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東京大学基金第6回総長主催パーティー

写真:東京大学基金第6回総長主催パーティー
「東京大学基金 感謝の集い」(第6回総長主催懇談会)開催

7月4日の水曜日、今年4月、本郷キャンパス「桜広場」近くにオープンしたばかりの、“伊藤国際学術研究センター”にて、第6回目となる「東京大学基金 感謝の集い」(2011年度活動報告会・総長主催懇談会)が開催されました。当日は、「貢献会員」以上の東京大学の学外個人寄付者をご招待し、全国各地から約60名の方々がご来場されました。2011年度、東京大学基金活動のご報告、東京大学史料編纂所教授(文学博士)本郷和人氏の講演会に引き続き、懇談会まで、あっという間に楽しい時間が過ぎていきました。今回は本郷キャンパスから、その模様をリポートします。

2011年度活動報告

2011年度活動報告最初のプログラムとして、渉外本部長の清水秀久より、2011年度、東京大学基金活動の報告がなされました。

写真:清水秀久渉外本部長

東大基金感謝の集いですが、今回で第6回目を迎えることができました。これは、貢献会員以上の方々をお招きし、濱田純一総長をはじめ東京大学の役員および部局長が皆さまに感謝の意を表すという場でございます。

まず2011年度の4月から今年の3月までの寄付申し込み件数ですが、総数で1万1233件。うち法人が、116件、個人が1万1117件となっております。総額は全体で21.3憶円。うち法人が10.3億円、個人が11憶円です。これもひとえに本日ご来場いただきました皆さま方をはじめとする、多くの方々からのご厚情とご支援の賜物と、深く感謝申し上げる次第です。

使途をご報告いたしますと、17.9億円が目的指定のご寄付となります。その他収入を加え、渉外本部の活動費などを差し引きました、残りの3.3億円を基金に組み込み、長期運用していく予定です。以上が単年度の収支でございます。

では、2011年度のトピックスをご報告いたします。まずは東日本大震災の復興支援に関してです。被災地学生に対する一時給付金支援、教職員によるボランティア隊の派遣、学生による避難生徒への学習支援などを行いました。

次に、キャンパス環境整備に関してですが、駒場キャンパスに、JX日鉱日石エネルギー株式会社との共同研究施設「環境エネルギー研究棟」が、故・森稔様を筆頭寄付者とし「21COMCEE理想の教育棟」が、そして、本郷キャンパスに今回の会場でもあります、セブン&アイ・ホールディングス名誉会長・伊藤雅俊様・伸子様ご夫妻のご寄付による「伊藤国際学術研究センター」が竣工しております。

続きまして、教育研究支援関連のご報告です。米国カブリ財団の寄付により、750万ドルの基金を設立。本学とカブリ財団は、IPMU(数物連携宇宙研究機構)をカブリ研究所の一機関として「カブリIPMU」と命名し、基金からの年間支払配当により研究の助成することに合意いたしました。また、株式会社地球快適化インスティテュート、日本電信電話株式会社、富士フイルムホールディングス株式会社、三井不動産株式会社、株式会社LIXILからのご寄付により総括寄附講座「プラチナ社会」を設置しております。

FOTI (Friends of Todai, Inc.-New YorkにあるNPO組織) ではグローバルキャンパス形成への取り組みとして、個人及びシンテック(信越化学在米関連会社)からの寄付により、17人の優秀な学生(東大生9人、米国大学生8人)に奨学金プログラムを提供。さらに、株式会社ゼンショーホールディングスからのご寄付に基づき、ベトナム国家大学ハノイ校との間に「日本研究拠点プログラム」を設置いたしました。

そのほかのトピックスといたしまして、原発や放射線などの情報を集め、Twitterで発信するなど、福島県内の給食検査の実施、測定の信頼性向上を目指す、早野龍五先生の活動を支援。法人、個人(野球部OB含む)の総勢400を超える方々からのご寄付により、東大球場の人工芝の張り替えが完了しております。

さて、寄付総額は一昨年の31億円と比べ減少してしまいましたが、寄附件数が年間1万件を突破したのは基金創設以来初のこと。息長く、着実にこの活動を継続させるためにも、法人に加え、ひとりでも多くの個人の方々からご支援をいただきたいと考えております。皆さまには引き続き、よりいっそうのご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。

講演会「平清盛がめざした国づくり」

今回は、東京大学史料編纂所教授(文学博士)本郷和人氏に、スピーチをお願いしました。ここではその要約をお届けします。

写真:本郷和人教授

私の専門は日本の中世史です。今年のNHK大河ドラマは「平清盛」ですが、その時代考証も務めさせていただいております。残念ながら、視聴率が低いことが話題となっていますが、その一つの原因をつくった事象として、兵庫県知事の「鮮やかさがなく、薄汚れた画面でチャンネルを回す気になれない」というコメントが挙げられます。

しかし、実際の平安時代末期の京都は、死体が町にごろごろしているなど、皆さんが思うようなきれいなイメージではなかったのです。まあ、私もお詫びとして番組の制作者に「罰として、餓死者の役で出ましょうか?」とお話しましたら、「本郷さんのような栄養を十分取っている体型の人ではダメです」と(笑)。その話はおしゃかになりましたが、壇ノ浦で次々と海に没入していく兵士の役で登場する予定ですのでご期待ください。

日本の歴史を振り返って、隣国の中国、韓国と一番違う点――。それは、やはり700年にわたって、武士が国を支配していたということ。中国や韓国は、その間、武官ではなく、文官が幅を利かせていたようです。そして、日本には昔から天皇という存在があります。武士と天皇の相克関係。これが日本の歴史をかたちづくった、大きな特徴といえるでしょう。

では、平清盛は、いったいどんなことをした人物なのでしょうか。彼は、武士として最初の太政大臣になった人物です。いってみれば、日本の武士の世の中の幕開けに、清盛がいたということです。もうひとつ、貨幣経済を受容したのも清盛で、日宋貿易により多くの富を得たことは誰しもが知るところであります。彼は政治と対外貿易を巧みに操ることにより、海に向けた国家づくりを夢見た男といえるでしょう。

さて、先述しましたとおり、我が国は天皇制を持った国家です。武士の世では、天皇との関係性はどのようなものだったのか。学説では、大きく2つの考え方があります。その一つが、黒田俊雄先生が提唱した「権門体制論」です。それまでの中世国家は、天皇を代表とする貴族(公家)、僧侶(寺社家)、新興の武士(武家)が、三つ巴の対立抗争を行っている社会という見方が大勢を占めていました。しかし、黒田先生は、公家、寺社家、武家という三つの権力が手を携えて王家(天皇)を支えていたという説を発表。いわば、「日本は一つの国家だった」ということですね。

それに異を唱えたのが、東京大学の教授でもあった、佐藤進一先生です。それが、「東国国家論」。簡単に説明しますと、日本が統一されるのは、豊臣秀吉の時代まで待たねばならず、中世国家では、東日本の鎌倉幕府(武士)と、西日本の京都王朝という二つの権力が並び立っていたという考え方です。平たく言えば、「日本は一つの国家ではなかった」と。私はこちらの説に大賛成です。さらに、権門体制論を批判しつつ東西王権の積極的な関わりを指摘した、五味文彦先生の「二つの王権論」という見解もあります。またこれらの発展系として、東西王権論、東北も加えた「三つの王権論」なども提唱され始めています。

ですが、学会では、まだまだ「権門体制論」が主流とされています。ちなみに、京大を中心とする学者グループは、「権門体制論」派、我々東大の学者グループは、「東国国家論」派です。私自身、「三つの王権論」を持って、東北大、北海道大を取り込みながら、京大説を打ち砕こうと考えています(笑)。なぜなら、京都の町民は昔から京大の先生を崇拝しており、飲み屋でもつけが効くそうです。しかし、東京ではまったく(笑)。しかも、私の名前は本郷でしょう。「本郷に勤務している本郷です」という冗談を言えるくらいのメリットしかありません。東大の権威を東京で誇示するためにも、京大説を何とかして覆したいと思うのです(笑)。

少し、話を変えます。鎌倉幕府より前に、幕府は存在していなかったのでしょうか。清盛が武士の世をつくったと申しましたが、当然、当時の日本では、幕府という言葉は使われていません。明治時代以降の研究によって、誕生した言葉なのです。ただ、武士が京都天皇の警備を任された「大番役の開始」が1165年と言われています。これが、高橋昌明先生の「六波羅幕府」説。そして、私、本郷和人は、清盛がクーデターを起こし、武士による政治の開始年である1179年が、福原幕府の始まりだと考えています。神戸市には、「福原幕府の説を支援してください」と提案し、学会でもせっついているですが、これがなかなか(笑)。

最後に、有名な武士たちは、東日本と西日本をどのようにとらえていたのか、まとめてみました。平清盛は、西国が中心で、貿易と貨幣経済を推進。源頼朝は、東国中心で、貿易は推進しない農業経済。足利義満は、西国中心で、貿易と貨幣経済を推進。徳川家康は、東国中心で、貿易は推進しない農業経済。こうしてみると、日本の武士たちは、活躍の場を東日本と西日本と振り子のように動かしながら、切磋琢磨してきたことが見えてきます。

ちなみに、徳川家康は、政治の地を江戸、商業の地を大阪に分けて、300年の世を統治し、そのために使った東海道という大動脈はいまなお健在です。しかし、今の日本は、政治も経済も東京に一極集中しております。これをどう見るか――。今後も東京大学の独り勝ちが続くでしょう(笑)。と、そんなオチで、本日の私のスピーチを締めさせていただきます。ご清聴、誠にありがとうございました。

懇談会

活動報告会および講演会のプログラム終了後、多目的スペースに場所を移動し、懇談会(立食パーティー)が行われました。懐かしい教授との会話に花が咲き、濱田純一総長や本郷和人教授を囲んでの談笑、卒業生同士の新しい交流など、今年もパーティー会場にはたくさんの出会いと笑顔が生まれたようです。

写真:濱田純一総長

濱田純一総長のあいさつをご紹介します。

本日は皆さまご多用のところ、また、お暑い中、東京大学基金の感謝の集いにお越しいただき、まことにありがとうございました。東京大学を代表して心よりお礼申し上げます。本日は、東京大学の活動に多大なご支援を頂いた皆さまに謝意を表明するため、ささやかながらこのような懇談の場を設けさせていただきました。本郷和人先生のお話、いかがでしたでしょうか。かなり面白かったのではと思います。

大先輩や人生の先達であられる方々も多数ご参加いただいており、また遠方からもご足労いただいておりまして、本当にありがたく存じます。皆さまの本学に対する温かいお心に対しまして、お礼の申し上げようもございません。

さて、今の東大ですが、一言でいえば、とても厳しい状況に置かれていると思っております。しかし、必死で頑張れば乗り越えられる局面です。もちろん、東大のどの学部も、世界に通用するトップクラスの研究を続けています。しかし、中国、韓国、インドなど、アジア諸国の研究水準も目覚ましい勢いで発展しています。それは、数年後に肩を並べられるような勢いです。引き続き、緊張感を持って、さらなる研究の活発化にむけて、精進していく次第でございます。

また、近年の経済グローバル化により、教育の国際化も進展しております。東大ブランドは、確かにいまもって、国内ではトップのポジションを堅持しているでしょう。10年前なら、「東大を出ておけば一生安泰」と考える東大生は一般的だったかもしれません。そして、我々教員も、安心感を持って学生たちを見守っておりました。

しかし、日本の中にどんどん海外企業が進出し、一方、日本の多くの企業も海外を積極的に目指しています。そんな世の中の趨勢を経て、東大の学生たちは、世界のトップクラスの大学を出た学生たちとの熾烈な競争が強いられています。私たちが卒業した頃とは、まったく異なった社会環境が訪れたのです。

そして、東大で学ぶ学生たちも「このまま卒業して食っていけるのか?」と、そんな危機感をしっかり抱いています。それは、本当に正しい認識です。もちろん、私たちも、彼らにもっともっと、世界で戦えるための力をつけてあげたい。彼らに10年後、20年後、「もうちょっと、しっかり指導してほしかった」などと言われないためにも、今日教職員一同、全力を挙げて、最高の学びと環境を提供してまいりたいと思います。

このような情勢の中で、東京大学が世界でトップクラスの大学と肩を並べるためには強固な財務基盤が不可欠であり、基金の充実は必須です。皆さまには、今後一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。本日は、本当にありがとうございました。

ご来場者のコメント

●ある研究の支援をしたかった
妻が血液の難病を患いまして、その研究を東大が進めているという新聞記事を妻が見て、昨年6月に二人で寄付をしました。それまでも、古本を送るなどしていましたから、東大基金のことは知っていました。私は自動車関連の企業を定年まで勤め上げ、今は大学の非常勤講師をしています。日本に留学している外国人学生は、学ぶことに対して積極的で、自分自身の考え方をしっかり持っています。ぜひ、一人でも多くの東大生が海外に出て、異文化の中で学ぶ機会を自らつくり出してほしいと思います。(高田忍様)

●運動部OBにもっとアプローチを
私は東大空手部のOBなんですよ。ホームページで東大基金のことを知り、大昔世話になった空手部のためになればと思い、寄付を決めました。私と同じような思いを持っている運動部OBはたくさんいるはずです。運動部OBのために、基金のホームページ内で、自分が在籍していた運動部への目的支援募集を、よりわかりやすく解説し、より多くの寄付を募る努力をすべきです。もうひとつの寄付をした理由は、あぶく銭が入ったから(笑)。何に使われるかわからない税金よりも、出す甲斐があると思います。(工学部卒)

●今後もOB、教員が大学を支援すべき
私は東大野球部のOBで、現在は弁護士の傍らOB会(一誠会)の幹事長をしています。今回の東大球場の人工芝張り替えについては、現役部員から「グラウンドがボロボロで怖くて走れません!」という悲痛な声を受けて、人工芝委員会を立ち上げ、その委員長となりました。人工芝に関する参考情報の提供や大学側との折衝をして、何よりも資金集めに頭を痛めました。しかし、卒業生や教員たちの寄付によって、ピカピカの東大球場に生まれ変わりました。東大基金の力で大学の施設、設備が充実していくことを体感しました。誠に素晴らしいシステムです。とはいえ、これだけの施設が出来たのに、問題は中味です。連敗続きの東大野球部よしっかりせよ!ちなみに、私の息子は現在、東大野球部で一応ピッチャーをしています。神宮のマウンドにのぼって他校の強打者たちをバッタバタと打ち取る姿を夢見ています(笑)。(石上晴康様)

●世界で勝てる東大生の育成支援を
東大で医学と経済学を学び、その間に海外留学を経て、現在は私学で教授をしております。欧米で世界の優秀な学生たちと切磋琢磨しましたが、昨今は、アジアの学生たちも力を急速に伸ばしています。東大の学生が彼らに勝てないということは、おそらく日本が負けるということです。ぜひ、東大基金も、今後も急速に進むグローバル化の中で、世界の有名大卒の学生たちに競い、勝てる学生を育てるための支援の力を注いでいただきたいと思います。(中田善規様)

取材・文:菊池 徳行

※本学関係者所属、肩書きはすべて開催当時のものです。

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