うんです」と切り出すと、会場には「いやいや、いったい何を……」といった微妙な空気が流れました。でも、そうしたアイデアの証明や研究の手法を紹介したら、講演後には壇上に研究者たちの長蛇の列ができていて、「あなたは人間と動物を二分した西洋的な考えを覆した」と誰もが賞賛してくれました。
——すばらしい瞬間でしたね。その後、世界で動きがあったのでしょうか。
それから世界各地の動物の研究者たちが、私の研究や実験の仕方を参考にしながら新たな取り組みを始めてくれています。チンパンジーやボノボ、ベルベットモンキー、アフリカゾウ、クジラ類など、いろんな動物で研究が進んでいます。学会に行くと、私の論文からインスピレーションを得て研究した感謝されることもありますし、論文が出るとメールでありがとうございましたって来るんですよ。
——世界中に動物言語学の輪が広がっているのですね。では、この研究を通じて、社会に何を伝えたいとお考えですか。
見え方や考え方が違う他者の視点に立って、この世界を理解すること。それが動物言語学なんです。人間が言葉を持ちすぎてしまったからこそ、失っているものも多いと思っています。言語化された情報で安心しすぎてしまって、世界が見えていないような気もしています。
——なるほど。それは人間社会にも通じることですね。
動物たちはそれを常日頃からやっています。動物は言葉を使った決めつけをほとんどしません。スズメがシジュウカラに言葉があることをわかっているように、動物たちは互いに観察して相手を理解しようとしているんです。
全く違う他者を理解することは、動物言語学と同じ視点ですし、共通点と相違点を両方とも尊重しあえるきっかけにもなるでしょう。だから、他者を観察して、理解しようと試みることは、人間社会においてもすごく大切だと伝えたいですね。
——動物の言葉がわかることで、人間にも影響があるということでしょうか。
動物の言葉が分かったら、人間の自然との向き合い方とか、付き合い方、関わり方が大きく変わると思うんです。例えば身近にいる動物のことが分かったら、もっと大切にするじゃないですか。それが本当の意味での自然との共生につながると思っています。
——今後の研究の展望について教えていただけますか。
現在は、地域ごとのシジュウカラの比較をした研究を進めています。スペインとスウェーデンの森に巣箱をかけて、現地の研究者や学生と連携して共同研究をしています。
例えば、ヨーロッパにはシジュウカラを食べるヘビがいません。日本ではキツツキは木を突っついて虫を食べていますが、ヨーロッパには虫が少ないのでキツツキは虫ではなくシジュウカラを襲う。だから、キツツキはシジュウカラの天敵になるんですね。
——環境が違えば天敵も変わり、言葉も変わる可能性があるということですね。
その他にも、詳細はまだお伝えできませんが、すごいことを発見しています。これも近日中には発表できると思います。発表を楽しみにしていてください。
(文=二瓶仁志)
【後編】
「モモンガの言葉研究は、寄付のおかげで…」
“ 鳥の言葉がわかる”鈴木俊貴准教授が 「動物言語学プロジェクト」を 東京大学基金に 立ち上げた理由 を読む