
ワクチンの研究開発・供給は単に個人の健康だけではなく、国防や経済、教育、文化など幅広い領域の「要」となっていることを、新型コロナウイルスのパンデミックは私たちに再認識させました。先進国首脳会議(G7)は2021年6月、次のパンデミックでは100日以内にワクチンを開発するという目標に合意しています。アメリカの「ワープ・スピード作戦」に象徴されるようなこれまでの開発スケジュールからの期間短縮を、より一層推し進めようとしています。
日本の安全保障や国際貢献を考えると、このようなワクチンの研究開発・供給は他国に頼りきりになるのではなく、安全性や信頼性に優れた国産ワクチンの開発を目指す必要があります。そして、100日以内でワクチンを開発し、社会活動の維持・医療負荷の軽減を実現するためには、これまでとは異なる新しいアプローチでの研究開発が必要となります。私たちはそれを「近未来ワクチンデザイン」と名付けました。
日本では、新型コロナウイルス感染症の発生初期に投入した研究開発資金の規模が、欧米諸国と比較しても十分とは言えないものでした。また、パンデミックが起きた際にリーダーシップを発揮する拠点が不在で、それぞれの機関の連携が十分に機能しませんでした。感染症の発生を「有事」であると捉える意識が希薄であったため、平時の体制から有効に切り替えられずに、研究開発のスピード感の欠如に繋がってしまったことは否めません。日本には、同じ失敗を二度と繰り返さないための取組が求められています。
ワクチンを構成する要素は、大きく3つに分けられます。すなわち、①生体に免疫応答を引き起こす「抗原」、②免疫応答の起きる場所をコントロールする「デリバリーシステム」、③有効成分の作用を補助・増強する「アジュヴァント」です。それぞれの要素には多様なメニューがあるため、その組み合わせも膨大な数にのぼります。私たちは、これらの3要素を「モジュール化(全体の設計を標準化し、構成する各モジュールの交換・組換えによって全体の機能を変更できるようにすること)」し、効率的にワクチンを設計する技術の開発を目指します。
さらに、感染患者やワクチン被験者のサンプルから得られるデータに臨床情報やゲノム情報を掛け合わせ、ヒト免疫の多次元かつ詳細なプロファイリングを行います。プロファイリングにより手に入れたデータのAI解析、動物モデルによる検証を行うことで、ワクチンを構成する3要素の最適な組み合わせを導き出し、病原体の「アキレス腱」を射抜くワクチンを迅速に設計するのが「近未来ワクチンデザイン」です。
医科学研究所は、北里柴三郎博士が初代所長を勤めた伝染病研究所を前身とし、国立大学の附置研究所としては国内で唯一、附属病院を有しています。このため、基礎から応用・臨床まで切れ目のない研究を行うことができるということが強みの1つです。また、国内で唯一、医学・生物学系の「国際共同利用・共同研究拠点」として国から認定されており、国際的な頭脳循環の拠点としての地位を確立しています。
このような特長を持つ医科学研究所に、「近未来ワクチンデザインプロジェクト」を中心的に推進する「国際ワクチンデザインセンター」を2022年4月に設置し、有事を見据えて関係機関との連携を深めてまいります。
1970年代以降、予防接種による健康被害に対する集団訴訟で国の敗訴が続き、日本は「ワクチン後進国」と揶揄される状況になっていました。ワクチン開発に必要な多額の資金と、実用化されて利益を生み出す可能性とを天秤にかけ、製薬企業もワクチン開発に積極的には乗り出せない状況でした。このような背景があり、日本では人材が十分に育っているとは言えません。本プロジェクトでは、次のパンデミックが起きたとき迅速なワクチン研究開発・供給に向けて活躍するワクチンデザイン人材を、On the job training (OJT)により育成いたします。
安全保障や国際貢献の観点からも、安定的に人材を育成することは不可欠です。国際ワクチンデザインセンターの設置により若手研究者の育成の場は確保されますが、研究者を雇用するための予算は限られています。私たちも国や企業などに働きかけ、将来世代が今回のパンデミックと同じ轍を踏まないための体制の構築に全力を尽くす所存ですが、皆さまからのご支援が一層の推進力に繋がります。温かいご支援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
2022年05月20日(金)
「近未来ワクチンデザインプロジェクト」の設置責任者である石井健教授が監修した『はたらく細胞 ワクチン&おくすり図鑑』(講談社)の刊行記念インタビュー記事が5月18日の「現代ビジネス」誌に掲載されました。
記事では、マンガ『はたらく細胞』と、石井教授がワクチン監修を務めた『はたらく細胞 ワクチン&おくすり図鑑』について紐解き、コロナワクチンの現状と今後について、免疫学者という視点からわかりやすく解説されています。
また、その中で国産ワクチン開発の重要性と、未知の感染症にいつでも対応できるよう、石井教授を中心としてワクチン開発へ貢献できる研究者を育成し、国産ワクチンを速やかに開発できる体制の確立を目指した東京大学基金「近未来ワクチンデザインプロジェクト」の活動にも言及されました。
2022年04月01日(金)
本プロジェクトの設置責任者である石井健教授が共同監修した『びょうきとたたかう!はたらく細胞ワクチン&おくすり図鑑』が刊行されました。本書はアニメ『はたらく細胞』 に登場するキャラクターたちによってワクチンや治療薬についての正しい知識がわかりやすく解説されています。
本書のワクチン監修者で設置責任者の石井教授より、刊行にあたってのメッセージをいただいております。
新型コロナウイルスによるパンデミックは世界を一変させ、ワクチンの重要性を浮き彫りにしました。特にmRNAワクチンに代表される新しいワクチンが1年以内に開発され、ほとんどの国民が接種したという事実は、「ワクチン」というものを身近に、そして自分事として捉える類まれなる機会になったといえます。
このような背景において、ワクチンにまつわる感染症や免疫学に興味を持っている学生や子供たちが増えています。「はたらく細胞」というマンガは数年前から子供たちに人気があり、免疫細胞をキャラクター化した人間味あふれる感染や病気に関するストーリーは子供だけでなく、大人たちにもとてもいい免疫の教科書です。今回発行された「はたらく細胞 ワクチン&おくすり図鑑」は、子供から大人まで、知りたいと思っているワクチンや薬に関して、下手な医学書を開くよりもよっぽど多くの、かつ深い知識がつく内容になっています。子供や孫のため、という理由(いいわけ?)でぜひ手に取って読まれることをお勧めします。
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門ワクチン科学分野 教授
国際ワクチンデザインセンター センター長
石井 健
このようなわかりやすい専門書の刊行も、多くの基礎研究によって支えられています。近未来ワクチンデザインプロジェクトへのご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
<近未来ワクチンデザインプロジェクト>
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