~プロジェクトリーダーからのメッセージ~
日本列島で大陸から伝わった米作りが広まってきた頃、ヨーロッパの地では「ローマ帝国」という民族の枠を超えた一つの領域国家が発展していました。その帝国が、地中海を中心に版図を大きく広げつつあった紀元後1世紀の後半に起こったイタリア・ナポリ近郊の、ヴェスヴィオ山の巨大噴火によって埋もれた町「ポンペイ」の話はあまりにも有名です。
ポンペイは、その噴火によって壊滅して地中に埋もれてしまい、町として復興される事はなく、人々の記憶から消えてしまいました。しかし、同じ噴火で罹災した地域の中には、見事に復興を遂げた場所も存在しています。我々は、そうしたローマ時代の遺跡の発掘調査を、2002年以来現在まで続けています。
一方、ローマ時代の有名な歴史書の中には、帝国の初代皇帝であったアウグストゥスは、ヴェスヴィオ山の北側に所在した別荘で西暦14年に息を引き取り、その後その建物は、彼を顕彰する施設として奉献されたという記述がありますが、現在に至るまでその存在は特定されていません。
そうした中、近年の我々の発掘調査で西暦79年のヴェスヴィオ山の噴火によって埋没した建物の一部が発見されました。これは、とりもなおさずこの地域で初めてアウグストゥス帝の別荘と同時代の建物が学術的な裏付けをもって見つかった事を意味しています。
調査を通じて得られた、「噴火罹災地の長期的復興のプロセスを復元する事」と「初代ローマ皇帝アウグストゥスの終焉の地を、考古学的に検証する事」という2つの大きなテーマを追求するためには、発掘調査の規模をなお一層拡大する事が不可欠です。
もう一つのポンペイを現代によみがえらせ、アウグストゥス帝の事績とローマ帝国のはじまりをたどるために、是非ともより多くの方々のご支援を賜り、共に人類の歴史の重要な1ページの新たな発見者になっていただきたいと思っています。
東京大学大学院総合文化研究科 教授
村松 眞理子
~初代プロジェクト設置責任者からのメッセージ~
東京大学を中心とする発掘調査団が2002年からヴェスヴィオ山の山麓で発掘を行っています。場所は北山麓に位置するソンマ・ヴェスヴィアーナ市で発見されたローマ時代の遺跡です。ヴェスヴィオ山を挟んで反対側にあるポンペイと比較することによって、ローマ時代の歴史と文化をいっそう深く広く理解できることでしょう。
東京大学名誉教授、文学博士
青柳 正規
当研究プロジェクトは、日本の大学のチームが、海外で行う大規模な考古学調査として画期的なものです。そもそもイタリアで現在進行中の単体の古代遺跡発掘としても、例がありません。
では、今、どうしてこの調査を、東京大学が行っているのでしょうか?
◆災害考古学の観点からの重要性
2011年の東日本大震災による被害以降、特に日本でもあらためて火山学・地震学との連携の必要性が認識されています。ヴェスヴィオ山の南麓は、ポンペイやエルコラーノなどの火山噴火で壊滅した古代都市遺跡などの世界遺産があることで知られています。当プロジェクトには、火山国・地震国である日本のチームがその北麓地域で、古代の邸宅である新たに発見されたヴィラ遺跡を調査し、自然災害と人間の共存という現代社会にとっても切実な課題に向き合う学際研究を発展させ国際的に発信する意義があります。
◆古代ローマ帝国と皇帝崇拝のはじまりを解き明かす大きな鍵
20年来の発掘調査を経て、いよいよローマの初代皇帝アウグストゥス時代のヴィラの姿が明らかになりつつあります。この考古学的発見は、古代ローマ帝国と皇帝崇拝のはじまりという人類史の重要な局面を解き明かす大きな鍵となるはずです。さらに、この遺跡の発掘を通し、(イタリア半島南部のカンパーニア地方の)古代ローマ世界がいったん帝国の隆盛に向かいながら、紀元後1世紀の自然災害により破壊され、復興し、再び5世紀に火山による破壊で歴史的忘却に埋もれてしまった一連のサイクルに光をあてる画期的成果が期待されます。
◆学際知の教育への還元と、市民とアカデミズムの出会いの場を構築
今日世界の文化遺産の発掘研究とその修復保存は、国際社会が共同して人類史を探究し、共有し、多様な文明と人々の共生と平和の根幹を支えるためのものです。 私たちの20年来の南イタリアでの考古学調査は、東京大学が中心となり、文理横断のさまざまな分野の学問的蓄積と技術を学際的に応用してきた国際共同研究の実践です。そして、その学際知の現場をさまざまな分野の若い学生たちの教育に活かしつつ、自らの歴史を国際的に共有しようという市民とアカデミズムの出会いの場を構築してきました。日本の考古学・ヨーロッパ文化研究と自然科学の蓄積の上に、世界の文化遺産の共有と国際社会の平和のために、発掘調査を貫徹してその成果を今後生かしていくことで貢献することを目指しています。
◆発掘調査20年で考古学史上の重大な発見が明らかに
20年を超える調査の成果から、この遺跡には新旧2つの異なる建物が上下に重なっていることが明らかになりました。特に最近の発掘調査によって発見された旧い時代の建物には、紀元後79年のヴェスヴィオ山の噴火によって罹災した痕跡がはっきりと残っています。この噴火はまさにあのポンペイなどを壊滅させた大噴火です。しかし、ポンペイなどの発掘でもわからなかった罹災から復興に至る営みの足跡を残す稀有な遺跡として、東京大学の発掘は大いに注目を集めています。
◆「ポンペイ」世界の発見
ついに近年の発掘で、紀元後79年の噴火以前の建物の一部の部屋が姿を現しました。現在のところ4つの部屋・空間が確認されています。特に第22室と私たちが呼ぶ部屋では、ワインなどを輸送・貯蔵するための土器(アンフォラ)が16本も発見され、その多くは壁に寄りかかるように据えられたままでした。第25室と呼んでいる小さな空間の床面には、火を焚いたときに生じた炭や灰が大量に発見されました。ここは、湯を沸かしたりしたと思われる窯の一部と考えられます。紀元後1世紀に用いられていたこれらの空間には、当時の人々の生活スタイルがそのまま保存されています。
◆ヴェスヴィオ火山の噴火で再び地中に姿を消した 紀元後79年噴火以降の建物
紀元後2世紀中ごろには、新しい建物が同じ地点に作られ始めました。その時点では紀元後79年の噴火災害にあった旧い建物の一部が露出していたのかもしれません。人々はそれらを復興の目印として利用したと想定されます。煉瓦造りのアーチ、大理石の円柱、酒の神であるディオニュソスなどの大理石製の彫像を据えた大広間が新たに設えられ、その規模と壮麗さから、公共性をもつ建造物であったと言えます。
しかし、地域の社会と経済の変動とともに、紀元後4世紀ごろになると大規模なワイン生産の場へと変貌を遂げていきます。ブドウの圧搾施設、果汁を流すための水路が作られ、その先に醸造用の大甕などが新たに埋められました。しかし、この建物も紀元後472年のヴェスヴィオ火山の噴火で再び完全に埋没してしまいました。ここには紀元後5世紀の人々の生活スタイルがそのまま保存されています。
◆伝説のローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの別荘の調査へ
皆様からのご寄付をもとに、これからの調査は紀元前後に創建されたと考えられる「アウグストゥス帝ゆかりの建物」の解明に向けていきます。2023年の発掘で採取した炭化物や火山灰の年代推定の分析結果から、これらの建物が、ヴェスヴィオ山北麓周辺に存在したと歴史書に語られているローマ帝国初代皇帝であるアウグストゥスのヴィラである可能性が地理的にも時期的にも高いと言えます。これからの発掘でその実態が明らかになることに大きな期待が寄せられています。
まず、発掘調査区を広げ、紀元後79年の噴火で埋没した建物の輪郭を少しでも多く検出し、どのような建物だったのか、機能や装飾はどのようなものだったのか、研究を進めます。2023年の調査でお湯を沸かすための「窯」が検出されたことから、その付近での浴場施設(テルマエ)の発見が期待されます。温浴・微温浴・冷浴など数種類が使われた浴場とその床面や壁の大理石装飾などが存在する可能性があります。
ただし、私たちは地中に埋没しているモノを掘り出すことだけを目的とはしていません。調査中の遺跡は、紀元後79年の噴火時に火砕流・土石流などで建物の屋根や壁などが壊されています。梁などの木材や有機物、そして崩れ落ちた屋根瓦やレンガや石で構成される壁体の検出とその三次元的記録化など災害工学的な視点での発掘調査を行っていきます。私たち調査団は、紀元後1世紀からのヴェスヴィオ山麓地帯の火山災害史に、画期的な新たなページを書き加えようとしているところです。
皆さまからいただいた寄付金は、写真にみられるようなソンマヴェスヴィアーナでの発掘調査・研究教育・遺跡の修復と保存のための活動に大切に使わせていただきます。
◆発掘調査の環境整備や遺跡修復のために
◆研究の発展のために
◆教育やアウトリーチ活動のために
<ソンマ・ヴェスヴィアーナでの発掘に関する報道実績>
ソンマ・ヴェスヴィアーナでの発掘調査の成果については、これまでに日本のマスコミ等に度々取り上げていただいています(下記表)。記事の内容についても、遺跡・遺物の新発見にとどまらず、多岐にわたることは、この発掘調査が長年継続してきた研究結果の蓄積とともに研究領域の多様化の現れといえます。また、イタリア国内でも、ほぼ毎年のようにナポリの地方紙には発掘調査成果の速報が掲載され、しばしばイタリアの公共放送局(Rai)のニュース等で全国的にも取り上げられるほどの人々の関心を呼ぶ発掘調査となっております。
また、2003年・2004年に出土した大理石製の彫像(ペプロフォロス像・ディオニュソス像)は、2005年に愛知万博を皮切りに、これまで4回日本で展示され、最近では2023年のポンペイ展に出品され多くの観衆を魅了し続けています。
【関連サイト】Somma Vesuvianaプロジェクトサイト
~過去のメディア掲載、関連イベント等~ (2024年4月1日現在)
【新聞記事】
●「初代ローマ皇帝別荘か」(朝日新聞・夕刊、2001/7/21)
●「初代ローマ皇帝別荘?宗教施設?」(朝日新聞・夕刊、2004/10/8)
●「ギリシャ神話の酒神像を展示へ」(読売新聞・朝刊、2005/1/24)
●「ポンペイ後 息づく色」(朝日新聞・夕刊、2006/11/10)
●「人間と火山、考古学から探れ」(朝日新聞・夕刊、2007/2/2)
●「「異教」とキリスト教共存」(読売新聞・朝刊、2008/3/6)
●「初代皇帝しのぶ聖地か」(読売新聞・朝刊、2008/3/5)
●「社会の中の考古学とは?」(朝日新聞・夕刊、2013/2/25)
●「世界史アップデート 遺物が示す噴火時期」(読売新聞・朝刊、2022/3/1)
●「私は誰 どうして穴が」(朝日新聞・夕刊、2022/3/8)
●「北麓に眠る もう一つのポンペイ」(朝日新聞・朝刊、2022/9/15)
●「発掘20年 ついに手がかり」(朝日新聞・夕刊(1面)、2023/12/18)
【テレビ放映】
●「キャノンスペシャル 発掘!ローマ皇帝最期の館~もう一つのポンペイ ソンマの正体~」(テレビ朝日、2005/10/25~10/28)
●「テレビ未来遺産 緊急!池上彰と考える“巨大噴火”日本人へ 古代ローマからの警告」(TBS、2014/5/14)
その他TBSふしぎ発見、NHK特集など
【彫像の展示】
●「グローバルショーケース」(愛知万博 愛・地球博 グローバル・ハウス オレンジホール、2005/3/25~9/25)
●「ディオニュソスとペプロフォロス―東京大学ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査の成果展」(東京大学総合研究博物館、2005/10/15~11/13)
●「大ローマ展 古代ローマ帝国の遺産──栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ──」(国立西洋美術館、2009/9/19~12/13)
●「特別展ポンペイ」(東京国立博物館、2022/1/14~4/3)
2024年09月27日(金)
9/11~9/19に2024年度国際研修「イタリアで考古学を体験する」が実施され、10名の学生が参加しました。この研修はグローバルな視野を養う駒場の授業として行われるものです。教養学部や工学部等、多様な学部に所属する学生が、考古学を通じて、イタリアの文化と歴史を学ぶことを趣旨としています。
今回のプログラムは、「ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡にて考古学を体験する」をメインに、ポンペイ遺跡の見学やナポリ市内エクスカーション等、充実した内容で構成。ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡発掘現場では、調査団からレクチャーを受けながら実際に発掘作業にもチャレンジしました。最終日には、与えられたテーマに関する考察をまとめた発表を行い、本研修を通じて各々が得た知見を共有するとともに、初代プロジェクトリーダーである青柳 正規 名誉教授による現場での遺跡発掘をめぐる文明史講義を受けて終了しました。
今回、初めての海外である学生も多く、異文化に触れることで大きな刺激を受けたようです。また、「歴史的都市や建築を現代から見る視点が得られた」「神話について考えを深めた」といった声もありました。
本研修に関わる費用や調査の一部にもご寄付を活用させていただいています。今後も継続して実施していくためにも、引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。
2024年06月24日(月)
ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクト基金の村松教授と松山研究員が「美術展ナビ」に寄稿しています。
1920年代末にこの遺跡が最初に発見されて以降のお話や多くの現地画像など、発掘調査の経緯や現状がわかりやすく説明されています。
ぜひ以下のリンクからご覧ください。
寄稿文はこちら
2024年04月24日(水)
「ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクト」ではヴェスヴィオ山の噴火によって埋没したローマ時代の遺跡発掘調査を2002年から行っていますが、最近の顕著な研究成果発表の記者会見を4月17日に駒場キャンパスにて開催しました。
最大の成果は、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの別荘である可能性が高い建物の一部を発見したことです。
ローマ時代のタキトゥスなどによる歴史書の中に、初代ローマ皇帝アウグストゥスはヴェスヴィオ山の北側に所在した父親が亡くなったのと同じ別荘の同じ部屋で紀元後14年に息を引き取ったとの記述がありますが、今までその所在が特定されることはありませんでした。
今回、すでに当プロジェクトが調査をつづけてきたヴェスヴィオ山北麓地帯で2世紀の広大な遺構の下に新たな建物が出土し、調査分析の結果アウグストゥス帝時代の1世紀の建造物であることを確定しました。
今後さらにこの建物の調査を進め、2027年の東京大学創設150周年に向けて、皆様にビッグニュースを届けるべく発掘調査を加速したいと思っています。
しかし、その一方で、昨今の大学研究費の削減の影響は本プロジェクトの研究にも影を落とし、必要な規模での継続的な発掘調査が難しくなってきています。
必要な資金を確保するために、東京大学基金のページをリニューアルして、ご寄付のお願いをさせていただいています。発掘調査はこれからが正念場です。
ひとりでも多くの方々に人類の歴史の重要な1ページの新たな発見者になっていただき、一緒に喜び合いたいと切に願っています。
ぜひご支援ください。
発掘されたアンフォラ
■東京大学基金「ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクト」
■詳しい研究成果はこちら
東京大学では、2002(平成14)年から現在に至る22年間に渡って、イタリア共和国カンパーニア州ナポリ県ソンマ・ヴェスヴィアーナ市において、ヴェスヴィオ山の噴火によって埋没したローマ時代遺跡の発掘調査を継続的に実施してきました。
現在まで3,500㎡ほどの範囲で発掘調査を行ってきましたが、調査対象となる建物のかなりの部分はまだ地中に埋もれたままで、その全貌は未だ明らかではありません。現時点では、この建物は、優に4,000㎡を超える大規模な建物であったであろうことや、出土した遺物や現在までに判明している建物のレイアウトや建築装飾要素などから、創建は紀元後2世紀頃と推定されています。さらに、近年の調査によって、この建物に覆われた形で、より古い、紀元後1世紀以前に建てられた別の建物がまだ地中に遺存していることが明らかになりました。
なお、現在まで調査の進んでいる建物は、創建当初には何らかの公共的な性格を有する施設の一部を構成していた可能性が高く、例えば、地域の宗教センターのような役割を果たしていたと考えられること、その後、途中幾度かの大きな改築を経て、3世紀以降に建物の使用目的が大きく変わり、以後はワイン醸造所として利用されたと考えられます。5世紀に入るとワイン製造も廃れて全体が徐々に荒廃し、建物の周囲で耕作されるようになると、建物の一部を便宜的に利用するだけの施設となったようです。472年のヴェスヴィオ山噴火によって壊滅的な破壊を受けた際には既にほぼ廃墟化した状態にあったと考えられます。
472年の噴火に伴う土石流によって建物のかなりの部分が一気に地中に埋没し、その後6世紀のはじめにも再度大規模な噴火に見舞われたため、建物の殆どの部分が地中に埋没しました。そして事態が沈静化した後もこの建物は復旧されることはなく、以後当地はもっぱら農耕地と利用されていたようです。
【2023年度の活動】
2023年度は、主に下記の2点に関する活動を実施しました。
現在まで調査を続けている建物(2世紀に創建)の東側の屋外域に発掘範囲を拡げて、当時の2世紀頃の地表面からできる限り深いところまで掘り下げました。これは、2世紀以前の地層の性質や堆積構造などから、ここ数年の調査によってその存在が明らかにされた一段階古い時期の構築物の建築時期やその当時の周辺環境などを明らかにすることを主たる目的としています。
ここ数年の発掘調査によって、2002年以来一貫して調査を継続している2世紀創建の建物の下には、それより時期の古い構築物が埋没していることがいよいよ明らかになってきたので、本年度の調査では、調査範囲を拡張して、この古い時期の建物が構築された当時の地表面の検出に努めました。
その過程で、ポンペイなどの街を埋め尽くした西暦79年のヴェスヴィオ山噴火由来の軽石と火山砂の薄い層が昨年に引き続いて検出されたことに加えて、これらの火山噴火に伴う堆積物が、古い時期の建物が建てられた時期よりかなり後になってから堆積したものであろうことがより確実になり、この古い建物の構築時期が紀元後1世紀以前である蓋然性が高くなりました。一方、今年度は、79年の噴火砕屑物によって覆われた部屋の内部の調査を進め、紀元後1世紀の時期に広くローマ世界で流通した、ワインやオリーブオイルの運搬・貯蔵に供されたアンフォラ(大型の陶製壺)が10基以上部屋内部に保管されている状態で発見されたほか、それより古い時期に部屋内に構築された竈状の火床が複数発見されるなど、建物の建築時期やその性格、建築当時の周辺環境を検討する上で大変興味深い遺構や遺物が多数発見されました。
さらに、今年度の調査成果は、歴史的に当地周辺にその存在が推定されていた、初代ローマ皇帝アウグストゥスが息を引き取ったとされる彼の別荘、あるいは同時期の建築物の存在が確認されたことも意味し、本遺跡調査の意義は、今までの20年とは一線を画する大きな転換点を迎えたと言えます。
2)教育プログラムの拠点と成果公表の進展
ソンマ・ヴェスヴィアーナの発掘調査の現場を、教育の分野において活用することがどのように有効か、考古学の本来の学際性とその国際的な環境に注目し、専門家の育成という視点に加えて、さまざまな専門分野をもつ(もちうる)東京大学の学生たちへの学際的教育を主眼に、2017年度以来研修プログラムを実施しています。
本年度については、新型コロナウィルス(COVID-19)感染症が未だ完全に終息したとは言いがたい状況でしたが、万全の感染対策を講じた上で、同国際研修を9月に実施しました。現地においては、実際に調査現場において発掘作業に参加した他、調査や研究に関連して複数の講師による遺跡での特別講義や、現地学生との直接交流会の実施など、充実した研修を行いました。
大学入学後間もない1,2年生の学生にとっては、調査・研究を取り巻く国際環境の入り口を垣間見ることによって、グローバルな視野から自らの環境を客観的に評価する端緒を体験的に獲得することができ、大変有益かつ貴重な機会を提供しています。
前述の通り、長年にわたる発掘調査が大きな転換期を迎えている今、本プロジェクトを大きく前進させるためには皆様からのご支援が必要です。また、このような機会を、より多くの学生が実際に体験する教育の場として活用していくためにも、引き続き皆様からの温かいご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
<ソンマ・ヴェスビアーナ発掘調査プロジェクト>