2024年07月17日(水)
創立150周年を起点に次の150年を目指す未来の歩みを見すえて、これまでご寄付によって東京大学を支えてくださった寄付者と総長との対話をとおして、東京大学への応援・共感の輪を広げていく「総長×寄付者ダイアログ」。
第1回は、「IT化・デジタル化」「SDGs」という社会貢献の軸を据え、様々な取り組みを実践されている日本住宅ローン株式会社の安藤直広社長(1989年法学部卒)をお迎えし、東京大学への新しい寄付のかたちにご賛同いただいた経緯や想いについて、対話形式で語りあいます。
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写真左から、岩坪威 医学系研究科神経病理学分野教授、安藤直広 日本住宅ローン株式会社社長、藤井輝夫 総長、中村宏 大学院情報理工学系研究科長・教授。(プロフィールは記事下に掲載)2番目以降のスライドは非表示です。
藤井総長:本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。
安藤社長には、これまで情報理工学系研究科の寄付講座「次世代金融支援システム講座」へのご支援、さらには、このたび同研究科に使途一任のご寄付もいただくことになりました。本学を代表して心より感謝申し上げます。
さて、まずはこの2つのご寄付をお考えいただくに至った経緯や想いについてお聞かせいただければと思います。
安藤社長:弊社は約20年前、4つのハウスメーカーを中心に住宅ローンの会社を作ることを趣旨として設立した会社です。そういったハウスメーカーは、利益最優先というよりは、「家を持ちたい個人の方の夢をしっかり叶えられる、お客様のためを思った会社を作りたい」という思いが強く、我々の方もそういった思いを受けて、ハウスメーカーのため、お客様のため、ひいては社会のための社会貢献をといった思いを軸にして会社が動いているような部分がございます。
そういった中、10年程前から、これからはやはりデジタルやITの時代。我々としても最先端の形で走りながら時代を作っていきたいと考えておりましたが、やはり我々の力だけでは当然至らないところもある。その部分を、研究で成果をあげていただけそうなところと共に何かできないか…ということで、ぜひ東大と共に、と考えました。特にAIやVRのアバターひいてはメタバース等といった、まさに時代の最先端を走っている分野で何かできればという願いがありました。また、我々の業務は本来的にはお客様との相対は当然人間がやるものですが、人だけでは対応しきれない時に、デジタルが人間のように対応できればと考えました。ただ現状ですと、やはり人間の方がいいと言うお客様は相当数いらっしゃるので、そこを人間と変わらないくらいのレベルで対応ができる最先端技術が将来できればという思いを込めて、今回寄付講座の設置に協力させていただいた次第です。
その経験の中で、こういう形で東大に貢献できるのは我が社としても良い面が大きいと感じ、結果、東大にもっと多様な研究をしていただきたいと考えました。また、東大は教育機関でもありますので、将来の人材育成も含めてぜひ貢献したいと考え、お金の面、ビジネスの面で我が社の経験や様々な情報資産等を自由に使っていただいて将来の研究開発に生かしていただければ、という思いで寄付をさせていただいています。
藤井総長:ありがとうございます。御社の多大なご支援により寄付講座を設置できたことも、自由裁量で使わせていただける形でご寄付いただいたことも、非常にありがたく感じています。
中村研究科長・教授:おっしゃるとおりです。情報技術は、コロナがあったことで、空間を超える技術として非常に有力かつ有効に役立てたと同時に、その限界も感じた4年間だったように思います。我々は情報技術によって課題を解決するということをやっておりますし、さらには情報技術を使って新しい良い社会をどのように作っていくのかというところまで考えようとしており、そういった時に、自由に大学の意思で使用でき、しかも人材育成にも使えるようなご寄付をいただけるというのは非常にありがたいことだと思っております。
安藤社長:そうですね。すごく明確に、何かこれを達成したいというものがあって、それを共同開発するといったやり方もあると思うのですが、我々はそうではなくて、社会貢献性を考えるのであれば、より大学の皆さんに自由に発想をしていただいて、我々の寄付と情報資産を多様な形で使っていただきたい。具体的な成果をすぐに上げていただかなくてもいいんです。中長期的な形でやっていただけること自体が我々としては非常にありがたいことだと思っていますので、そういう意味では、確実な成果というよりは、ぜひ「突き抜けた何か」が生まれれば…と願っております。
中村研究科長・教授:情報理工学系研究科も情報技術を通してより良い社会を作るということが目指すところです。同じように、御社もより良い社会を作るため社会貢献する。そういう熱い要望をご寄付という形でいただきながら研究や教育に携わらせていただくことは非常にありがたいことだなと思っております。
藤井総長:そうですね。私自身、情報理工学系研究科の技術で構築したメタバースを活用し、VRセンター(東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター)のサポートのもと、高校生の皆さんとメタバース空間でお話するセッションを、本学のオープンキャンパスで実施しています。メタバースは本当に大きな可能性を秘めたテクノロジーだと思います。
藤井総長:続きまして、岩坪先生の認知症やアルツハイマーの予防治療研究に対するご支援についてお話を伺いたいと思います。
今回、契約件数に連動してご寄付をいただくという新しい方式のご寄付(※1)をご提案いただきました。私たちもこれは実に新しいご支援の形であると感じておりますが、どのような発想だったのでしょうか。
(※1)毎月の住宅ローン債権の回収件数に対し、1件あたり5円を東大基金を通じて「認知症・アルツハイマー病の予防・治療に向けた研究基金」にご寄付いただく新しい仕組み。
安藤社長:先ほど申し上げたとおり、まずは社会貢献したいという思いを社として掲げている点が前提としてあります。そこで、我々に何か社会貢献できることはないか?ということを実は社員から募集してコンテストをやったのですが、優勝した2チームのうちの1チームがこの原型になるような発想だったのです。そういった意味では社員が考えたようなアイデアというところもあります。
「1件あたり5円」というご寄付には2つの意味があります。1つは、お客様が融資を受ければそこで寄付が発生するという仕組みですので、我々日本住宅ローンで寄付はしていますが、実はお客様ご自身が寄付しているのと同等の感覚になっていただけるのではと考えました。我々からお客様にもそういったお話ができる題材にもなり、結果的に「みんなで寄付する」というイメージができる。
あともう1つは、我々としても、融資が出れば利益が生まれるということで、身の丈に応じた形で寄付をさせていただくことで、むしろずっと継続して寄付ができるのではないかと。一発ドンとやってしまうと継続することがなかなか難しくなりますが、身の丈に応じた形でできるということで、お客様目線でのポイントと我々が継続的に寄付できるというポイント、双方が叶う。かつ、これが社員のアイデアがベースになっているところも弊社らしくて良いなと思っています。
藤井総長:「継続的にご寄付いただける」という点は、私たちにとっては非常にありがたいお話です。継続的にご支援いただくことで、研究についても長期的な目線で考えることができますので、その意味でも非常に重要な取組みをしていただいていると感じます。
岩坪教授:最初に安藤社長をご紹介いただいて、まず住宅ローンという業態で目覚ましい発展をされていることに感嘆いたしました。我々は認知症の原因となるアルツハイマー病を医学的に研究しておりますが、お話をさせて頂くと、様々な共通項を感じました。
人は脳が認知機能を発揮することにより日常生活が成り立っており、まさに住宅の中でみんなが生活を営んでいます。ところが、当たり前の日常生活を支えてくれている認知機能がアルツハイマー病などで衰えていくと、我々は普通に享受している日常生活を送ることができなくなる。これをなんとかしたいというのが長い間の課題だったわけですが、研究には進歩はあるものの、なかなか治療を確立するというゴールまでは行かなかったのです。まだゴールに近づく少し前の時期でしたが、これは是非とも伸ばすべき分野だろうということで日本住宅ローン様にも共鳴いただいて、この新しい形でのご支援をいただくようになりました。改めて考えてみますと、1件あたりということですから、非常に多くの方々が住宅を購われて、その営みの上に今回の動きがあったのだな…と改めて思いを馳せております。ちょうど先日、十数年ぶりに日本における認知症患者数の推計が出まして、認知症レベルの方だけでも443万人いらっしゃることが分かりました。今後も少しずつさらに増えていく見通しで、待ったなしの状況が続いています。
我々東京大学の医学系では、伝統的に脳研究が非常に盛んに行われています。その中で、我々は脳の病気、特にアルツハイマー病などの認知症性疾患を攻めていますが、2023年になって、日本のエーザイ社がようやく最初の第一歩となるお薬を開発されました(※2)。そんな激動期の中、我々も次を見据えた研究をするために、日本住宅ローン様からのご寄付が非常に役立っています。本当にありがとうございます。
(※2)アルツハイマー病の脳に溜まり、原因となるアミロイドβに対する世界初の抗体医薬として、レカネマブが2023年12月より臨床実用されています。
安藤社長:おっしゃるとおり、我々は住宅を扱っていますので、住んでいただいた住宅にできる限り長く健康に住み続けていただきたいという思いもあります。60歳以上のシニアの方が、例えばまた家を建て替えたい、あるいはリフォームしたいという時に、「リバースモーゲージ」という商品がありまして、これは亡くなるまでに借りた元金は返さなくていいので利息だけ払っていただく。その代わり亡くなられたら家を戻していただければいいですよ、という制度があるんです。シニアになった後も幸せになっていただきたいという思いからです。アルツハイマーの研究に関しても、今聞いて443万人ですから…その方々が幸せになるということは、我々が目指すべき方向と非常に合致しているという点からも、このテーマでのご寄付ができたというのは本当に嬉しく思いますし、これからますます研究が進めばと願っています。
藤井総長:そういう意味では、御社の非常に多くのお客様から間接的な形で支援していただいていることになるわけですね。これも大変貴重なご支援として感謝しております。
岩坪教授:長年にわたって多くのご支援をいただいて、様々に活用させていただいています。
例えば最近の活用例ですが、お薬の効果はまだそれ単独では十分なものではないにしても、難攻不落で決してブレーキのかからなかったアルツハイマーを何十パーセントかスピードダウンできるお薬が初めて出てきたわけです。これを活用するためには、できるだけ早期に的確に診断しなければいけない。最近話題になっているのは、血液でアルツハイマー病の脳の変化を診断する研究です。我々もこれに取り組んでおりますが、研究には多くの患者さんの検体を精密に測定することが必要で、これには多額の費用がかかります。今回もこのご寄付を活用させていただいて、数百人の方の血液のサンプルを測定したところ、大変よい成果が出てまいりました。
(参考:プレスリリース)
安藤社長:よろしくお願いします、楽しみにしております。
中村研究科長・教授:様々なデータを収集して活用するというのは、我々情報理工の方でもやらなければならないことで、世の中に貢献できると思っている部分です。どれだけ良質なデータが取れるかが大事だと思っています。先ほどのお話にも出てきた高齢者の方というのは恐らく情報技術でサポートしなければならない層で、非常にメリット、恩恵を受けられる方なのではないかという気がしています。ただ一方で、よく使いこなしているのは若い人だという面もあります。我々はどうしても課題解決で何かできなかったことをできるようにするという観点では、若い人にアピールしがちですし、使っていただける部分が大きいと思っています。それをいかに幅広い層が使える技術にできるかどうか。そうして良い社会を作っていくことに関しては、我々も頑張らなければいけないと思っております。ぜひまたご議論させていただきたいところです。
安藤社長:できる限り簡単に、気軽に、シニアの方にも使っていただけるようなAI的なものやIT的なものが必要だと我々も思っています。
中村研究科長・教授:安全安心だけではなく、安全安心プラス快適でないといけないと思っており、そこをどうやって情報技術でサポートしていくかが大事ではないでしょうか。住宅も同様に、安全安心快適が基本だと思いますので、その観点で住居に関しても情報技術でサポートしていかないといけませんし、住んでいる人に対するサポートも大事ですね。
藤井総長:そうですね。医療の分野における早期診断へのデータ活用を含め、より広い世代の皆さんに情報技術をお届けできるようになれば、より一層快適な社会の実現に向け、前進できるのではないかと思います。
<後編に続く>
1989年 法学部卒業
1999年 米国カリフォルニア 大学 バークレー校、経営学 修士 MBA
2006年より 日本住宅ローン株式会社 代表執行役
日本住宅ローン株式会社
1988年 工学部船舶工学科卒業
1993年 大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了(工学)
専門は応用マイクロ流体システム、海中工学
東京大学生産技術研究所長、同理事・副学長等を経て、2021年より東京大学第31代総長に就任(現在に至る)
1985年 工学部電子工学科卒業
1990年 大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了
専門は計算機工学、高品質コンピューティング
2024年より 大学院情報理工学系研究科長
1984年 医学部卒業
1998年 大学院薬学系研究科教授
2007年 大学院医学系研究科神経病理学分野教授
専門はアルツハイマー病、神経病理学、神経内科学
※肩書は対談当時のものです
※肩書は対談当時のものです
取材・文・編集:東京大学基金事務局