※本基金は2022年10月に「藤田ナノサイエンス基金」から〔統合分子構造解析拠点「FS CREATION」における研究と教育の支援基金 〕に名称を変更しました。
国力の源泉のひとつと言っても過言ではない「ナノサイエンス」における国際競争は益々激しさを増しています。その根幹において,原子・分子レベルでのものづくりを担う「化学」の分野は,人類の繁栄のために不可欠かつ普遍的な重要性を持った学問分野であり,引き続き日本が得意とする分野であります。藤田研究室では自己組織化という「化学におけるものづくりの新しい原理」に着目し,様々な新物質を創り出すとともに,社会を豊かにする化学の新技術を続々と生み出しています。
自己組織化とは,複数の分子が比較的弱い相互作用で,おのずと秩序だって集合し機能化する現象です。藤田研究室はこの概念と原理をいち早く化学の世界に取り入れ,新しい自己組織化の化学をつくり,世界を先導してきました。
このような自己組織化の研究から生まれた応用技術が,「結晶スポンジ法」と呼ばれる画期的な分子構造解析手法です。この新技術により,たとえば創薬の過程でできる微量化合物の立体構造が素早く解析できるようになり,新しい薬の開発期間が大幅に短縮されます。この技術は薬学や医学のみならず,食品や農薬,香料,有機合成など広く応用されます。
藤田研究室は,以下に示す4つの活動を進めています。
(1) 新たな自己組織化ナノサイエンスの創造。
(2) 長年の自己組織化の研究を基盤とする,産業界と一体になったオープンイノベーションの実現。
(3) 新たなものづくりの仕組みに果敢に挑む若手研究者の発掘と育成。
(4) 最先端化学を一般市民に紹介するアウトリーチ活動
このような夢の実現に向け,東京大学から卓越教授として75歳までの研究環境が与えられました。また,あらたな研究拠点である三井リンクラボ柏の葉のフロア設計を行い,いくつもの夢や構想を一つのフロア設計に落とし込んだ理想的な実施拠点を築きました(リンクラボ構想)。
この構想を長期にわたり継続性を持って実現するために不可欠なのが安定した活動資金の確保です。本基金を通じて,個人の皆様から企業の皆様まで裾野広くご支援を募ることにより,研究を強化・加速するとともに,特に若手研究者の育成に力を注ぎ,社会に大きく貢献していきたいと切に願っております。
皆様のご支援を心よりお願い申し上げます。
東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻
東京大学卓越教授 藤田 誠
いただいたご寄付は主に以下の通り、大切に活用させていただきます。
若手人材育成:リンクラボの若手牧場の建設および運営費・若手研究者の雇用
研究支援:新たな自己組織化ナノサイエンスの創造
社会貢献:公開講座,講演会,見学会の開催
自己組織化:人間社会でも,はじめは無秩序な集団が,人と人の触れ合いを重ねるうちに,おのずと組織化し機能化した集団に成長します。このように構成成分が収まりの良い状態を求め秩序化する仕組みは,自己組織化と呼ばれ,宇宙でも生体内でも,あるいは経済や産業が発展する過程でも起こっています。ところが,原子・分子のレベルでものづくりを担う化学の分野では,半世紀ほど前までは自己組織化の現象は全くと言って良いほど注目されていませんでした。藤田研究室は,金属と有機化合物の間に働く弱い結合(配位結合)を駆動力とする自己組織化に世界でいち早く取り組みました。1990年に報告した正方形分子の自己組織化が,その最初の例です。
自己組織化のイメージ動画(日本科学未来館作成):金属イオンと有機分子の弱い相互作用が自己組織化を誘起する。
結晶スポンジ法:長年の自己組織化の研究から,ミクロの細孔(穴)が空いた物質をつくることができました。この物質は様々な有機化合物をスポンジのように吸い込みます(結晶スポンジ)。吸収された化合物は細孔を鋳型に強制的に周期配列をつくり出すことから,X線結晶構造解析により隅々まで構造が見えるようになりました。こうして,これまでX線結晶構造解析の「100 年問題」とまで言われていた試料の結晶化の工程を不要とする分子構造解析手法「結晶スポンジ法」が誕生しました。分子が関与するあらゆる研究分野で結晶スポンジ法が使われはじめました。
三井リンクラボ柏の葉:三井不動産が手掛ける柏の葉の街づくり事業の一環として,アカデミアと連携したイノベーション創出を目的とするインキュベーション研究施設。2021年11月にA棟が竣工。藤田研究室は協力企業とともに6階フロアに入居しています。(詳細はこちら)
リンクラボ構想:藤田研究室が想い描く活動計画をゼロベースのフロア設計に落とし込んで作り上げた研究拠点構想。フロア設計には,自己組織化ナノサイエンスの新たな展開をつくる最先端ウエットラボ,オープンイノベーションの実現のための企業合同ラボ,大型プロジェクトやスタートアップを立ち上げるチャレンジラボ,若手研究者を育成する若手牧場,さらにはフロアの住居者の壁を取り払い,日常的に会話できる交流スペース等のゆるやかな区画があります。本基金へのご寄付は,とりわけ若手牧場の建設と運営資金に優先して充当する予定です。
関連動画: 柏の葉イノベーションフェス2020における講演 (40:38~50:00でリンクラボ構想を説明)。
1. 正方形分子の自己集合:ものづくりの新概念の発見
生体構造(タンパク質やDNA, RNAの高次構造)が弱い結合力に誘起され自発形成する仕組みは,生物の世界では古くから知られていました。ところが,このような仕組みを人工的に利用し「ものづくり」に使うという発想は,化学の歴史の中で20世紀終盤に至るまで芽生えていませんでした。藤田研究室は,金属イオン(90°成分)と有機化合物(直線成分)の組み合わせで正方形分子が定量的に生成することを発見し,自己集合の仕組みに気づきました(1990年)。当時,配位結合に誘起され,特異な構造(らせん構造など)が自己集合する若干の例が報告されていましたが,生成した構造体から機能が生まれる例はなく,自然界の自己集合からはかけ離れたものばかりでした。藤田研究室は,このような配位結合駆動で骨格のみならず,機能創出の場となる空間を初めて自己集合構築しました。この発見は,今日化学分野において中空構造体構築の主流となる方法論に発展しました。
藤田ナノサイエンスの起点となった正方形分子。Pd(II)イオン(90°成分) と4,4’-ビピリジン(180°成分)から自己組織化する。
2. さまざまな構造体の自己組織化構築
正方形構造を皮切りに,様々な中空の3次元構造が自己集合構築されました。金属イオンとパネル状の有機分子を設計することで,正八面体型,カプセル型,ボウル型,三角柱型,チューブ型などさまざまな形・大きさの3次元構造を作りました。これらの構造の内部空間には,さまざまな分子が空間の形状を反映して取り込まれ,新奇な性質や反応性が発現しました(分子閉じ込め効果)。中でも,正八面体型中空錯体は,複数個分子の特異的な会合状態を作りだすため,特に新しい機能へと繋がりました。
自己組織化で作られた様々な中空構造体。
中には,想定を超える特異な構造が自己集合した例もありました。配位結合の可逆性を活かし,環状骨格のすり抜けで連結分子(カテナン)を構築しました。Sauvage法,Stoddart法(2016年ノーベル化学賞)に次ぐ3例目のカテナン構築原理を示したことになります。
3. 分子閉じ込め効果
自己組織化によって,中空のかご状の分子を簡単に合成できるようになりました。作られた分子の「かご」の中には,様々な分子を閉じ込めることができます。閉じ込められた分子は,自身の構造を「かご」の形に合わせて変化させたり,空間に沿って整列したりします。このように「かご」に閉じ込められて特殊な配座・会合状態となった分子は,反応の加速や特異な反応選択性,色変化,導電性の向上など,普通の溶液状態では見られない新奇な反応性や隠されていた機能を発揮するようになります。藤田研究室では,この「分子閉じ込め効果」を使って分子に由来する新しい現象や機能を発見し,分子科学の根幹を探索しています。
空間の大きさや形状を反映して,様々な新反応や新機能の創出ができる。平坦な分子を決められた順番と枚数で積み重ねることができる。
4.巨大中空構造の自己集合:既存の合成化学の限界を超える
どこまで大きな構造体を自己組織化でつくることができるのか。藤田研究室では, 自己集合を用いて合成化学の限界に挑んできました。金属イオン(M)をくの字の有機分子(L)と自己集合させると,有機分子の折れ曲がり角度に応じて幾何学的に安定な多面体中空構造(MnL2n)が組み上がりました。この構造体に隠された「拡張ゴールドバーグ多面体」という数学原理を発見し,10ナノメートルにもなる世界最大の自己集合構造体を構築することができました。数学的に予測されるさらに大きな多面体構造体を目指し,藤田研究室は限界への挑戦を続けています。
金属イオン48個と橋架け構造の有機分子96個から自己組織化する巨大中空構造。藤田研究室が発見した拡張ゴールドバーグ多面体の一つ。理論予測に基づいてつくられた。
Q = h2 + k2 を満たす擬多面体系列(拡張ゴールドバーグ多面体)を発見(h,k は三角形窓の相対位置を表す整数値のベクトル指数)
自己集合で組み上げた巨大中空構造にはタンパク質をも内包することができます。包接されたタンパクは変性後に活性の回復がみられるなど,分子閉じ込め効果はタンパクでも生じることがわかりました。これをタンパクの構造解析に応用することで,ライフサイエンスに革新をもたらす技術の開発に現在取り組んでいます。
5. 細孔性錯体の空間利用:結晶スポンジ法の開発
自己集合を使うと,形の決まった空間が規則的に並ぶ結晶性材料を作ることもできます。藤田研究室では,空間に機能を持つ金属–有機高分子(後にMOFの総称が生まれた)を世界に先駆けて作りました(1994年)。この細孔性錯体には有機分子が取り込まること,結晶中の空間に触媒機能があることを示しました。その後,有機分子が細孔性錯体の単結晶性を維持しながら出入りする現象を発見しました(2002年)。
その後はこの細孔性錯体の中の空間を使って新しい現象の発見や有機反応の直接観察をするに至りました。しばらくして,それらの研究の大元になっている「有機分子が細孔性錯体の単結晶性を維持しながら出入りする」という現象が,発想を変えれば革新的な分子構造解析手法になるということに気づきました。
分子を扱うあらゆる分野において,分子構造を知ることは常に最優先事項です。普通は分子の姿を直接見ることができないため,いくつもの間接情報から分子構造を推定します。その中,単結晶X線構造解析法は,分子の構造を直接見るほぼ唯一の手法であり,最も強力な構造決定手法です。しかし,この解析法を使うためには規則的に分子が並んだ状態,つまり単結晶の試料が必要でした。単結晶の作成にはたくさんの試料と並々ならぬ試行錯誤・労力を要する上,そもそも標的分子が結晶化するとは限りません。
このX線結晶構造解析の「100年問題」を,細孔性錯体を使うことで解決することができました。先程の「有機分子が細孔性錯体の結晶性を維持しながら出入りできる」という現象は,細孔性錯体の規則的に並んだ空間に分子が入り込み,空間に沿って規則的に並ぶことを意味します。見方を変えると,細孔性錯体に分子を染み込ませるだけで,その分子を単結晶X線構造解析可能な状態にできると言えます。これが結晶化を必要としないX線結晶構造解析法,「結晶スポンジ法」です(2013年発表)。結晶スポンジ法は,結晶化しない分子にも適用できるというメリット以外にも,構造解析に必要な時間もサンプル量も著しく(何十分の一にも)減らせるという利点があります。こうして,単結晶X線構造解析を微量成分の分析手段とすることさえ可能になりました。
結晶スポンジに捕捉された試料化合物。多点分子認識で固定され,その構造が鮮明に見える。
「結晶スポンジ法」を発表後,アカデミアのみならず産業界からも予想をはるかに上回る反響が寄せられました。分子構造の決定に困っている分野がいかに多いか,それを肌で感じることになりました。これまでに結晶スポンジ法を使って様々な天然物や微量成分の構造決定に成功しており,製薬,食品,香料など微量成分の構造解析が重要な分野での社会実装が進められています。
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<藤田ナノサイエンス基金>
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藤田先生の素晴らしい研究が東大で継続・発展されるよう、些少ですが支援させていただきます
今年の化学賞の発表も楽しみです
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